秘密を共有する者
翌日は仕事を一旦止めて、シーナに指導者兼上司を紹介する。
『魔導騎士アレン』として女子寮へ向かえば、外でシーナが待っていた。
まだ秋だというのに、頬が冷え切っていて心配だ。
早く魔導宮へ入り、中の構造を説明する。
その道中で、シーナの戦争への見解を聞いて、また驚かされた。
「弱肉強食という自然の摂理の中で学んだことは、生きるためには犠牲が必要だということ」
「人間が人間を殺すのは罪になるけど、それも弱肉強食の一つ。でも、それで倫理を失うことだけはしたくない。戦争は人の倫理観を狂わせるから……余計に怖いよ」
元から聡明だと知っていたが、俺が認識していた以上だった。
シーナは物事の根幹を悟り、世界の理を理解していた。
魔導師が求める根源を、いとも簡単に理解する視野の広さに畏敬の念を抱いた。
近くの部屋にいた宮廷魔導師長のジェイソンは、話を聞いていたのか驚いていた。
ジェイソンは
災禍の眼は迷信。赤い瞳を持つ者でも、実際に不幸を与えることはない。
ジェイソンは怖がらないシーナに不思議に思って訊ねた。
すると――
「誇りこそしても、忌む対象にはなりません」
赤い瞳をルビーに
その後、赤い瞳は精霊を視ることができる特別な目だと説明され、ジェイソンは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で唖然とした。
滅多に崩れないジェイソンの表情に思わず笑ってしまったが、それよりもジェイソンを紹介した時のシーナの反応が面白かった。
「アレン! 私の上司が筆頭魔導師だなんて、何で言わなかったの!?」
「先に教えたら恐縮するだろう?」
「それはそうだけど! 周りの人に妬まれそうで怖いんだけど!」
ジェイソンは赤い瞳のせいで、初対面の者から
だが、シーナは宮廷魔導師長から直々に指導を受けられると知った途端、顔を引きつらせて斜め上の
周囲の妬み
挨拶を促せば、一呼吸で綺麗な笑顔を浮かべ、礼儀正しくお辞儀した。
切り替えが早すぎる。笑いのツボに入ったのか、ジェイソンはプルプルと震えた。
かくいう俺も笑ってしまった。
それに、このやり取りを大勢の上級魔導師が目撃し、彼等はシーナを気に入った。
世間の色眼鏡もなく、彼等が敬愛するジェイソン自身と向き合えたのだから当然だ。
ただ、本来なら喜ばしいことなのに、俺は素直に喜べなかった。
女性の宮廷魔導師もいるが、男の宮廷魔導師が比率は上。
悪い虫がつかなければいいのだが……。
場が落ち着いてから、宮廷魔導師長の執務室へ案内され、シーナは筆記試験を行った。
知識面の試験結果は満点。未解読の魔法陣に至っては、中訳を添えて解き明かした。
実技では室内でも安全な氷魔法で繊細な薔薇を造形し、雷魔法を用いた低周波治療なるものや、地属性によって物体を浮かせる重力魔法だけでも驚きだったのに、陽属性による太陽光エネルギーというものを利用した熱線で紙に焼き
未知の魔法技術に、ジェイソンは興奮冷めやらぬ状態で根掘り葉掘り質問し、シーナは戸惑いながら答えた。
「素晴らしい才能の持ち主だ。ここは僕の手料理で持て成すべき――」
「やめろ、絶対にやめろ! またゲテモノ料理を作る気か!?」
昔、ジェイソンの手料理を食したことがある。調理されたものとは思えない、とても酷い見た目と味だった。青色と紫色と緑色が混交した泥のようなスープは、
青ざめる俺に、シーナは決心した様子で訊ねた。
「ここにある食材は何ですか? あと、使っていい薬草があれば教えてください」
シーナの機転により、ゲテモノ料理は回避した。
ジェイソンが作るものでないのならいい、と簡単に思っていたが、シーナはありものの食材と保存食で本格的な昼食を作ってくれた。
保存用の硬い黒パンを削って、新鮮なミルクとチーズでソースを作ったと思えば、黒パンや強い塩味を抜いた干し肉といった具でグラタンを作ったのだ。
パンとミルクとチーズのソースには、乾燥させたローレルの葉とローズマリーで抗菌と風味付けをする工夫には脱帽した。
余ったホワイトソースを利用したスープも、角切りした黒パンの食感が楽しく、時間を置いてスープの水分と旨みを吸った黒パンの柔らかさも最高だ。
寒い季節にぴったりの昼食に、胃も心も満たされた。
食事中の会話から、シーナはお菓子作りも得意なのだと知った。
馬鈴薯と違って甘みの強い紅芋は、そのまま蒸かしただけでも甘味になるので、庶民のおやつという認識が強い。それが食事にもお菓子にも利用できるのだと、シーナは言う。
精霊に愛されているシーナは、自然の恵みを数多く貰っていたようだ。自然の恵みに頼った甘味は想像しにくいが、出会って二日目に貰った林檎を思い返すと可能だろう。
食事系ではないお菓子のパイやタルト、スイートポテトなる紅芋のお菓子も気になる。いつかシーナの手作りお菓子を食べてみたいものだ。
「あ、芋餡だったら、パンに練り込んで菓子パンを作れる……のだけど……う〜ん。……パン型、売ってるかなぁ?」
パン型とは、パンと焼くときに使うものなのだろう。パンを焼くのなら、高温の熱で壊れやすい陶器より金物が最適のはず。
「パン型なら、宮廷鍛冶師に頼めば作ってもらえるぞ」
ガンドルフの妻は宮廷鍛冶師でもあり、細工師としても有能だ。
彼女ならシーナの求めるパン型も作れるだろうと思っていると……
「本当!? じゃあ、そのためのお金を稼がなくちゃ……!」
元から正規の宮廷魔導師を目指す予定だったが、シーナならあっという間に上級魔導師へ昇格するだろう。
その後は目標もないまま働くのではなく、目的のために給金を稼ぐのなら、シーナにとっていい生き甲斐になるだろう。
とはいえ、古代魔法書の貸し出しで得た謝礼金はどうするのか。
「竜帝陛下から貰った褒賞金は使わないのか?」
中金貨が十枚もあるのなら、充分に依頼を出せるはずだ。そう思って言うが、シーナは不思議そうに首を傾げる。
「鍛冶仕事ってお金がかかるって聞くし、新開発ならもっとお金が必要になるでしょう? 鍛冶師の生活費が無くなったら大変だもの」
意外なことに、シーナは職人という気難しい性分を理解していた。求めるものだけに留まらず、更なる改良を目指すことを視野に置いているようだ。
確かに職人は最少と最大を実践で試作したがり、大抵の者は破産までのめり込む。自業自得と言えるのだが、そんな職人の生活を思い遣り、そのための資金を用意する
「まったく、君は……」
ひとの心に寄り添い、ひとの生活を守る。それは民の暮らしを知り、民を導く為政者に近い心構えだ。
アポイナ村では村人に傷つけられてきたというのに、幼い子供達へ向けるような優しさを捨てない精神性に、改めて尊敬の念を抱く。
すると、グッと唇を引き結んだシーナは照れくさそうに目を泳がせて、ハッと目を見開く。
「気付かなくてごめんなさい。食後のお茶を淹れてきます」
慌てた様子で立ち上がったシーナは、紅茶を淹れに台所へ向かった。
恥ずかしさのあまり、この場から
頬を赤らめて羞恥に悩む表情が愛らしかったと、思い返すほど胸の奥が切なく締めつけられる。そんな俺を、ジェイソンが驚き顔で凝視していた。
「どうした?」
「あ……いえ。貴方様がそのようなお顔をなさるとは、初めてお目にしました」
幼少期のジェイソンは故郷で迫害に遭い、倒れていたところを『魔導騎士アレン』として保護して、魔法の基礎を鍛えた後に学園へ推薦した。
俺に恩を返そうと宮廷魔導師長を目指し、
生来の膨大な魔力のおかげで、寿命は通常の人間の数倍もある。老化が遅く、百歳を超えた今でも二十代後半ぐらいの若々しさだ。
父上の代からの古参を除けば、アルヴィス、ガンドルフに続く数少ない理解者であり、正式な宮廷魔導師の登用から僅か十年で宮廷魔導師長へ上り詰めた傑物。
人間の中で最も信頼できるからこそ、シーナを任せられる。
……信頼していても、複雑な気持ちになるのは否めないが。
「彼女が『番』であればと思うくらいには気に入っている」
念のために釘を刺す意味合いで答えると、ジェイソンは目を見開く。
竜人という種族を正しく理解している彼だからこそ、言葉の重みが理解できた……そう見えたのだが、真剣な表情へ変わった様子から違うのだと悟る。
「宰相閣下……いえ、アル様から、彼女が『番』である可能性を聞いております。ガンドルフ様からも、不安定ながら『番』を認識している様子であることも。……
「……は」
最初に俺の変化に気付いたのはガンドルフだった。
アルヴィスからも「『番』ではないのですか」と驚かれた。
そして、シーナと初対面であるはずのジェイソンまで、同じ指摘をした。
本当にシーナが俺の……『私』の「番」だと?
「貴方様が『番』への自認を不確かに感じるのは、おそらく何らかの影響がシーナ自身にあるのかもしれません。僕も出来得る限り調べてみます」
シーナへの執着は、ある。だが、一般的な『番』の夫婦を知っていると違和感がある。ジェイソンに原因を見つけられるのか気掛かりだが、行動を起こさないよりはマシだ。
「……わかった。できる限りで構わないから、頼む」
「お任せください」
ジェイソンは今後、シーナの教育係として接することが増えていく。何か収穫があればいいのだが、今は指導者として