実弥よりも早く、ひいろが動く。
手荒な事をしているはずなのにその姿は何処か繊細で
悲しいほどに美しい。


ドカッ!!ブチっブチっ!!

「っ!」


動きを止めたひいろの手は赤く染まり、鬱陶しそうに片手で髪を払うと、頬には手についていた血が線を残した。




ひいろの反対の手には


平隊士を襲おうとした


鬼の頸が下がっていた。


「邪魔してんじゃないよ。
 鬼も、人間も!!!

 私はね、アイツとケリを付けたいだけ


 手出しすんじゃないっ!!!」


 
「柱命令出てんだろォ!!

 下弦の陸には、


 ぜってぇに手ぇ出すなってよォ!!!」

突然の事に震えてるいた平隊士の手から日輪刀を奪い取ると彼の背後にあった木に実弥はその日輪刀を突き立てた。
ちょうど顔の横、目線の高さに。
「っひいっ!!」

これではどっちが鬼なのか分かったものじゃない。平隊士は慌ててその場を逃げ出した。

再び、その場には実弥と下弦の陸であるひいろの二人だけとなった。
その場はシンと静まり返り、少し離れた場所でで雑魚鬼と戦っているであろう刀の音が、止めどなく聞こえ続けている。

「……オイ。いつまでこんな事続けるつもりダァ?」
「・・・・・・・」
「こんな茶盤をいつまでやんだって
 聞いてんだよォ」
ひいろは手にしていた鬼の頸を実弥に投げつける。それは難なく実弥に切り伏せられ、倒れていた鬼の体も霧散していく。しかし、ひいろは口を開かない。
「黒外套の鬼。なぜか群れないはずの鬼を従え
 遭遇した鬼殺隊は結構いるが、深傷を負う奴は居ても、
 死んだ隊士は居ねぇ。

 この俺が気付いてねぇ訳ねぇだろォ!!

 なあ、ひいろ!!答えろォ!!」

ーーああ。だからさねが嫌いなんだ。
  憎くて、憎くて仕方が無いんだ。
  匡近がいるはずの"柱"(そこ)にいる貴方が。


「仕方ないの。私は弱いから。
 とどめを刺せなかった。
 ただそれだけのこと。」
「んな訳ねぇだろが…」

ひいろの言葉が事実なら、もう既に彼女の首は落ちていたことだろう。

「何考えてやがる。」

「嫌いなの……さねのことが大嫌いなの!!」
握りしめた手から血が出ている。爪が自身の手を傷つけているのだろう。

実弥は一言分かったと口にすると、日輪刀を目の前に置き座り込んだ。
「俺を殺した所で匡近が戻る訳じゃねぇけど、
 それでお前の気が済むなら俺を殺せ。
 人間なんてものは心の臓を貫けば直ぐに死ぬ。
 鬼と同じで首を落としたって良い。
 鬼より簡単に死ぬんだ人間は」

「・・・・・・・・」
「ほら、早くしろォ。
 下弦の陸なんだろォ!!!」

「……できる訳ないじゃない、、」
「あ"あ"?」

ひいろはふらふらと近寄ると、実弥の前に膝をつく。日輪刀に手を伸ばし恐る恐る柄をつかんだ。しかし実弥はそれを取り上げようともしない。

「くる、しかった、、
 なにも、楽しくないの。
 どれだけ時間が過ぎても匡近は居なくて。
 でも、、
 自害したら、
 匡近は会ってくれないんじゃないかって、、

 さねのこと、、
 嫌いで!憎くて!殺したくて仕方ないのに
 でも、そんな事は絶対にしたく無くて。

 ねぇ、さね。私、人を殺したよ?
 直接手を出すのはできなかったから、
 他の鬼を焚きつけて。
 卑怯なやり方で。他の鬼に殺させたんだよ?
 もう、私は血に濡れて、、あの時とはもう違うんだよ。
 ねぇ、さねなら私の事殺してくれるでしょ。
 私は鬼なの。人じゃないの。

 出会った時から化け物なんだよ、、、

 ……もう苦しくて仕方ないんだよ」

下を向くひいろの膝には沢山の涙が落ちている。
実弥が手を伸ばし、ひいろの髪に触れそうになった時、ひいろは顔を上げる。
その顔は、涙の跡を沢山残して笑っていた。

「さね。

 この悪夢のような夜を越えてもっと強くなってください。

 どうか死なないで下さい」

また一筋涙が流れ落ちた。

「っ!!ひいろっ!!ダメだ!!!」



ひいろは実弥の日輪刀を喉へと突き立てた。

口から血が溢れ出る。

「……ぉ、、とし、、て、、」

「馬鹿ひいろ!!
 本当は人間も喰っちゃいねェだろォ」
「、、責、任、、、ある」
鬼を操った事で町の人は沢山死んだ。
この地だけの話ではない。
自分が喰わなくても沢山の人が死んだ。

その姿はあまりにも惨たらしくて、、
「自害したら匡近に会えねぇって自分で言ったんだろがァ」
ひいろはただ困った顔をして笑っただけだった。

「本当に馬鹿な匡近と一緒で、ひいろもつくづく馬鹿野郎だ……」
実弥は日輪刀の柄を握ると精一杯力を込めた。


    さよなら。

実弥の足元にも雫が一つ落ちて消えた。



「なあ。ひいろ。
 もし馬鹿近のとこ行けなかったら、
 俺が必ず連れていってやるから、、少し待ってろ。」

ーー直ぐに死んでやるつもりはねぇから、
  少しじゃ済まねェかもしんねェけど。
  それでも、それが俺にできる精一杯だ。
  必ずまた匡近に会わせてやる。


その夜、鬼を切り続けたしのぶを含む数名の隊士はのちに柱へとなったらしい。酷いやり方であった事に間違いはないが、その夜は鬼殺隊を確実に強くした。
どこまでが彼女の計画の内であったのかは誰も知る由もない。

ーーーーーー
 
 

とある神社に黒猫が弱っていた。仲良くしていた犬が居たはずなのに今は黒猫1匹だけ。
ーーコイツもずっと待ち続けるつもりなのだろうか、、

「ひいろ、、いくら待っても匡近は来ねぇよ」
思わず口にしたのは今は亡き兄弟子とその想い人。別にその二匹が本当に彼らだとは思っていない。ただ、黒猫が残された今の自分とも重なって見えた。

実弥はその黒猫に手を伸ばした。シャーと威嚇の声を上げたが、その猫は飛びかかりも、逃げもしなかった。
伸ばした手でそのまま抱き上げると思った以上に線は細く、諦めたように大人しくなった。

「家に来い。
 鬼が居なくなったらめっきり静かになっちまって。
 お前が居るくらいが丁度いいんだよ」

そう。
鬼舞辻無惨を討ち取り
鬼は例外を除いて全て居なくなった。
平和な夜になったものの、失ったモノも多い。
広すぎる屋敷は静か過ぎて心まで冷たく感じてしまう。


「別に懐いて擦り寄って欲しいなんて思ってねェしな。
 ただ残された同士、
 少しだけ傷を癒せれば残りの人生有意義なもんだろ
 気に入らなきゃ、出て行ってもらっても構わない」

黒猫は大人しく実弥の腕に収まっていた。

「俺は25までしか生きられねぇけど、
 それまでにちゃんとその後の行き先も見つけてやるよ」


ーーーーーー


「結局、ずっと居たな、、」
黒い猫は縁起が悪いなんて煙たがられているけれど、俺には付かず離れず、それでも視界には必ずと言って良いほど居て、丁度いいツレだった。

布団に横たわる実弥は、箪笥の上を見上げた。
もう殆ど動かなくなった指先が僅かに動く。

それを見てか箪笥の上に居た黒猫が実弥の元へ降りてきた。擦り寄るでもなくただ隣に来ただけ。
ーー最期くらい撫でろって来たって良いのに。
その黒猫は実弥に背を向ける。

分かっている。

ソイツの特別はアイツしか居ないんだから。


「ひいろ。匡近のとこ、行くか…」

薄れゆく意識の中で、「ナァーー」と声がした。
指を失ったその手だけが何処か暖かい気がした。



不死川邸を訪れた後藤は任されていた最期を見届けるために来たのだった。
「あんなに強い貴方もあざには勝てませんでしたね、、
 でも、きっと満足しているのでしょう?
 あちらには、弟や他の兄弟も、柱たちも、そして粂野さんも居るんですから。

 お疲れ様でした。どうか安らかに眠って下さい」
不死川を身綺麗に整え鴉を飛ばす。
これから此処は葬儀やなんやで騒がしくなる事だろう。

ーーさて、不死川さんが言っていた黒猫は?

『後藤さん、、
 頬の傷、ごめんなさい。

 最後までありがとう
 素敵な人と長生きして下さい』

風と共に聞こえた声は
耳馴染みのいいあの声だった。

ーーやっぱり貴女でしたか、、


「貴女もどうか幸せに」


    さよなら




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