意地ゆえの優しさ

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「さて、もう間もなく夕暮れ時になる。アルヴィス、送ってやってくれ」

 アルヴィスに告げた後、謁見の間を先に出た私は、シーナの部屋を整えに向かった。

 食器や調理器具などは置いていたが、寝具、机、絨毯、クッションなどは、受け取る金貨の枚数に応じて決まる予定だったのだが、金貨十枚しか渡せなかったのは想定外。
 国の面子のためにも、もっと受け取ってもらいたかった、というのが本音だ。
 だが、銀行の口座を作っていない今、大金の保管は苦労する。大金の恐ろしさを知るシーナのことだ。慎重に仕舞いこむだろう。

 しかし、どうしてあそこまでの金銭感覚をやいなえたのだろうか。花嫁候補の護送で最初に訪れた町での買い物の際に、初めて貨幣かへいに触れた様子だった。
 貨幣の数え方を知らなかったが、教えれば一人での買い物を難なくこなしてみせた。

 どういうことなのかと疑問が浮かんでいると、シーナとアルヴィスの気配が近づいてきた。
 長く考え込み過ぎていたようだ。咄嗟に窓から出て、風魔法で降りようとしたが、その前にシーナの動揺する声が聴こえた。
 支給品ではないことに気付いた様子から、物の価値観を理解しているのだと察する。

 その時、アルヴィスがある言葉に引っかかった。

「庶民に大金は災厄しかないですからね!? 私は後ろから刺されたくないです!」
「後ろから刺されたことがあるのですか?」

 必死な声で訴えるシーナだが、その発言は経験談のように聞こえる。
 アルヴィスが問い詰め、観念したシーナから聞き出した内容に心臓が止まりかける。

 魔物の討伐を押し付けられたことは精霊から聞いたが、最高額が落ちる程度の些細ささいな傷をつけただけで殴られていたなんて。
 そのうえ逃げるための手段さえ感づかれると、骨を折るほど袋叩きに遭っていた……?

 ……ふざけるな。シーナを利用し、搾取しておきながら、あまつさえ暴力など……!

 シーナ本人は『魔女』と嫌われていたから諦めていた。代わりに治癒魔法が上達したから気にしていないのだと言うが、人道から外れた不遇ふぐうに怒りを覚えないわけがない。
 だが、寮には女性の宮廷魔導師が住んでいる。彼女達の心身のために、必死に心を静めた。

「シーナさんは、どうして精霊様に救いを求めなかったのですか?」

 アルヴィスが疑問を口にした。『精霊の愛し子』であるのなら、精霊の力を借りて解決できなかったのかと。そもそも怒り狂う精霊をわざわざ鎮める理由があるのだろうかと問う。
 それに答えたシーナの声は、どこか硬く、憤りが込められていた。

「……確かに彼等は優しいです。でも、その優しさに胡坐をかいて、彼等の善意を暴力に利用するなんて嫌です。彼等の綺麗な手を穢したくありませんし……何より、何も知らない子供達が巻き込まれるのは駄目です。そんな理不尽、村人達と同じじゃないですか」

 シーナがかたくなに精霊の助力を拒絶する理由が分かった。

 彼女はアポイナ村の人間を心の底から嫌っている――否、憎悪している。
 スザンヌのように村人を使って虐げてくる人間を嫌悪しているからこそ、同じ人間に成り下がりたくなくて、同類になりたくなくて耐え抜いたのだ。
 なんという強い意志を持つのか。普通なら放棄してしまうだろうに、憎いからこそ耐え続けるなんて、凄まじい忍耐力だ。
 シーナは「ただの意地」だと言うが、無垢な子供達のために精霊を鎮める覚悟も並大抵では得られないものだ。

 やはり私は、シーナに幸せになってほしいと……幸せにしたいと、強く願った。


 軽い夜食をりながら、執務机に積まれた書類を捌く。
 内容は、各花嫁候補の後ろ盾となっている貴族の情報。
 慣習ということで後ろ盾を容認したのはエルフや獣人の貴族が多く、積極的に買って出たのは人間やトムテの貴族が多かった。

 アポイナ村を管理する貴族は人間。息子はいても娘がいないため、積極的に自領から花嫁候補を探し、見目の良さを重視した結果、スザンヌが選ばれたらしい。
 色仕掛けを期待しているような裏の思惑が透けて見える。

 不快な報告書を抽斗ひきだしに片付けた時、アルヴィスが戻ってきた。

「アルヴィス。シーナと接して、どう思った」

 訊ねると、アルヴィスは笑みを浮かべた。

「とても優しく、聡明な方です。陛下のことを、『種族は違っても同じように生きている』、『民を守ってくださる方に恐怖を感じるのは可笑しい』と言いきりました」

 アルヴィスを通して、シーナの言葉を聞いて心が震えた。
 普通の人間は私を敬遠してしまうというのに、シーナには畏怖が無いらしい。
 謁見の間でのやり取りといい、人伝の温かな言葉といい、理性を試されてばかりだ。
 もどかしくも嬉しく感じていると、アルヴィスは目をみはる。

「……陛下。シーナさんが『番』ではないのですか?」

 ……アルヴィスの目にも、そう映るのか。
 正直に言って、シーナが私の「番」なのか未だに判らない。
 だが、シーナであれば……と、心から願ってしまう。

 シーナは自由を求めている。私の「番」なら、彼女が願う自由を失うだろう。
 彼女の願いを叶えてやりたい。辛い思いを重ねてきた分だけ幸せになってほしい。

 父上のように母上を執着するのが「番」の本能だというのなら、私自身の感情は「番」に向ける執着とは思えない。
 それでも、胸が熱く焦がれるほど切なく締め付けられるのは、「番」というだけではないのかもしれない。
 ただ、少なくとも私は、シーナを嫌うことはないだろうと確信した。


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