天使の秘密



 数日後、驚くべきことが発覚した。
 なんと、アンジェラを狙った男達は北国の奴隷商。アナトール王国だけではなく、隣国のレヴェント帝国に侵入して子供を攫っていたらしい。

 アナトール王国とレヴェント帝国の北側に位置する、マグニフィカス公国。亜寒帯から寒帯の土地であり、雪国で有名。そして、年中不作で飢饉ききんに見舞われているという。
 おそらく人身売買で、攫った子供を奴隷にするのだろう。

 吐き気をもよおすほど最悪な国だから、アナトール王国とレヴェント帝国は警戒している。
 現在、両国は公国が戦争を仕掛けてきたときの対策として軍事力を強化している。
 そして今回の事件で、戦争が勃発ぼっぱつしかけているそうだ。
 とにかく今は人攫いの巧妙こうみょうな手口に背後関係を調べなければならなくなり、一貴族では対処できない問題となった。
 お婆様と相談した結果、この件は国に任せることにした。

「あの……ナディア様、ソフィア様」

 お婆様から淑女の武器である作法と、お茶会という名の催しに必要な地方の情報を用いた話術を教えてもらっているとき、アンジェラが訪れた。
 私が貴族で領主の娘と言うことを知ったアンジェラは、最初は恐縮きょうしゅくしていた。数日が経った今でもおどおどしているけれど、怖がることなく会話できるようになった。
 今は養生しているが、回復後は侍女見習いとして働くことになっている。

「どうしたの?」
「……お伝えしたいことが……あります」

 いつも以上に白い顔色で、アンジェラは深呼吸をして――告げた。

「私……魔術師、なんです」

 突然何を言い出すのかと思えば、ファンタジーな発言だった。
 キョトンとした私に、アンジェラは気まずそうに一枚の紙を取り出し、器の形にした両手に載せて胸の前に持ち上げ、そっと聞きなれない言葉を唱える。
 すると、アンジェラの手のひらから小さな氷の塊が出現した。

 初めて見る現象に、目を丸くしてしまう。
 何もないところから氷が現れたのだ。
 しかも、それは『魔術』と称される力……。

「なに……それ……」

 腹の底から熱が込み上げて、声が震える。

 アンジェラは口を引き結んで、目をきつく閉じて怯える。
 今にも泣きそうな彼女を安心させるために、早くなぐさめるべきだけれど――

「すごい! 何それ……! ファンタジーすぎっ!」

 私は歓喜の声を上げてしまった。
 興奮する私に、アンジェラは目を丸くして戸惑う。

「……え? ふぁ、ふぁんたじー……?」
「幻想って意味! すごいっ、こんな力があるなんて……!」

 この世界は地球ではないと、地理を学んで理解した。
 地球と違って、横長のクレーバーン大陸以外の大陸は発見されていない。小島や諸島は大陸の周辺にあるけれど、日本国のように発展した島国は片手で数える程度。

 異世界への転移・転生系の定石じょうせきでは、魔法が使える物語が数多く存在した。だからもしかして≠ニ期待したけれど、この世界にそういった力は存在しない。
 生まれて九年の間で、魔法なんて見たことがないから、この世界には特別な力は存在しないのだと残念に思っていた。

 でも、実は『魔術』という形で存在していた。興奮しない方がおかしい。

「あ、あの……怖くないんですか?」
「え、どこが? むしろすごくて感動したのに」

 いま私、キラキラしていると思う。瞳を輝かせた明るい笑顔ではしゃいでしまう。
 そんな私に、お婆様は苦笑した。

「ナディア、魔術師はね、世間一般では迫害はくがいの対象となっているのよ」
「……え? どうして?」

 お婆様の信じられない情報に驚愕すると、彼女は教えてくれた。

「理解できない力だからこそ、人は恐怖する。忌避きひして排除しようとする。受け入れられる人はごくわずかと言っていいわ」

 確かに一理ある。私だって理解できないものは怖かったりするのだから。
 魔術を受け入れられるのは、前世の知識のおかげ。
 やはり前世の知識と経験は無駄では無かったのだ。

「ナディアは受け入れられるの?」
「うん。アンジェラ、魔術を使う時、その紙を媒介ばいかいにするのよね? 見せてくれる?」
「あ……はい」

 頼めば、アンジェラは戸惑いながら、絵図が描かれた紙を差し出す。
 繊細な文字を挟んだ二重円の内部に六芒星ヘキサグラム、中心の六角形内には雪華せっかの文様……。

「これ、どこで習ったの?」
「いえ。なんとなく頭に浮かんだ絵です。それを書いて触れたら氷が出てきて……それを見たお父さんの親戚に捨てられました。両親は……生まれたときに事故で亡くなったので……」

 つまり、潜在的な意識にり込まれた力を無意識に使ったということ。
 凄い才能だ。これはみがかなければ勿体無い。

「ナディア、どういうこと?」
「え? あ……うん。たぶんだけど、この絵……というか、図を描くことで魔術が発動するんだと思う。この図を触媒しょくばいにしないと魔術を使えない。つまり、図を書かなかったら普通の一般人と同じってことなんじゃないかな」

 私の憶測に、お婆様もアンジェラも衝撃を受けた顔で瞠目どうもくする。

「あと、魔術を使う燃料……魔晶石のような力をその身に宿しているのだとしたら、使わなければ一般人として過ごせたはずだよ」

 魔晶石は摩訶不思議な力を宿した石。その石を使うことで魔工製品が作られる。
 つまり……。

「『魔力』って言えばいいのかな? この図を魔工製品に刻めば、冷凍庫ができるかも」

 可能性はゼロじゃない。試してみる価値はある。

「ナディア」

 僅かに震えた声で、お婆様に呼ばれた。

「お婆様?」
「貴女はこれから、アンジェラのような魔術師をどうしたいのかしら?」

 どうしたい、とかれて思い至る。
 魔術師は迫害の対象。つまり、居場所がない。
 忌避されて、社会から排除されて、自由に生きられないのだと。

 なら、私にできることは――

「保護して居場所を作ってあげたい。魔術師が魔術師として働ける、社会に貢献できる居場所を。そうすれば社会は魔術師の存在を認めてくれるはずだから」

 社会に認められる。それは人々に魔術師の価値を知らしめるということ。並大抵の努力では成し得ないからこそ、魔術師達を一人でも多く保護して、魔術を研鑽させる必要がある。
 そのためにも、まずは居場所を作る。フェリス領を居場所として活動させ、成功すれば領民は彼等を受け入れてくれる。

 構想を練りながら答えれば、お婆様は笑みを深めた。

「なら、私の知人を紹介してあげる。気難しい方だから、一筋縄ではいかないわよ」
「全力でいどむよ。そのためにも今日の合格を貰わなくちゃ」

 お婆様の授業を無駄にしたくない。最低でも合格ラインに達しないと駄目だ。
 意気込みを見せて言えば、お婆様は満足げに頷いた。

「アンジェラは見学でもする? それとも休む?」
「……見学します」

 グッと口を引き結んだアンジェラは答えた。
 潤んだ瞳から涙をこぼさないよう目に力を込めている。

「つらくなったらいつでも退室していいからね。――お婆様、続きをよろしくお願いします」

 一礼して、お婆様の指導をみっちり受けた。


 一時間後に合格点を貰った私は、さっそく魔術師の政策に関する構想を練る。
 紙に纏めるために、一度は案を書き起こす。

「あの……ナディア様」

 私についてきたアンジェラが控えめに声をかける。
 手を止めて顔を向ければ、彼女は真剣な顔で私を見据えていた。

「なぁに?」
「ナディア様は、私と同い年ですよね? どうしてそこまでするんですか?」

 おそらく魔術師のための政策についてだろう。
 魔術師ではない私では畑違いだと分かっているけれど……。

「助けられるかもしれないのに、見て見ぬふりをするなんて嫌じゃない」

 我ながら偽善者な答えだ。呆れられるのも目に見えている。
 でも、だからこそ――

「私はいずれ領主になる。そうすれば今まで以上に民を助けることができる。民を守るのは貴族の責務であり、貴族としての矜持きょうじ。……それを全うできない貴族もいる」

 私は貴族として底辺な貴族を知っている。それが実の両親だ。

 独断でフィリア商会を設立したのに、自分が管理するフェリス領に帰ってこない。
 私がいるからなのか分からないが、カーティスに領地経営を押し付けたままだ。
 自分の責務を全うしない、むしろ放棄ほうきしている最低な駄目人間だ。

 ……娘として恥ずかしい。あの人達のことになると、私も口が悪くなるから嫌になる。

搾取さくしゅするばかりの貴族なんて貴族じゃない。欲にまみれた獣以下の存在だ。私はね、そんな貴族が大嫌いなの」

 貴族だからこそ、駄馬だばにも劣る貴族を嫌悪する。
 転生して貴族になったからか、庶民だった前世ではありえない感性になった。

 だけど、これが今世の私だ。もう前世の無力な私ではないのだから。

「私はこれまで民の生活をより良いものにしてきた。彼等が健やかに生きてくれるなら、私もむくわれる。だから頑張れる。彼等の幸福が、私の原動力だから」

 最後に穏やかな笑みで言い切ると、アンジェラは息を詰める。
 そして、胸に手を当てて低頭した。

「アンジェラ?」
「ナディア様のお心を聞かせてくださり感謝します」

 アンジェラは堅苦しいお礼を言うと、頭を上げた。
 彼女の目には、強い意志が宿っていた。

「私、頑張ります。ナディア様のお力になれるように」
「……ありがとう」

 覚悟が込められた言葉だった。
 大袈裟だと思うけれど嬉しくて、私は穏やかに微笑んだ。