二代目竜帝の正体

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 この世界の人類種の中で、人間、獣人、エルフ、ドワーフ、トムテ――以上の五種族が人族と呼称される。
 人族は、生来の姿形を変態させることなく成長する種族。

 一方で竜人ドラゴニュートは、『竜冠りゅうかん』と呼ばれる角を頭部に有する人間の姿とドラゴンの姿を持つ。
 そのため、竜人が統治する大陸の外――他大陸に住む『魔族』と同じ括りに入る。


 魔族は、人間に近い姿形以外に、種族固有の姿形を有する種族。

 竜冠を有する竜人は、祖先から受け継いだ因子によってドラゴンの姿へ変じられる。

 竜鱗りゅうりんを肌に有するドラゴノイドは、爬虫類の頭部と尾・皮膜の翼を持つ人型が本性。

 頭部に角を有する魔人は、肌が浅黒く変わり、位階を示す翼が生える。

 夜行性で血を主食とする吸血鬼は、一時的な蝙蝠化や霧化が可能。

 他者の精神へ干渉する夢魔は、本性は機能しない皮膜の翼や独特な尾を持つ。

 固有能力を生まれ持つ妖怪は、獣人に似て姿形と固有種が多種多様に存在する。


 他にも様々な種族が存在する中で、マカリオス神の眷属・竜神が自ら産み落とした竜帝だけは、竜王や一般の竜人と毛色が違う。
 竜帝は竜と同じ特性を持ちながら、竜神の特性を濃く受け継いでいる。つまるところ全属性の他に、マカリオス神が持つ「神力」を生まれながらそなえる。

 人類種は神力を持たない。それ故に肌で感じると圧倒され、魅了に近い陶酔とうすいを覚える。
 父である初代竜帝も制御に苦労したそうだが、役に立つときがあった。

 初代竜帝時代の初期、他大陸に住む魔族が仕掛けた侵略戦争。
 こちらの大陸と違って、魔族の大陸は長命種ばかり。
 人間や獣人に比べて遥かに優れている魔族に完全勝利できたのは、人類種の中で竜人が特出した最強種だから。
 そして、竜帝の神力を用いた神聖魔法や、戦略級の極大魔法があったから。
 おかげで大陸中の人類種は、竜人に安寧あんねいゆだねる。古くからある小国も、竜帝や四人の竜王からの庇護ひごあずかろうと躍起やっきになる。

 そんな誰もが崇める竜帝には、他種族の伴侶はんりょを迎えると、ドラゴンと竜人以外の姿を持つ子供が生まれる――という、通常の竜人には無い特性があった。

 初代竜帝の伴侶は、人間の女性。
 二代目竜帝は「ドラゴンの姿」と「竜人の姿」に加え、母から受け継いだ「人間の姿」を生まれながら持っていた。
 ……それが私、二代目竜帝アンスヴァルト。

 本性は、純白の鱗と金色こんじきの瞳、金色の竜冠が特徴的な白竜。
 竜人は、純白の髪に金色の瞳、金の竜冠を側頭部に持つ長身の青年姿。
 そしてもう一つ、人間の母にちなんだ、薄茶色の髪に鳶色とびいろの瞳の、ごく普通の人間の姿。

 完全な人間形態では、『竜帝直属・魔導騎士アレン』という肩書で活動している。
 初代竜帝である父に比べれば、かなり自由に活動できることにありがたく思う。

 だが、竜帝として神事に取り組まなければならない。だから代替わりを果たしてから、民草で賑わう祭りに参加できなくなった。
 しかし、まさか花嫁候補の護送中に、帝都の外の祭りを初めて経験するとは、私も思いもよらなかった。
 きっかけをもたらしたシーナには感謝しかない。

「――聞いていますか、陛下?」
「聞いている。負担をかけて済まなかった」

 竜帝の右腕を務める宰相アルヴィス。
 かつて『俺』が救ったエルフなのだが、まさか宰相に上り詰めて、私に意見を出せるほど成長するとは思わなかった。

 とはいえ、アルヴィスが苦言くげんていする気持ちは理解できる。

 収穫祭では、マカリオス神へ特上の作物を奉納ほうのうする神事が行われる。
 一年の豊作を祝い、マカリオス神と精霊へ感謝の意を示すために、マカリオス神の眷属けんぞくである竜神の血族――つまり竜帝が神徒として供物くもつささげなければならない。

 竜帝が大陸を治める前は、神事を取り仕切る神官や巫女の役目だったが、マカリオス神への信仰が届きやすい竜帝の役目に変わった。
 しかし今回は諸事情のため、教会の取り仕切る教皇が代役をになってくれた。彼は光の上位精霊と契約しているから、誰よりも適任であった。

 だからと言って、これまでの慣習を曲げるとは、竜帝としてあるまじき行為。
 素直に謝罪すると、アルヴィスはグッと口を引き結んだ。

「……いえ。ガンドルフ殿からお伺いしました。陛下は花嫁候補ではなく、『精霊の愛し子』の護送に尽力されていたのだと」

 収穫祭で私を呼び戻しに来た使者のことだ。

 ガンドルフ・ヴォルター。バシレウス帝国の近衛騎士団長を務める、竜人と獣人との混血。
 外見は狼の獣人だが、獣人特有の短命と少量の魔力という弱点を持たない。
 逆に、竜人特有の強靭きょうじんな肉体と質の高い魔力=A狼の獣人特有の俊敏しゅんびんで柔軟な身体能力と鋭敏な五感≠ニいった両種族の優れた身体的特徴に加え、個々人の精霊に好かれる『』を見抜く――という稀有な能力を持つ。
 特殊な出生を持つからこそ近衛騎士団長に上り詰め、二百年以上も勤めてくれている。竜人には及ばないが長命種の遺伝を受け継ぐため、あと数百年は現役でいられるだろう。

 アルヴィスはガンドルフから、シーナが『精霊の愛し子』だと聞いているようだ。
 話が早く片付きそうだと思いながら、私は首肯した。

「契約精霊の意向で隠されているのか、彼女には『精霊の愛し子』の自覚がない。だから表向きの名目は、『黒持ち≠フ他に稀有な才能を持つ故の宮廷魔導師への勧誘』。そうしなければ、アポイナ村から出る意思を持ってもらえなかった」

 アルヴィスには、シーナのアポイナ村から受けた仕打ちを話した。
 村長一族によってしいたげられ、迫害され、村を襲う魔物の討伐まで強要されてきた。利用され続けても従ったのは、村に住む純真無垢な子供達を守るため。
 酷い扱いを受けても、怒り狂う精霊を説得し続けて、天災から子供達を守り通した。それ故に心の傷に鈍感になり、ごく普通の常識を受け入れるための余裕がない。

「今のシーナは、自分の優しささえ否定している。彼女と契約を交わした精霊王が苦心くしんするほどの深い傷だ。旅の間に癒せたら良かったのだが……」
「……あの……お聞きしたいことが、あります。くだんの『愛し子』様は……精霊王様と契約しているのですか?」

 恐る恐るといったていたずねるアルヴィスに、あ、と思い出す。
 エルフ、ドワーフ、トムテは、精霊に近しい種族だと。
 妖精へ堕落だらくした精霊が、人族と交わったことで誕生した人類種。それ故に生まれながら精霊を目視でき、精霊を信仰する精神を育んできた。

 アルヴィスの生まれは、排他的なハイエルフの集落。族長の末娘の子だが、伴侶は人間と交わって生まれたハーフエルフだったため、アルヴィスはエルフとして扱われてきた。
 ハイエルフと遜色そんしょくない能力を有しているにも関わらず、髪の色がハイエルフ固有の白金色ではなく、エルフ固有の金髪という理由から嫌われていたそうだ。
 集落を抜け出した先で奴隷商人に捕まった時は運が悪かった。しかしアルヴィスいわく、『魔導騎士アレン』として活動していた私に救われたことが人生最大の幸運だとか。

 アルヴィスは他のハイエルフよりも、精霊への信仰心が厚い。だからこそ精霊王と契約しているシーナの存在は異質に感じるのだろう。

「他言無用で頼む。精霊王の意向ゆえ、当人にも『精霊の愛し子』であることを隠すように」
「承知致しました」

 シーナは多くの魔力属性を保有している。四大属性は確実だろうと最初は思っていた。しかし、精霊王と契約できるとすれば、おそらく私と同じく全属性持ち。
 稀有な才能を持ち、全属性の精霊をその目に映せるのだとすると、『精霊の愛し子』の枠組みから逸脱いつだつしているように感じる。

 歴代の『精霊の愛し子』は、己が保有する魔力属性に該当がいとうする精霊に、無条件で好かれていた。魔力の質によっては中位精霊まで、上位精霊まで、という個人差もある。
 一方、シーナは精霊に好かれているが、どこか一線を引いたような距離を感じる。
 陰ながら精霊に守られ、時には助力を受けているが、どこか異質だった。

 精霊王と契約しているからか?と疑問に思ったが、そうではないとかんささやく。
 いくら考えても答えが出ないので、今は保留にするしかない。

「ああ、それと。シーナから古代魔法書を借り受けた。汚すことなく写本するように」
「……古代魔法書?」

 ぽかん、と呆けるアルヴィスに、亜空間から取り出した一冊の分厚い本を渡す。

 無機物を収納できる亜空間は、竜帝の他に、竜王の素質を持つ竜だけが作れる魔法。
 自分専用の収納空間のおかげで、不埒ふらちやからに盗まれることはない。

 古代魔法書を受け取ったアルヴィスは、内容を見て絶句した。
 言葉もなく顔を上げる彼の反応は、正直に言うと面白い。

「っ……へっ、へへ陛下……! こっ、こここれは……!?」
「シーナの祖母の遺品だそうだ。古代魔法文明における最古のカナン文字から、末期のラティマー文字まで、当時の文字で解説されている。云わば古代魔法言語の辞典だ」
「国宝級……いえ、世界的文化遺産じゃないですか!」
「そうなんだが、国宝級と内外に知らせてくれ。写本が完了すれば返す約束をしている」

 国宝級というだけでも危険極まりないのだが、世界遺産級の古代魔法書を持っていると知られれば命を狙われかねない。
 シーナの今後の生活を配慮しておかなければ……

「何故貸し出しなのですか? 献上けんじょうすれば、陛下の後ろ盾を得られるというのに……」

 アルヴィスは理解できないと言いたげに疑問を口走る。

 辺境の寒村から単身で帝都へ移住し、宮廷魔導師を目指すには後ろ盾が必要になる。
 世界遺産級の古代魔法書を献上すれば、褒美に爵位を与えられる。もしくは上位貴族の養子縁組の口利きだって可能だ。

 だが、シーナはそれを望まない。身の丈に合わない権力を欲しがらない。
 だからこそ応援したくなる。

「家族との思い出が詰まった宝物だからこそ、傷一つなく大切に持ち続けている」
「……! その……『愛し子』様のご家族は……?」
「生きている肉親は一人もいない。天涯孤独だからこそ誰にも守られることなく、アポイナ村から搾取さくしゅされ続けてきたのだ」

 思い出すだけでも忌々いまいましい。シーナを悪し様にののしる村人達の顔に怒りが込み上げる。
 アルヴィスの沈痛な面持ちが強張こわばり、私は魔力の圧が漏れ出ていることに気付く。

 竜人という種族は、存在するだけで魔力の圧を周囲に与える。特に竜帝である私は、普通の竜人を遥かに凌駕りょうがする魔力の圧に加え、神力による圧で他者の意識を狭窄きょうさくする。
 慣れたアルヴィスでさえ、怒りをともなった私の圧を浴びれば、青ざめるほど強烈だ。

 深呼吸一つで魔力の圧を静めると、アルヴィスは安堵の吐息を漏らす。
「すまない」と小さく告げて、私はアルヴィスに命じる。

「シーナとの謁見の予定を整えてくれ。褒賞の際、王貨分の大・中の金貨を用意するように」
「……王貨ではないのですか?」
「ああ、きっと彼女は受け取らない。むしろ中金貨一枚まで交渉するだろうな」
「は? 中金貨、一枚……?」

 慎重しんちょうで堅実なシーナのことだ。大金を所持する恐ろしさに辞退するだろう。受け取ってもらえるように誘導ゆうどうしなければならないが、彼女の反応が楽しみでもある。

 しかしその前に、謁見に向けて溜め込んだ書類をさばかなくてはならない。
 机の上に置かれた書類の山と向き合った私は、普段と変わらない政務にはげんだ。


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