『愛し子』の才能
「――間もなくアルヴィスが到着する。戻るとしよう」
いよいよ竜帝としてシーナと
……シーナは私を見て、どう思うのだろうか。
表には出さないが、心なしか落ち着かない。
無意識下の緊張を自覚して悩んでいると、謁見の間の扉が開かれる。
「アポイナ村の魔法使い、シーナ様、御入場!」
隔てる扉が開かれ、シーナの姿を一目見た途端、懐かしいと感じた。
旅先で入手した服装の中で、辛うじて謁見に適したワンピースは、地方の収穫祭で着ていたものだ。そこに祖母の形見であるオパールのネックレスが胸元で輝いていた。
あの日の祭事と同じ服装と、編み込みのハーフアップに整えられた純黒の髪を見て、シーナに触れたいと強い衝動が芽生える。
だが、今の私は竜帝アンスヴァルト。『魔導騎士アレン』ではない。
グッと衝動を押し殺していると、シーナは正しい作法で謁見の間へ踏み込んだ。
静かな足取りと落ち着いた所作から優美な印象を与える。
そして、シーナは既定の位置で立ち止まると、流れるような優雅な所作で跪いた。
同じアポイナ村出身だというのに、スザンヌと違って作法を守っている。
堂に入った所作が披露され、所々から感嘆の吐息が聞こえた。
「面を上げよ」
シーナは緊張気味に顔を上げると、軽く目を見開いた。
だが、反応はそこまでだった。すぐに平素の凪いだ表情へ変わった。
竜帝の美貌に見惚れることなく、魔力と神力に怯えることなく、ただ一個人の存在を見る目で、私を真っ直ぐ見据えたのだ。
初めて向けられる対等を思わせる眼≠ノ、心が歓喜に震えた。
「――遠路はるばるご苦労だった」
普通に話したい。対等に語り合いたい。けれど今は、その時ではない。
理性を総動員させて古代魔法書の話題を持ち出す。
どうして献上ではなく、一時的な貸し出しなのかと。
『アレン』に教えられた、けれど『竜帝』は知らない理由。
せっかくだ。この場にいる者達に聞かせてやりたい。
シーナという少女の心根を。そこから溢れる優しい言葉を。
「あの古代魔法書は、祖母の形見です。少ない間でしたが、掛け替えのない思い出が詰まった大切な宝物なのです」
「褒美を与えられなくてもいいと言うのか」
国に献上すれば、爵位は勿論、貴族の養子縁組の紹介が叶うほどの代物だ。
正しくは世界的文化遺産だが、返却するために国宝級≠ニ等級を落として問いかけると、シーナは瑠璃と紫の
「はい。思い出はお金に変えられません。私にとって、いつか無くなるお金など、思い出と比べて価値がありません」
金品よりも思い出を「宝」と呼び、大切に守り通す強い意志の持ち主は少ない。
アルヴィスやガンドルフでさえ、その言葉に息を呑んだ。
しかし私は、一つの質問を用いて、シーナの本質を試した。
「返されないとは考えなかったか」
好意によって借り受けたとしても、人によっては貴重なものほど奪いたがる。初代竜帝が大陸統一を果たす前の国々では、権力にものを言わせて奪い取る行為が
その可能性は考えなかったのかと指摘すれば、シーナの目に宿る熱が変わった。
「陛下はそのようなことをなさらないと存じます」
ほんの少しだけ眉を寄せたが、怒りではない。
これは……そう。子を
「誰よりも誠実で、誰よりも国を守ってくださっているからこそ、民は陛下を慕っています。多くの人々に慕われる方が、人の想いを踏み躙るようなことはしません」
私の問いかけに強く否定したと思えば、私の本質を語った。
国を、民を、大陸全土を守る竜帝という義務を抜いて、
彼女は……シーナは、いつから『私』を理解したのだろう。
あまりの衝撃に、胸が痛い。苦しいほど締め付けられるのに、
嗚呼……これが喜びなのか。
息が詰まるほど切なく、熱く
これほどの喜びを与えてくれる人間は、彼女が初めてだ。
熱く満たされる際限のない感情で、どうしても笑みが溢れる。
表情筋の制御を失った私は、取り繕うことを
「試してすまない。其方の本質を見極めたかったのでな」
この時のシーナの言葉を、私はきっと忘れない。
初めて会ったというのに、竜帝が抱く
感謝の気持ちを胸に抱えたまま、古代魔法書の褒美を持ち出す。
王貨分の金貨を提示すれば、シーナは硬直し、一気に引きつった顔を
やはり大金の恐ろしさを理解しているようだ。感心できるとはいえ、たった小金貨一枚と、受け取る側が予想以上に値切ってくるのは面白かった。
アルヴィスを含む文官は、理解できないと言いたげな表情で
「王貨の一割だな」
「せめてその半分……いえ、いっそ百分の一以下……?」
流石に王貨一割の百分の一――中金貨一枚は、国としての面目が丸潰れだ。
だが、王貨の百分の一なら、大金貨一枚になる。
思わずクツリと喉を鳴らして笑うと、ハッと我に返ったシーナは恐る恐る顔を上げた。
強張った様子なので、安心させるために笑いかける。
「百分の一なら、その細腕でも持てそうだ。扱いやすいように中金貨十枚を用意しよう」
この瞬間、完全に表情を取り繕えなくなったシーナは、ガックリと
まるで友人に接するかのような、けれどきちんと礼節を守るシーナの姿勢に、私は初めて謁見が楽しいと感じ始めた。
「渡す前に聞きたい。ヘルハウンドの群れから、魔導騎士と花嫁候補の使者を助けたと聞く。どのような属性を持ち、どれほどの魔法が使えるのか教えてくれないか」
私はシーナの魔法使いとしての実力を知っているのだが、魔導宮筆頭の宮廷魔導師長ジェイソンを指導役へ任命するために、この場で
まずはどれほどの実力があるのかと尋ねると、驚くことに全属性を持ち、各上位属性を開花させており、攻撃・防御・補助・治癒の魔法を
その上、古代魔法を使えるなど、流石に初耳だった。
せっかくだから古代魔法を披露してもらうのだが――
『アルス・マグナ・アルカヌム――』
ドクン……と、まるで鼓動するかのように大気が脈打つ。
謁見の間全体――否、世界に満ちる魔素がうねり、シーナの
魔素を操っているのではない。
もはや人間業ではない光景に
『フォルマム・カペ・アト・ドラコー・グラキエース』
シーナは両手に集まった魔素を押し固めるように、祈るように両手を組む。
肌を刺す冷気が辺りに広がり、シーナが緩やかに両手を開いた。
『マニフィスタ――【デウス・エクス・マギア】』
次の瞬間、目の前に生じた氷の
ただの氷像ではない。皮膜の翼が動き、開いた口から真っ白な吐息を垂れ流している。
まさしく生きた魔法を、一瞬にして生み出したのだ。
これで下手な者ではシーナの指導者を務められないと、誰もが理解する。
ふと、シーナが氷のドラゴンに手を伸ばした。気付いた氷のドラゴンは、甘えるようにシーナの手のひらへすり寄る。
そんな氷のドラゴンに、シーナは愛おしそうに目を細めて微笑んだ。我が子を可愛がるかのような愛情深い笑顔が尊く思うと同時に、どうしようもない苛立ちを感じた。
「これでいいですか?」
シーナの声で我に返るが、同時に自分の感情の異変に気付く。
私は今……何を思ったのだ?
「……陛下? あのー……陛下? 大丈夫ですか?」
「……すまない。大丈夫だ」
自制心を働かせ、シーナにどういった原理で古代魔法を発動したのか質問する。
そこからシーナの知識量に圧倒され、シーナは氷のドラゴンを消した。
霧散する氷のドラゴンを切なげに見届けたシーナは、再び膝をつく。
充分すぎる実力を示してくれた。これでジェイソンを紹介しても、誰も反対しないだろう。