忙しない領地経営



 フェリス領へ帰還して、しばらくの間は多忙たぼうを極めた。
 長らく不在だったこともあって大変だったが、時々送られてくる仕事もこなしていたおかげで、思っていたより負担は減っていたけれど。

 来年から社交界に出席しないといけないので、これ以上が年に何度もあるのだと思うと気が遠くなりそう。
 それでも目標だったフェリス辺境伯の地位を確立したので、これまでできなかった政策を次々と展開していった。

 同時に、戦争に向けての魔工製品の開発も推し進めた。
 状態固定をほどこした保存箱。軽量化を施した荷馬車。

 そして――

「マキシムさん、魔術装束の性能はどう?」

 魔導院の訓練場で、遠くの的へ雷魔術を撃ったマキシミリアンに声をかける。

 普段の黒いローブではなく、黒を基調とした軍服。通常の軍服とは異なり、裾の丈は膝まであるが、腰から下の動きを阻害そがいしないよう前部の布は切り取っている。
 燕尾服に近いようで異なるロングコートと言えばいいだろうか。外見四十路のマキシミリアンが着ても違和感がなくて、むしろ美貌を引き立てる意匠デザイン
 補足するなら、通常の軍服と同じくらい厚みがあるのだが、背面の裏地には軽量化と防御力強化の魔術式、要所に空調の魔術式をい付けてある。

 それだけではない。生まれながら潜在意識に宿る魔術紋による魔術の運用を最適化する魔術装具『魔装手甲まそうてっこう』という、手の甲に魔術紋を刻印した黒い手袋も用意した。
 個々人によって異なる魔術紋を芯に、魔力操作の制御の補助・補完などを最適化する魔術式で囲んで手の甲に縫い込むため、個々人によって異なる特注品である。

 どちらも魔術師でなければ使えないが、魔晶石があれば非魔術師でも使える。しかし、自在に操れるわけではないので、悪用されないように管理には気をつけないといけない。

「素晴らしいです。特にこの手袋……魔装手甲でしたな。まるで長年連れ添った相棒のように馴染みます」
「よかった。どれも戦争で身を護るための護身具だから、そう言ってもらえて嬉しい」

 領地に帰還してすぐ、魔導院で演説を行った。
 近々戦争が起きる。敵国は拉致らちした魔術師を戦争で使い潰す気であると。国だけではなく彼等を助けるためにも力を貸してほしい。私も、皆が使い潰されないために戦場へ同行する。――そう宣言すれば、全魔術師が賛同してくれた。
 予想をはるかに超える魔術師達が協力してくれるのだ。

 とても心強くて、嬉しくて。……同時に、申し訳なくて。
 溢れる涙をそのままに、笑顔で感謝の気持ちを伝えた。

 それからは魔術の開発も進めて、戦争に向けて魔術師の魔術装束を完成させ、参加する魔術師に限って無料配布することにした。
 私が溜め込んだ私財の半分近くを投資したのだ。彼等を護るためには当然だけど、少し財布が痛い思いをした。だから、無料配布は一人二着まで。それ以上は自分の私財、もしくは魔導院の運営費でまかなう方針にした。
 このこともあってマキシミリアンには恐縮きょうしゅくされ、魔術師達からさらに支持された。

「あとは行軍の訓練を領軍とやって慣れてもらわないとね。その際は私も参加するから」
「ナディア様も?」

 私の発言に、マキシミリアンは驚きから目を丸くする。

「行軍中の食事は黒パンとチーズといった保存食が主だからね。いくら魔工製品の保存箱を用意しても、物資は減っていくもの。魔工保存箱が壊れた場合も想定して慣れておかないと体調を崩してしまう。それだけは避けなくちゃ」

 私の移動は騎馬か馬車になるが、魔術師達も同じになるとは限らない。何事も想定しておかないと足を引っ張ってしまう。
 勝率を高めるためには必要以上の努力を重ねなければならない。私だって全員で勝利を喜び合いたいのだから。


 それから日程を調整して、七日間にわたる行軍訓練を行った。
 室内で活動する私や魔術師には苦行だったが、弱音を漏らしながらもやり遂げた。
 指揮官を担当するフェリス辺境領軍の団長から改善点を聞き、日常の中でも取り組む。
 根を上げかける魔術師もいるが、私も頑張っているのだと知ると、私に負けないくらいの努力を積んだ。
 そして約一ヶ月。最終目標の一週間、一人も欠けることなく合格を言い渡された。魔術師ならではの工夫を訓練中に編み出したことも合格の秘訣ひけつになったのだ。
 私も及第点を貰えて安堵した。

 そんな頃に、一通の手紙が届いた。

「……このタイミングで?」
「手紙には、なんと?」

 家令であり、私の補佐を務めるカーティスがたずねる。
 珍しく血相けっそうくほど、急いで手紙を届けてくれたのがカーティスなのだ。
 理由は、手紙の蝋印ろういんが王家の紋章だから。
 手紙の内容を話さなければならない。

 ただ、ちょっと恥ずかしい……。

「私の婚約者が来るみたい」

 嬉しいような困ったような、そんな笑顔で告げると、雷に打たれたような顔をされた。

「……ルシアン第二王子殿下、ですか?」
「そう。他にもロベルト第一王子殿下とシャーリー王女、ロベルト殿下のご友人が二人、護衛騎士が約十人。予定では来月の第二週目の初日に到着。滞在期間は五日間ですって」

 貴族の友人も、かなりの大物。メレディス公爵の嫡男と、ガスリー公爵の長男なのだ。

「ロベルト殿下とシャーリーお姉様の側仕えと侍女を考えると三十名前後になるかな」
「三週間後であるのは救いですね」
「うん。その間に諸々もろもろの事業を片付けて、領地の視察の予定を見直して……だいたい、来月の第四周目にしましょうか。その前に三十名ほどの食材の予約もしないと。部屋の清掃はもちろん、領内の警備も強化させて……」

 これから忙しくなるだろうが、予定と準備を組み立てていく。
 紙面に書き起こしてカーティスに渡せば、問題ないという仕草で頷いた。

「では、手配して参ります」
「お願いね」

 さて、あとは魔導院に連絡しないと。おそらく魔導院の視察も兼ねているだろうし、念のためにマキシミリアンに伝えておこう。
 そんな感じであわただしい三週間となった。

 一番の収穫は、予定していた魔工製品の開発。
 フィリア商会の各部門も順調で盛況。領内の道路整備も完了。
 あっという間に三週間が過ぎ、ついにルシアン達が訪問した。


「遠路はるばるご訪問くださり恐悦至極きょうえつしごくにございます。歓迎いたします、ロベルト第一王子殿下、ルシアン第二王子殿下、シャーリー王女殿下、メレディス公爵令息殿、ガスリー公爵令息殿」

 夕方頃に到着したルシアン達を迎えれば、五人の少年少女が驚いていた。
 どうしたのかと不思議に思っていると、ルシアンが私の手の甲に口付けを落とす。

「出迎えありがとう、ナディア。とても綺麗だ」

 今の私は、緑色の植物の刺繍を施した薄紫色のドレスを着ている。
 社交で着るようなものではないホームドレスだけど、今日のために仕立ててもらった。
 ハーフアップに整えるのに使った髪留めは、以前ルシアンから貰ったバレッタ。
 十歳だから化粧はしていないが、保湿の化粧水で肌を整えるくらい。

 いつもより磨いていることに気付いてくれたみたいだし、私もある共通点に気付く。
 柔らかな笑顔で褒められた私は、気恥ずかしくなってはにかんだ。

「ありがとうございます。ルシアン様も、とてもお似合いです」

 ルシアンの服装は緑色を基調としているけれど、紫色の植物の刺繍を取り入れている。
 考えていることが同じで嬉しくなっていると、ルシアンは頬を赤らめた。

「それでは、皆様の客室へご案内します」

 領主の館というより城塞であるアルジェント城は広い。国境に位置するから、万が一に備えて篭城もできる。絢爛ではないにしろ落ち着きのある絵画などの骨董品が飾られている。
 有り余るほどある部屋の雰囲気も統一しているけれど、シャーリーお姉様のように女性が泊まることも考慮して、男性用と違って華やかな調度品で整えた。

 五人とも私が予想した通り、二人ずつ側仕えや侍女をつけていた。彼等は主人に近い客室を利用してもらい、二人一部屋で使うように準備していた。
 この采配さいはいに、五人と歳の近い侍従と侍女に驚かれた。

 それぞれ荷物を置いたところで昼食の時間がきた。
 食堂で領地ならではの食材を使った料理を振る舞えば喜ばれ、食後にはルシアンと約束した素朴そぼくながら美味しい焼きバナナと、領地の特産になりつつあるアイスクリームのデザートを堪能してもらった。

「ナディア殿。フェリス領では、このような氷菓を食べられるのですか?」
「フィリア商会が運営する飲食店なら、少し値は張りますが庶民でも召し上がれます」

 メレディス公爵令息のディランから質問されて答えれば、彼の隣に座るガスリー公爵令息のオーウェンが「羨ましい」と呟いた。

「今年に入って冷凍庫付きの冷蔵庫という魔工製品の販売を始めました。それを使えば、様々な氷菓を作れますし、食材の鮮度を保つだけではなく、長期保存も可能です。そのため、夏に起こりやすい食中毒を防げます」
「なるほど、確かに。それはナディア殿がお考えに?」
「ええ。領民が健やかに暮らせるよう試行錯誤しました」

 ディランの質問を正確な返答で解消し、食後は談話室で寛いでもらう。ついでに午後の予定を決めてもらった。
 その際、とんでもない申し出をされた。

「良ければフェリス領を見て回りたいのだが、いいだろうか?」

 ロベルト殿下の頼みに、少し悩む。全てを見て回ると最短五日、最長一週間はかかる。滞在期間が過ぎないよう調整したら、明日から行動に移した方がいい。
 でも、シャーリーお姉様はどうするのだろうか。

「構いませんが……皆様はどうなさいますか?」
「わたくしたちもご一緒しますわ。世界三大湖の一つのラクリマ湖に行ってみたいの」
「私も、ラクリマ湖の漁業や産業に興味があります」
「俺はフェリス領の騎士と手合わせしたいです。国軍の軍人より強いと聞きました」

 シャーリーお姉様は観光も含めて、ディランは次期メレディス公爵当主として領地運営の一端を学ぶ目的があり、オーウェンは国軍の件で領軍の強さが知りたい様子。

「僕は全部見て回りたい。できれば魔導院という組織も」

 ――やっぱり、事前にマキシムさんに連絡してよかった。
 ルシアンの要望に、私はこころよく頷く。

「では、視察という形で見て回りましょう。魔導院は最後に。最終日は首都で、ご家族へのお土産を探してみるのはどうでしょう?」
「素敵! ぜひお願いするわ」

 シャーリーお姉様が楽しみだと喜んでくれた。
 さて、予定を調整しなくては。

「セバスチャン」
「こちらに」

 呼びかければ、壁際に控えていた少年・セバスチャンが一礼して、ローテーブルに領内の地図を広げてもらった。視線と微笑で感謝を表せば、彼は微笑んで深く一礼した。

「ここ、首都は国境に近い場所にあり、南は亜熱帯地域に近いですが、北はラクリマ湖のおかげで避暑地となっています。まずは南の地の暮らし視察。終わり次第移動して、二日目はラクリマ湖。三日目に首都へ移動し、四日目に魔導院――で、よろしいですか?」
「最初にラクリマ湖ではないのね」
「最初に熱い場所から行けば、ラクリマ湖の空気が心地よく感じられます」

 理由を言えば、少し不満そうだったシャーリーお姉様は納得して頷いた。

「それなら構いませんわ」
「ありがとうございます。あ、そういえばちょうどライチの収穫期がありました」
「ライチ?」
「南の地で栽培している果物です。ブランデーというお酒にもなりますが、そのまま食べると甘くて瑞々しくて。食感も優しいので、好きな果物です」

 夏でなければ食べられない期間限定の果物だから、とても楽しみなのだ。

 私の説明に、シャーリーお姉様やディラン達が興味を示す。
 ふっとロベルト殿下が小さな笑みを表情に浮かべた。

「ナディア殿は、自分の領地が好きなのだな」
「はい。領地だけではなく、領地を盛り立てる領民も大好きです。彼等があってこそ、フェリス領は成り立つのですから」

 穏やかな笑みとともに答えれば、ロベルト殿下は感心を込めて頷き、彼の友人であるディランとオーウェンは驚き顔で私を見つめた。