たった一ヶ月で、フィリア商会は有名になった。
美容品や女性専用の商品は飛ぶように売れて、同時にぬいぐるみも貴族の子供に受けが良くて、お土産に買う人が多かった。
綿を使った製品の製作が追いつきそうにない。それを創立前にあらかじめ予想して対策したおかげで、なんとか商品は間に合っている。
対策とは、ミシン。前世の現代で使われている電動式ではない、足踏み式。
創立する数ヶ月前から鍛冶師に頼み、一緒に試行錯誤した。
完成したミシンのおかげで、仕事が楽になったと針子の女性から好評を受けた。
そして数ヶ月が経った頃、電気の代わりになる摩訶不思議なエネルギーを内包した魔晶石を使用した魔工製品で、前世と同じコンパクトなミシンの開発に成功。
他にもミキサーやハンドミキサーといった家庭的な製品が開発されて、商会の建物を拡張して、魔晶石を扱う魔工職人を従業員に迎えることになった。
魔工職人だけではない。鍛冶師も雇い、圧力鍋、
調理器具も扱うようになったおかげで、料理人からも注目を集めることになった。
こうして、たった数ヶ月で国内屈指の商会へ成長を遂げた。
資金と、お婆様の人脈のおかげで多くの学者が集まり、念願の学校を創立した。
初等校では読み書きと計算、中等校では地理や歴史、専門職の知識や技術の下地のための座学や実習、高等校では複式簿記などの専門技術の習得から医療・農業・魔工製品の研究を行う研究施設――という、前世の故郷に近い学校が完成した。
現在、領内各地に初等校と中等校、首都となる領都に初等校・中等校・高等校がある。
商会の従業員、領地経営の官吏、警備隊である警備兵が徐々に育成されていく。
その分、九歳になった現在の私は
「――やっと……終わったぁ……!」
最後の一枚を紙の山に置き、書類仕事が終了。
時計を見れば四時を過ぎていた。昼食や散歩など休憩時間を設けているため健康は保っている。それでも疲れはなかなか解消されない。目も肩も痛くなってきたし……。
備え付けの長椅子にぐったりと横になっていると、部屋に入ってきた一人の少年が苦笑気味に声をかける。
「お嬢様、お疲れ様です」
変声期前の少年特有のボーイソプラノが聞こえ、体を起こしてそちらを見る。
薄茶色の柔らかな髪に、初夏の青葉のような緑色の瞳の、甘い美貌の美少年。
彼はセバスチャン・スチュアート。齢十三歳。
現在、フィリア商会の会頭補佐を務めるトレヴァーの息子で、執事長カーティスの孫。
祖父の後を継ぐために中等部で執事の授業を受けているため、会うのは一週間ぶり。
「セバスチャンもお疲れ様」
気の抜けた笑顔で言うと、セバスチャンは顔を背けてコホンッと咳払い。
「ソフィア様からの伝言です。『
唐突なお婆様の指示に、そういえば視察はまだだったと思い出す。
私はいずれ領主になるよう教育されている。そのためにも領地の状況を把握するよう、三ヶ月ごとに視察することを義務付けているのだ。
「分かった。日程も護衛の騎士も順番もいつも通りでお願いしないと……」
「執事長が
「そう。後でお礼を言わなくちゃ」
姿勢を正すと、セバスチャンが紅茶を
ローテーブルに置かれたそれをソーサーごと持って、優雅に飲む。
「……美味しい。腕を上げたね」
「恐れ入ります」
恭しく一礼したセバスチャンに、私はクスッと笑う。
「そうだ。セバスチャンも視察についてくる?」
「よろしいのですか?」
「自分の住む領のことは多少知っておいた方がいい。お客様が来たときの会話のネタになると思うから」
「……なるほど。では、お供させていただきます」
そんなこんなで、セバスチャンも視察に同行することになった。
翌日の早朝。最初に向かった先は、フェリス領の南西に位置する村。
亜熱帯地域で降水量も少し多いことから、綿畑の農家として収入を得ている。他にも前世では南国で手に入る果物類があり、中にはカカオまで存在していた。
そう、カカオ。チョコレートの原材料である。しかも少し変わったカカオの実があり、通常のカカオ豆と個別でチョコレートを作ってもらったところ、なんと深いピンク色になった。
前世では第四のチョコレートで有名になった、ルビーチョコレートだ。
発見したときは、とてもはしゃいだ。カカオ専用の農家ができるほど。
元々使い道が分からなくて放置していたらしくて、カカオの木がたくさんあった。おかげで一から育てるのではなくなったため、すぐに
フィリア商会にも製菓部門が設立し、今では製菓関連の料理人が多く集まり、製菓専門店やカフェができたのだ。
「村長さん、村の様子はどう?」
視察前に村長と面会すると、彼はとてもいい笑顔で歓迎してくれた。
「とても良好です。ナディア様のおかげで村も潤っております。村の外へ出稼ぎに行った若者も、村に戻って手伝ってくれていますし」
「それはよかった。子供達は学校に通えている?」
「ええ。おかげさまで
嬉しそうな報告に安堵して、村の中を見て回った。
今年も綿の木が多く育っているから、在庫不足になりにくそうだ。
「ライチはもう食べ頃ね。この量ならお酒の開発も問題なさそう」
「……ライチで、酒を? できるのですか?」
「果物で作られるお酒は多いから、可能性はゼロじゃない。もしよければ収入の一部で機材を買って作ってみる? 完成したら私の商会に
「はい。その時は必ず」
専用の書類がないと契約は結べない。けれど口約束だとしても、彼等なら問題ない。
充実した会話の後、続いて向かったのは隣町。
国内屈指の魔晶石の鉱脈があり、西のレヴェント帝国に引けを取らない採掘量を誇る。
この鉱脈のおかげで魔晶石が手に入りやすく、魔工職人が集まり、魔工製品が次々と開発されている。私が前世の知識を用いて考案した調理器具も、その内の一つ。
「ドミニクさん、調子はどう?」
現場の見学をしつつ、陣頭指揮を
鉱山労働の責任者である親方ドミニクだ。
「おかげさまで仕事が楽になりました! スゲェですね、あのトロッコってのは」
以前、視察に訪れた時のこと。魔晶石を鉱山から運搬する際、手押し車で運んでいた。大きな振動やバランスを崩せば落ちてしまうし、無駄な重労働で足腰に悪い。
そこで
「おかげで以前より魔晶石を多く売り
「それは
「へい!」
その後、困ったことやおかしな点がないか聞き、問題ないという報告を得る。
次の町へ移動し、本日はそこの宿に泊まった。
半日を跨いだ先の北の町で視察を行う。
フェリス領で目白押しの避暑地であり、象徴であるラクリマ湖。アナトール王国にある世界三大湖の一つに数えられる広大な湖だ。
森や空が鏡のように映るくらい透明度が高く、淡水。ラクリマ湖限定の魚介が多く生息し、海でもないのに漁業ができる。
さらに、昨年から
「真珠の養殖なんて初めて聞きますが……本当にできるのでしょうか?」
養殖場で不思議そうに見学するセバスチャン。
確かに、この世界では養殖の真珠なんてフェリス領で史上初になる。そもそもこれは前世の知識だから、成功する確率は五分五分。
「とりあえず今は実験段階だから、最低でも四年は待たないと。でも、成功したら領地の特産が増えるだけじゃない。国の特産品にもなるはずだよ」
「……お嬢様は、国のことまで考えていらっしゃるのですね」
私の言葉に、セバスチャンは感銘を受けたような表情で私を見つめた。
「だって私達の領ばかりが潤うなんて不公平でしょう。この国の発展にも寄与したいし」
「それをお嬢様のお歳で考えられるなんて普通はいませんよ」
「世界には何億人もの人々がいるんだから、少なくとも私以外にもいるはずだよ」
私は転生者だから大人の考え方ができるだけ。生まれながら聡明な子供だっているはずだ。
苦笑気味に言って、最後の視察場所――フェリス領の首都へ向かった。