それから数日が過ぎ、フェリス辺境伯の居城、アルジェント城に客が訪れた。
程よく整ったマリンブルーの髪。切れ長で理知的な黄色の目。厳格な印象を与える、四十代より若く思われる男性。
お婆様が紹介した知人の魔術師、マキシミリアン。
緊張を
「ようこそお越しくださりました。私はフェリス辺境伯の長子、ナディアと申します」
胸に手を当て、
「
若い外見に似合わなそうで似合う、老成した言葉遣いだ。
同時に、貴族に対して態度を取り
「マキシミリアン様、本日はよろしくお願いします。どうぞお掛けになってください」
応接室の長椅子に手を向けて指し示す。
マキシミリアンが長椅子に座ったところで、私も向かい側の長椅子に座る。
侍女がお茶を入れてテーブルに置き、一口飲んで口の中を湿らせてから話を切り出す。
「本題に入る前にお聞きします。貴方はどのような魔術を使えますか?」
「……水や雷を操る魔術。そして魔術ではなく、目に見えない障壁を張ることで対象の攻撃を防ぐ技術を編み出した」
マキシミリアンは
魔術は潜在的な力だけではなく編み出すこともできると聞いて、希望が芽生えた。
「なら、結界を編み出すことも可能か」
「結界?」
小さな呟きを聞き取ったマキシミリアンは復唱する。
彼の反応で、この世界では知られていない、もしくは存在しない
「目に見えない障壁に特殊な効果を組み込む魔術です。
とはいえ、これは前世の知識。
正しいのか不明だが、『結界』の存在は仏教にあるということは記憶に残っている。
ファンタジーな作品にも登場する術なので、魔術に転用することは可能のはず。一から編み出すのであれば大変だろうが、既に障壁を編み出しているのなら、あとは『設定』を組み込む工程を研究すればいいぐらいだろう。
「私はこれに人除けや獣除け、果てには害意を持つ人間のみ侵入を拒む、もしくは限定した対象の意識から領域への意識を除外し、寄せ付けない結界が編み出されることを願っています」
私が考える結界魔術を告げれば、マキシミリアンは瞠目した。
普通なら
「私は貴方がた魔術師に、その結界魔術を用いて領地の防衛を担ってもらいたいのです。同時に独自の魔術を編み出し、それを付与することで、新たな魔工製品の開発の一助にもなってほしい。そうして民に受け入れられ、頼られる存在になってもらいたい。それが実現できれば、魔術師だけの組織の創設が可能になるはずです」
「……魔術師だけの組織、じゃと?」
「魔術師が魔術師を管理し、助け合う
私はこの数日で練った構想を纏めた書類の束をテーブルに置く。手に取ったマキシミリアンは書類を読んで、小さく
「……
この世界には貴族を管理する貴族院がある。それと似て
「創設した暁には、貴方に最高責任者の役職に就いてもらいたいのです。後世を育てる教師でも構いません。受け入れてもらえるのなら、必要な資材を集めるよう支援します」
隣に置いている最後の紙を差し出す。
受け取ったマキシミリアンは、紙に書かれた文字と図を見て、カッと目を見開く。
「こっ、これは……っ! いったいどこで……!?」
「我が家の図書室に。私の高祖父は書物が好きで、あらゆる本を集めていたようです。探してみたところ、いくつか魔術に関する書物や
驚愕に満ちたマキシミリアンの表情に、思わず笑みが浮かぶ。
呻き声を絞り出したマキシミリアンは、険しい顔で私を見据える。
「……貴女は、我々魔術師をどうしたいのじゃ?」
「魔術師の価値を世に知らしめたい。そして領地を、ひいては国を発展させたいのです」
子供が考えることではないし、領主でもない小娘が行うにしては大それた計画だ。それでも私は成し遂げてみたいのだ。一人でも多く、理不尽な不幸から救えるように。
「貴族は民を守り、国を支える存在。言うなれば民を守るための国家の奴隷です」
「……民のための……国の、奴隷……?」
「無能な貴族は民を殺し、国を
固く
気圧されているように見えて、小さく微笑む。
「それは貴方がた魔術師も同じです。だからまずは魔術師の居場所を作るために、貴方の力をお借りしたい。どうかご協力願えませんか」
私の申し出に、マキシミリアンは目を伏せて考え込む。
「……魔術師に必要な資材は、どうやって手に入れるつもりですか」
急に敬語を使った彼に軽く驚く。けれど、淀むことなく答える。
「これでも私はフィリア商会の会頭です。情報網は広いですから、それを駆使して集めます」
「! あの、たった一年で国一に成長した商会の……会頭?」
「……ええ。お婆様の勧めで、私が八歳の春に創立しました」
「八歳……」
とりとめのない表情で衝撃を受けるマキシミリアンだが、私も衝撃を受けた。
フィリア商会は国内屈指で、他の商会と肩を並べるほど成長したのだと思っていた。
しかし、実際は国一の商会。私の認識は甘かったようだ。
「それに、我が領はレヴェント帝国と貿易する中継所。私の商会なら国内だけではなく、他国にある魔術書も探せるはずです」
――私にできる最善の提供はここまで。これ以上の手札は持っていない。それでも焦りを見せることなく毅然とした態度を取り繕う。
しばらく私を凝視したまま固まったマキシミリアンは、ハッと我に返る。そして、立ち上がると恭しく頭を下げた。
「ナディア様の申し出を
「ありがとうございます。私も、貴方の期待に応えられるよう全力を尽くします」
私も立ち上がって右手を差し出せば、マキシミリアンは戸惑いながらその手を握った。
契約書を書いて、その後は……商会の会頭として動き出そう。