商会頭の志



 翌日の正午。
 フョードルはルゥビーン商会の会頭として正装を纏い、フィリア商会に出向いた。

 案内された応接室は、ルゥビーン商会のものより質素に思われるが、重厚な長机、長椅子、シャンデリアといった所々に配置されている調度品は全て一級品。
 応接室の調度品一つ一つによって、この商会はどのような商会なのか印象付ける。ただ絢爛けんらんな贅をらして威光を訴えかけるのではない、静謐せいひつな見せつけ方だと感じられた。

 そんな空間に、一人の子供がいた。
 腰まで伸ばしたつややかな直毛は、春の早朝特有の空を彷彿ほうふつさせる淡い青色の光沢を帯びる、神秘的な白銀色。横は鎖骨辺りで整え、耳の後ろの少量を後頭部で結い上げた、上品な髪型。
 紫色の瞳は大きく、ほんのり尖った目尻から、幼いながら凛とした印象を抱かせる。
 流麗りゅうれいな輪郭の白皙はくせきの小顔には、細く整った眉、やや小振りの整った鼻梁びりょうに、桃色に色づいた柔らかな唇が黄金比率で配置されている。
 服装は、上品なレースとフリルが目を引く意匠デザイン開襟かいきんシャツ。薄手の長いカーディガンは、腰のくびれから裾に向かって薄紫色から紫色のグラデーション、ネモフィラの花と葉の刺繍が精緻せいちに施されている。

 レヴェント帝国で現在人気を誇る陶器人形ビスク・ドールのようで、それ以上に美しい女の子。
 年頃は十歳前後。フィリア商会の会頭の娘なのかと思った。
 しかし、女の子は上質な長椅子から静かに腰を上げると、フョードルに歩み寄った。

「ようこそお越しくださりました。私はフィリア商会の会頭、及び製品開発部門の部長を担うナディア・フェリスと申します」

 穏やかな笑みを浮かべ、子供とは思えない堂々とした振る舞いで名乗った。

 手紙に記されていたのと同じ会頭の名前。
 いったい何の冗談だと文句を言いたくなったが、言葉が出てこない。
 絶句してしまったフョードルに、ナディアは柔和に微笑んだ。

「ルゥビーン商会の会頭、フョードル・エレミエフ様。急な呼び出しに応じてくださり、まことに感謝致します。どうぞおかけになってください」

 外国の商会名だけではなく、呼びにくいと評判の会頭の姓名まで正確に呼ばれた。この時点で彼女が只者ただものではないと理解せざるを得なくなった。

 片手で示された長椅子に座ると、ナディアは向かい側に座る。壁際に控えている男が香り豊かな紅茶を出すと、ナディアは紅茶を一口飲み、静かに茶器を置く。
 ただの商家の子供ではない。貴族らしい完璧な所作だった。

「さて。さっそく依頼を申したいのですが……どうやら信用なされないご様子ですし、証拠となる話題から始めましょうか」
「……話題?」
「ええ。私がどのようにして商会をおこしたのか。裏付けをとれば簡単に確認できることです」

 確かに、こんな子供が国内一の商会の会頭を担っているなんて信じがたい。
 同時に、どのような手腕で国内一に上り詰めたのか気になった。
 聴く姿勢に入ったフョードルに、ナディアは語り始めた。

「あれは私が七歳の時、祖母のお祝いの品にぬいぐるみを作りました。材料は肌触りの良い上質な布、刺繍糸とボタン、そして綿。この綿ですが、私がぬいぐるみに使用するまでゴミとして扱われていました」
「……は? ゴミ……?」
「この領地で自生していた植物ですが、用途が判らず、ただ子供が遊びで持ち帰ってゴミとして処分されるだけのものだったのです」

 にわかに信じられない話だが、控えている己の秘書に目を向けると、彼女は頷いた。

「事実です。以前、木綿の産地に向かった従業員から聞きました」
「優秀な従業員をお持ちのようですね。是非ぜひともお聞きしたいですが……話を戻しましょう」

 残念そうに眉を下げたナディアは、静かに面持おももちを変えた。

「その綿ですが、ただぬいぐるみに使用するだけでは勿体無い。どうせなら布にも加工して、女性の悩みを解決する商品を作ればいいと進言しました。すると、祖母が私の名義で商会を興すとおっしゃって。せっかくなので、祖母のお祝いに開発しようと思っていた洗髪剤、汎用性はんようせいの高い化粧水といった美容品を作りました。これらがフィリア商会の始まりの商品です」

 調査で聞いた、フィリア商会の原点となる商品。その全てを考案して開発したのが、年端もいかない子供。

「ただ、女性専門の商品はぬいぐるみと同じく手間暇がかかり、売上量も多い。それを予感して、数ヶ月前から足踏み式ミシンというものを鍛冶師に作ってもらいました。それを聞きつけた鍛冶師や魔工職人が集まり、私のアイディアをもとに様々な商品を製作しました。そしてこの領地で栽培できる植物を見つけ、それがきっかけで食品も扱うようになりました」
「職人が、自然と集まったと言うのか……?」
「ええ。私が考案するものはどれも画期的かっきてきらしくて、どれも初めて製作するものが多かったのが幸いしたようです」

 つまり、ナディアのアイディアを盗むために集まったということ。
 しかし、それでは疑問が残る。

「君が……貴女が考案したものを他の商会が盗作する恐れはなかったのですか?」
「そこは厳重に管理しています。それに、私の商会は居心地がいいということもあって、他所の商会に行く気が起きないようなのです」

 対等の商人へ向ける姿勢に直してたずねると、ナディアは苦笑気味に答えた。

「フィリア商会の雇用制度は貴女が考案したとお聞きしましたが……」
「そうです。女性だって働きたい人は多くいます。彼女達に適応した職場環境を整えて受け入れるのも、雇う側としては当然の気配りだと思っています。でなければ女性職員はあっという間にいなくなってしまいます」

 一理あるナディアの言葉に耳が痛い思いをする。
 フョードルは並み居る商人と同じように、女性職員をあっさり解雇しているのだから、ナディアのような考えは盲点もうてんだった。目からうろこが落ちるとは、まさにこのことだ。

「私の商会が扱う商品は女性専用が多く、女性でしか理解して寄り添えないものもあります。男性職員だって、理不尽に解雇される要素を無くさなければ真摯しんしに打ち込めないでしょう?」

 ナディアの意見はもっともだ。厳しい職場では、いつ解雇されるのか恐ろしくて怯えてしまう。それではのびのびと自分のやりたいような仕事の仕方ができない以前に見つけられない。
 不安を取り除くことで良い職場環境を築く。その考え方はフョードルには無かった。

「貴女は部下に寄り添う考えを持っているのですね」
「ですが、厳しい裁量さいりょうは設けています。無断で商品の技術を流出すれば、その重さによって罰金の上、短期もしくは長期の無償労働。こういった処罰がなければ職場がたゆんでしまいます」
「確かに……では、どのように商品を開発しているのですか?」

 最も気になっていた、ナディアの商品の開発する考えと姿勢。
 どのようにして今までになかった画期的な商品を生み出せたのか。今、その一端に触れた。

「私は主に生活に基づいた形で考えています。この作業は疲れるから改善するものを作ろう。このままでは美しさが保てなくなるから、さらに美しくなれるものを作ろう。そうすれば自分も周囲も生きる活力が湧き、明日への楽しみが増える。お酒だって、地域独自のものが作りたいとか、理想の味を造りたいとか考えるでしょう? それと同じです」

 てっきり子供ならではの考え方かと思ったが、全く違った。
 どうすればより良い暮らしができるのか。どうすれば楽しく生活できるのか。そんな人々の生活にも寄り添う心。
 他者への思い遣りと、並み居る大人を超える思考。どれもフョードルにないものばかりで、対抗しようと思う気力すら湧かない。

 彼女が会頭だから、職員も職人も追従ついじゅうしようと思える。彼女について行けば、新しい明日への道を一緒に切り開ける。誰もが笑顔になれる、そんな商品を作れる。
 ナディアでなければフィリア商会は築けず、成長しなかっただろう。

(――完敗だ)

 フィリア商会の会頭として、一流の商人として、フョードルはナディアを認めた。
 清々しい気持ちが込められた笑みを浮かべるフョードルに、信じてくれたのだとナディアは安堵した。