花嫁候補との面会

Book mark


 本日は地方から集められる花嫁候補、最後の一人との面会が行われる。

 本音を言うと、気が重い。
「番」ではない相手から過度な期待を寄せられることにも、花嫁候補に選抜された娘達をその気にさせる貴族にも、心の底から辟易へきえきする。

 帝国内の各地から、もしくは大陸中の目ぼしいと思われる女性が、竜帝の花嫁候補として招かれる慣習だが、本来は息子の「番」探しの一環として、初代竜帝である父上が始めたこと。

 しかし、正直に言うと意味がない。
 父上が退位した後も続くほど慣習化されたが、今まで成果はなかった。
 無意味な「番」探しに国税を無駄に使いたくない。だからこそ今回を最後と定め、バシレウス帝国の貴族に通達した。

 国政を担う重鎮が焦るのも仕方ないことだが、異様に焦る者は国税を掠め取ろうとする思想を持つ犯罪者である場合も否めない。
 これにより信頼を寄せる配下の調査がはかどり、国政にたずさわる重役の貴族から少なくない数の叛逆者はんぎゃくしゃが明らかになった。

 冬に入る前に摘発てきはつしていくことになるのだが、今は花嫁候補との面会が先。一人一人を謁見の間へ通し、竜帝として歓迎の言葉を贈る手筈となっている。
 父上が在位中は、「番」ではないと判った時点で送り返していた。それが今や、晩秋から積雪の冬季期間中を利用して、花嫁候補を滞在させる慣習へ変わってしまった。
 国家反逆の思想を持つ貴族の摘発が完了するまで油断させるためだとはいえ、面倒だ。

「――アポイナ村出身、村長の子女、スザンヌ様、御入場!」

 花嫁候補は、一度に十名が選出される。
 その最後の一人、アポイナ村のスザンヌが侍従に呼ばれて、謁見の間へ踏み込んだ。

 絨毯のおかげで足音は抑えられているが、竜人や獣人の聴覚なら拾える程度の静かな足音。入場時の一挙手一投足から、僅か一週間で基本的な礼儀作法を修得したように見受けられる。
 しかし、本来なら上座から距離を置いてひざまずくはずが、規定の半分以上も近づいて、貴族令嬢なら習得する最上の拝礼カーテシーを披露した。

 優雅な拝礼はいれいだというのに礼儀に反する横柄おうへいな態度に眉をひそめると、本来の位置で正しく控えている専属侍女ソフィーが激しく動揺していた。
 スザンヌの不作法は、ソフィーも予想外だったのだろう。強張った顔から色を失くす様子が気の毒だ。

「専属侍女ソフィー。花嫁候補殿に正しい作法を教えなかったのですか?」
「っい、いえ、そのようなことはっ……!」

 アルヴィスの厳しい問いかけに、ソフィーは今にも卒倒そっとうしそうなほど青ざめる。
 対するスザンヌは、いつまでもカーテシーの姿勢を崩さない。
 自分は関係ないという態度に、私は深く溜息を吐いた。

 このままではソフィーがとがめられてしまう。それだけは避けたくて、アルヴィスをなだめる。

「良い。思慮の足りぬ者への指導は大変であろう。そも、辺境の寒村から帝都までの長旅を終え、僅か一週間で淑女の拝礼を習得させたのだ。侍女の業務と並行で、よく教えられた」

 ソフィーを労りながら努力を称賛すれば、彼女は口を引き結んで、謝意を込めた拝礼で深々と頭を下げた。

「アポイナ村の娘よ。此度こたびの不作法は不問と処すが、城内では作法をあやまれば、多くの貴族から顰蹙ひんしゅくを買う。自衛のためにも作法は守るよう心掛けろ」
寛大かんだいなお言葉、誠に感謝いたします」

 甘さを感じる高い声で感激を表現したスザンヌは、疲れた様子でカーテシーをやめる。
 そのまま跪くことなく私を見上げた途端、魂消たまげた表情で私を見つめた。

 ……不快だな。

 建前であっても花嫁候補に歓迎の言葉を贈るが、彼女達から些細ささいなことでも陶酔感とうすいかんが滲む目を向けられる。今回、竜帝の魔力の圧に怯えた者は、ほんの三名のみ。
 スザンヌは前者……それも、選ばれるという自信から真面目に作法を守らない部類だ。

 できることなら定期的な茶会も欠席したいのだが、私の我儘で辞めさせるには今更すぎる。
 主催側がいなければ意味がないので、今後は精神的疲労が大いに積もるだろう。

「――以上で、アポイナ村、村長の子女、スザンヌとの面会は終了となります」

 アルヴィスに片手を挙げて示すと、彼は意図を組んでスザンヌの退場を促した。
 最後まで私を盗み見ながら退場する様子に、胸の奥がよどんで苛立つ。

「陛下、これより件の『愛し子』様を迎えに参ります」
「頼む」
「フラヴィオ宰相補佐官、私の代わりをしっかり務めるように」
「はっ。畏まりました」

 花嫁候補の謁見は、宰相を務めるアルヴィスが進行役を担っていたが、彼にはシーナを謁見の間へ案内する重大な使命を与えている。

 シーナが『精霊の愛し子』であるという情報は、宮仕えのエルフやトムテ、精霊と契約を交わした者なら誰もが知っていること。
 けれど契約精霊からは『精霊の愛し子』だとは明言されず、「精霊の界隈でとても有名な御方」なのだと、ぼかした言い回しで教えられるそうだ。

 ――「『愛し子様を傷つけてはいけない』……そう忠告されました。契約を結んだ上位精霊までもが警告するなど、今までの『精霊の愛し子』に無い事例です」

 父上の代から宝物殿を管理するハイエルフが、緊迫感をもって報告してくれた。
 シーナが精霊王と契約を交わしているからだ。……最初はそう思っていたが、どうやらそれだけではなさそうだと、薄々ではあるが感じ始めている。
 シーナから感じる「番」のようで、そうではない違和感の正体。それが鍵だと思った。


 謁見の間と隣接する休憩室にて、給仕が用意した茶で一息つく。
 ようやく最後の花嫁候補との面会が終わった。後はシーナとの謁見だけだ。
 魔力感知の感覚を広げれば、現時点のアルヴィスはシーナを連れて来ている様子。
 いよいよシーナに会えるのだと思うと、気持ちが浮つく。
 そんな時、スザンヌへの悪感情について、不意に疑問が浮かぶ。
 慇懃無礼いんぎんぶれいな態度も相俟あいまって、他の花嫁候補と違って言葉をかける気になれなかったが、公私混同を良しとしない私は神経をすり減らしながら言葉を贈った。
 数いる花嫁候補の中で、最も嫌悪感をあおられたのがスザンヌだった。

 だが、あれを「ただの嫌悪」だと、正しく言い切れるだろうか。

 スザンヌはアポイナ村の村長の一人娘。虚構塗れの小娘が、シーナを長年傷つけてきたのだと思うとはらわたが煮えくり返る。
 特にアポイナ村から出立した初日の夜、シーナを呼び出したスザンヌが醜い悪意をぶつけたのだと、精霊王を通して知った。

 ――『娼婦とか、薄汚れた魔女とか、あんな暴言を言われて平気なわけがない』
 ――「憎しみなんて、持ちたくないのに……!!」

 悲痛な嘆きが込められた慟哭どうこくに、胸が張り裂けるかと思うくらい痛みが走った。
 同時に、底知れぬ怒りが湧き上がったと思えば、爆発的に殺意が芽生えた。
 暴力的な感情を初めて抱いた自分に危機感を覚え、咄嗟とっさ抑制よくせいした。その時はシーナをなぐさめるために何とか抑え込めたが、スザンヌを目にするたびに嫌悪感が湧き上がるようになった。
 今では自分の感情を制御できるようになったが、やはり油断できないようだ。

「へ、陛下。申し訳、ございません……! 魔力の圧が……っ」

 いつになく青ざめたフラヴィオの進言に、私の魔力が安定していないことに気付く。
 ……スザンヌを眼にしたせいで、気を抜いた途端に抑えきれなくなったようだ。

 一呼吸で平常心を取り戻すと、ほっと肩の力を抜いたフラヴィオが問う。

「あの……先程の花嫁候補に、何か……?」

 僅かな期待が滲んでいる声色に、また不快感が込み上げる。
 いつもなら無表情でいられるはずなのだが、自制できないほど目が据わる。
 フラヴィオや周囲の者達が恐れる中、ガンドルフ近衛騎士団長がうやうやしくかしずく。

「陛下、発言をお許しください」
「……許す」
「アポイナ村出身の花嫁候補が、『精霊の愛し子』殿が受けた迫害の原因でしょうか」

 多くの者が花嫁候補に興味をいだく中、ガンドルフだけが私の異変の理由に気付いた。
 不快感が軽くなったことで、周囲の者達も理解する。
 しかし、フラヴィオは意味が分からないと困惑した表情でガンドルフを見やる。

「ヴォルター近衛騎士団長、根拠はあるのですか?」
「……フラヴィオ宰相補佐官、あの花嫁候補は多くの精霊に嫌われている。精霊が好む『オーラ』を欠片も視えなかった。それどころか禍々まがまがしく、下位精霊すら寄りつく気配もない」

 呆れ気味なガンドルフの眼差しに加え、衝撃的な事実に誰もが息を呑む。

 この場は、エルフやトムテの文官、人間や獣人の近衛騎士で構成されている。
 人族の中で特に鈍感な人間は、精霊と契約を結んだ者のみ。
 つまり、この場には精霊と交信できる力を持つ者のみが選抜されているのだ。

「ガンドルフの言うとおり、あの小娘は『愛し子』を虐げ、迫害へ追い詰めた元凶だ。現在、アポイナ村を中心とする近隣では異常気象が多発していると情報を得た。無垢な子供達を守るために、『愛し子』は精霊の怒りを鎮め続けた。しかし、『愛し子』の願いという抑止力が去った今、精霊は怒りをこらえる理由が無くなったのだ」
「それは……アポイナ村は、どれほど『精霊の愛し子』様を害してきたのでしょうか?」

 本来、精霊の怒りを鎮めることは不可能に近い。
 たとえ『精霊の愛し子』であっても、怒れる精霊を抑え込むことはできない。それをシーナは、ずっと可能にしてきたのだ。

 この話題だけで、シーナは理性的な『精霊の愛し子』だと周知させられた。だが、アポイナ村の悪辣あくらつな所業は広まっていないため、フラヴィオや一部の者達は不信気味の様子。

 私自身も仔細しさいまでは知らない。精霊から聞き出そうにも、精霊の界隈ではシーナに関する情報のみ秘匿制約≠ネるものが設けられているそうだ。
 上位精霊になれば緩和されるが、それでも引き出せる情報は少なかった。

「あの小娘が周囲をそそのかし、『愛し子』は集団による暴力を受け続けた。村人は村を襲う魔物の討伐に協力することなく、彼女一人に押しつけた。『愛し子』の成果だというのに、討伐した魔物は村の収入にされ、彼女には報酬すら与えられることはなかったそうだ」
「なんと……! そんな……そんなむごいことをっ……!」

 悪意にまみれた搾取は、最早狂気だ。
 フラヴィオは青ざめ、アポイナ村の所業に身震いする。
 ガンドルフも、話を聞く者達も、悲痛な表情へ歪む。

「それでも彼女は、奴等と同類に並び立つことを良しとしなかった。何も知らない無垢な子供を守る意志を棄てなかった。でなければわざわざ荒ぶる精霊を鎮めなかっただろう」

 誰もが復讐に身をやつして当然とさえ思える境遇きょうぐうだというのに、最後まで耐え抜いた。だからこそシーナを救いたいのだ。
 私の想いを知るガンドルフは、胸に手を当て、騎士として最上の礼を示した。

「魔導宮の警備を増やしましょう。魔法騎士を数名、交代で駐在ちゅうざいさせます」
「頼む。……ああ、魔法騎士の一人だが、ティモシー・アンベールを推薦しよう。あの者は花嫁候補の護送で指揮を取り、その折に『愛し子』と親しくなった。警戒されず、本人から適度な距離で近況をうかがえるだろう」

 ティモシーは『アレン』としても信用できる人間だ。きっとシーナの力になるだろう。

「陛下の采配に感謝致します」

 ガンドルフが騎士の所作で拝礼し、私は鷹揚おうように頷いて見せた。

 ふと、ここでアルヴィスの気配が近づいていることに気付く。
 少し遅いと思ったが、シーナから何やら聞き出していたのだろうと察する。
 精霊王と契約している事実を知るのはアルヴィスだけ。エルフとして、シーナが精霊王の契約者に相応しい人物なのかを見極めたかったのだろう。
 憶測ではあるが納得のいく理由に肩の力が抜け、私は茶を飲み干した。



 
- 25 -