一目惚れ4


「もーーそれは恋よ!きっと運命の人!」
「いや、、ですから、、蜜璃さん…
 ちゃんと聞いてましたか?
 "人の姿では無かった"といいましたよ」

蜜璃の剣幕に負けて、渋々と夢の話をした桜は動悸が酷くて、食欲が湧かなかった。しかし、「少しでも食べなきゃダメよ!」とこれまた蜜璃の押しで、特別に作ってもらったサンドイッチをちまちま口に運んでいた。間に挟まっているたまごサラダが優しく口に広がり、コンソメのスープも野菜が小さく刻まれて食べやすくなっていた。

一方で蜜璃は先程から目をキラキラさせながら大盛りの料理を口に運んでいる。

「でも、そんな事気にならなかったのでしょう?」

ーー人ではない姿を見ても、怖いとも思わず、
  悲鳴一つ上げる気にならず、
  触れられても嫌では無かった。

恋する気持ちを感じたことの無い桜は、それが本当に恋というものなのか分からない。まして、夢に出て来た人で、人ではないらしい。
現実にはきっと居ない。そんな人に持っていい感情なのかも分からない。

桜は改めて蜜璃に目を向けると、彼女は肘を付いて重ねた手のひらに顎を乗せ、こちらの様子をニコニコ眺めていた。

「理屈ではないの。それが恋なのよ」

目を細めて笑うその顔は同性の桜から見ても可愛らしくて、そのホワホワした雰囲気に不思議とぐるぐるした感情が落ち着いていくような気になった。

が、その数秒後には、蜜璃が再び箸を手に豚カツに齧り付く。
さっきまでのホワホワは可愛らしくも吹き飛んでいた。


ーーーーーー

今宵もまた夢を歩く。

明るい声が桜を呼んだ。どうやらまたあの夢らしい。しかし、その声は先日の声と似ていたものの雰囲気が全く異なっている。

振り返ってその声の主を見つけてもやはり別な者だと確信した。前回よりも大人びた顔立ちで、哀しげな表情は打って変わり、楽しげに笑んでいる。相変わらず人でないという点は一致しているようだ。

『おや、ほんに声が出ぬとは、彼奴(あやつ)は
 へそを曲げるじゃろうなぁ。』
ぴょんぴょん跳ねるように桜の元にやって来たその人は桜の腰を掴むと軽々と持ち上げた。
幼い頃以来の"高い高い"状態。
「っ!!」
足が付かないふわふわした感覚は心許なくて、目を瞑って桜は腰を掴む腕をぎゅと掴む。

『カカカッ!落としたりせぬ。儂を信用せぇ』

ゆっくり目を開けると、ニカッと笑う顔と出会う。
『桜!やはり儂は桜が好きじゃ』
「……っ!?」

ーーやはり?

疑問を持った途端に腰を掴む手が消え、桜の体は落ちる。だが、落下は直ぐに終わり、今度は所謂(いわゆる)抱っこをされていた。
先程よりも近い位置に、悪戯っぽく笑顔を浮かべた顔があった。

「…っふふっ」
思わず桜は笑ってしまった。今度はゆっくりと床に下されると、ずっと見下ろしていた顔は見上げる形になる。

その人は桜の顔にかかる髪を端に避けると、桜の目元に口付けた。
『儂は約束を忘れておらんぞ?』
「……?」

ーー約束?

『いつか桜から口付けをしてくれるという約束じゃ。
 いつまでも、待っておるからな』
その顔は悪戯っぽくというよりは色気を醸し出して、頬が熱くなるのを否定できなかった。


ーーーーーー

ーー私、、流されすぎじゃない?
目が覚めてからひどく羞恥心に苛まれる。
誰に見られている訳でもないのに手で顔を隠して更に布団に沈み込んだ。

どうして抱き上げられる事も、抱きしめられる事もあの場で許容できたのか理解が出来ない。
そしてまた、目元に落ちた口付け。

ーー彼の好意も嫌ではなかった…

「ちょっと待って…いくら似てても、
 現実なら、二股じゃない……」

さーっと、血が引いていくような気がした。


ーーーーーー

最近どっと疲れている気がする。

小難しい資料も多く、頭を使う事が多いからかもしれない。今日はいくらかでも頭を休めたくて青い彼岸花に繋がる筈の"桜さん"の手記の類ではなく、他の段ボールに詰まった遺品をあれこれ見ていた。やけに膨らんだ段ボールからは子供たちから贈られたと思われる手紙や折り紙が丁寧に保管され、それで一箱一杯になっていると気づいた時にはなんだか、あったかいような気がした。

これは青い彼岸花とは関係ないため、処分する事になるだろうが、丁重にお焚き上げしてもらう事にしようなど考え、段ボールを確認済みの方へ移動させた。

ーーまだ見ていない"桜さん"が遺したものが有る。
  一人の半生(はんせい)を追っているのだから
  当たり前よね…少ない方だとは思うけど、、

段ボールを移動させたあと、そのまま座り込むと、一気に疲れが押し寄せて、少し寝ようと後ろに倒れ込んだ。窓から差す陽光は傾いて、いつの間にか室内をオレンジ色に照らし始めていた。

「…少しだけ……少し、だ、、け…」

自分に言い聞かせるつもりで口にしたつもりだったが、最後までを耳で聞き届ける事なく桜は夢の中へと落ちて行った。
 


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