彼女は「番」か?

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 シーナとの謁見予定日より、早々に政務が完了した。
 溜まった書類も、日々積み上げられる書類も捌き切り、休憩に一息吐こうとした。

 そんな時に、魔導宮の女子寮に用意されるシーナの部屋について思い出す。

「……そうだ」

 シーナの性分から考えるに、王貨分の金貨を受け取らない。なら、その分で生活用品を揃えてしまえばいい。
 ひとまず大金貨十枚で、使い勝手の良い家具や寝具、冬に備えて絨毯とクッション、後は食器やティーセット、調理器具があればいいか。

『アレン』の姿で外出すると、銀灰色ぎんかいしょくの髪に狼の耳が特徴の男が城下町の門前でたたずんでいた。

「……さすがだな、ガンドルフ」
「アレン殿のことです。『愛し子』殿の身の回りの品を用意したいという気持ちは分かりますが、相手は庶民。あまり高価なものを揃えると怖がります」

 ガンドルフの助言に衝撃を受けた。

 確かにシーナは、秋物の安いコートであっても恐縮きょうしゅくしていた。
 まともな品を買ったことがない、贈られたことがないからこそ、普通との価値観のへだたりに委縮いしゅくしてしまう。
 そんな時に高価なもので周囲を固めると……胃を痛めてしまうだろうな。

「どういったものなら、安心して受け取ってもらえるだろうか?」
「……そうですね。『愛し子』殿の好きな色や落ち着く色、安くても質の良いもの……女性は特に肌触りに敏感です。見た目の造りは一般的でも、材質で勝負するというのは?」
「採用する」

 ガンドルフのありがたい助言は、とても参考になった。
 寝具と絨毯、クッションの材質は妥協だきょうせず、机や食器は安い木製のもの、調理器具は一般的なものを揃えた。
 特に絨毯やクッション、カーテンの色に悩んだ。シーナに似合う、かつ統一感のある配色で纏めるには知識不足なところがある。

 俺の美的感覚でシーナの反応が決まるのだが、俺の芸術的感性は人並み。
 手を抜けない、しかし、とても楽しいひと時だった。

「やはり『愛し子』殿は『つがい』でしたか」

 城へ帰還してすぐ、ガンドルフがとんでもない発言を口にした。

 番――それは、魔族だけが感じ取れる「魂の伴侶」。
 人族では感じられないが、魔族なら一目見れば解ると言われるほど本能を刺激する。
 特に竜人は「番」に傾倒けいとうしやすく、宝のように囲い込む。嫉妬深く、異性の臭いがつくことすら我慢できず、暴走しやすい。

 かつて「番」と心を通わせられなくて、無理心中を実行した竜人がいた。それがガンドルフの母親である。
 ガンドルフの父親は獣人。一夫多妻が常識の男性獣人を繋ぎ止められず、竜人の母親が無理心中を決行してしまい、ガンドルフは獣人の伯父一家に引き取られたそうだ。

 竜人と同じ時の流れを生きるには、人間や獣人といった人族の脆弱ぜいじゃくな精神では耐え切れない傾向にある。
 幸いにも父上……初代竜帝の「番」は人間で、相思相愛をつらぬき通している。
 母上の身の上は天涯孤独だったが、多くの友人に恵まれていた。大切な友人の死を看取り続けたことで、一時期は精神を病んでしまったが、回復後に『私』……アンスヴァルトが生まれたことで安定したそうだ。
 竜帝の子を産むには、人間の身体では多大な負荷ふかがかかる。危険な出産を経験したことで、父上は無理をさせたくないと過保護に磨きがかかった。
 だから俺には兄弟がいない。次世代の竜帝を選抜する面倒がはぶけているのだが、兄弟姉妹を持つ竜人が羨ましくあった。

 そんな生い立ちを持つ俺の……『私』の「番」が、シーナだというのか?

「アレン殿?」
「……ガンドルフには『番』がいたな」
「はい。とても仕事熱心で、愛らしいドワーフです」

 ドワーフの女性は、ドワーフ特有の骨太な骨格とふくよかな肉付きが特徴だが、男性のドワーフのように剛毛で毛深いわけではない。
 男性のドワーフのように火と土の精霊に好かれやすく、鍛冶師として有能な女性もいれば、ガンドルフの「番」のように魔法道具師の才能を持つ者もいる。

 ガンドルフの「番」は、頑丈で健啖家けんたんか。赤茶色の髪は柔らかく、ぞくに言う「肝っ玉母さん」のような胆力のある女性だ。顔立ちは小動物のように愛らしかった記憶がある。

 人族である以上、ガンドルフのように「番」を認識できない。それでも一途いちずに愛し合う関係は理想的と言えた。
 なら、わざわざあいつ≠ノかなくてもいい。むしろあいつ≠ニ違って「番」を持つガンドルフなら、有益な助言を貰えるはずだ。

「ガンドルフは相手が『番』だと、どうやって気付いた?」

 たずねると、ガンドルフは黄金色の瞳を閉じて、思い出に浸りながら答えてくれた。

「――稲妻のような衝撃でした。どうしようもなくかれ、強烈な好意が湧き上がりました。……ですが、『番』を認識できない彼女に恐れられ、嫌われると思うと……死の間際を感じるほどの恐怖に襲われました。親に似ず、理性的に成長した己を褒めたいくらいです」

 つまり、理性的な精神を育めなければ、本能のまま暴走していたということか。

 俺は理性的ではあるが、シーナを想うと精神の安定性が崩れる。初めて見た時は心臓が強く脈打ち、締めつけられるほどの衝撃を受けたが、ガンドルフの言う具体例ではなかった。
 シーナを喜ばせたくて、けれど傷つけたくなくて、理不尽に追い詰めて傷つけたアポイナ村の村人が赦せなくて、生まれて初めて苛烈な怒りが激しく湧き上がった。
 だが、必要以上に触れたいと、会いたいという衝動が湧かない。会いたい、声を聴きたいと思うことはあっても、今すぐ――という渇望かつぼうは感じない。

 ……何かに阻害そがいされている? だが、いったい何に?

「アレン殿? もしや……『巣作り』をしておきながら、『番』ではないのですか?」
「すっ……!? い、いや、そうではない! あと少しで冬を迎えるんだ。俺はシーナが少しでも過ごしやすければと思ってだな……!?」

 帝都に来たばかりのシーナは、身の回りのものを揃えられない。宮廷魔導師見習いとして学ぶことも多数あるから、私的な買い物へ出かけることもままならないだろう。
 だから先んじて整えただけなのだが……思い返せば、竜人特有の求愛行動の一つに当て嵌まるのだと、遅まきながら気付いてしまった。

 ガクリと膝から力が抜けると、ガンドルフが慌てふためきながら支えてくれた。

「アレン殿!? お気を確かに……!」
「……す、すまない。少し、頭を冷やす……」
「飲み物を用意します。着替えは隣室に用意していますので」
「助かる……」

 ガンドルフの執務室へ移動すると、隣の休憩室で衣服を着替える。
『魔導騎士アレン』から『竜帝アンスヴァルト』へ切り替わり、若干緩く感じていた竜帝の正装がピッタリと合う。

 竜人の姿と違って、人間の姿では僅かながら違いが生じる。
 そこで思う。シーナと対面したのは『アレン』だ。『アンスヴァルト』ではない、と。

 なら、竜帝として謁見で会えば、この違和感の正体に気付けるのではないか。
 わずかな可能性を見出して、私は謁見の日に備えた。

 ……シーナの部屋は、謁見直後に整えよう。


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