魔導院と学校にて



 最終日の午前は、魔導院の視察。
 城塞っぽいアルジェント城とは異なり、円形の防壁に五芒星ごぼうせいを描いた要塞じみたおもむき

 五つの塔を繋ぐ渡り廊下風の空間には広めの部屋をもうけた。一階は大講堂・治療室・食堂など。二階から三階は各分野の研究室。四階は魔工製品に組み込む魔術式などの開発室。五階は魔導院長専用の部屋と書斎、奥に魔術書の図書室と原書の保管室。
 休憩場の中庭は吹き抜けとなっており、花や実をつける薬草園になっている。

 個人で編み出した研究成果の秘匿ひとくは自由だが、死期の前に消失しなければならない。遺ってしまえば研究者の名前とともに後世へ継がせることになる。
 ちなみに魔術の研究内容は秘匿案件のため、実践は研究室と裏手の訓練場のみで、これだけは責任者と関係者以外には明かせない。

「ナディア様いわく、魔術師は神秘学者。神話や古代の伝承にまつわる神秘の研究者であり探究者。……それは真実でした。魔術師の潜在意識に宿る『魔術紋』は、古代の石板や古文書にも載っています。魔術師は魔術紋を書いて行使しますが、古代人にその過程かていは不要だったようです。ただし、適性外の力は使えなかったという見解けんかいがあります。つまるところ魔術師は、古代人の遺伝を発現させた先祖返り。だから私達は、古代人が残した神秘を追求し、正しく管理する必要があります。……過去に討伐された魔術師と、同じ末路を辿たどらないために」

 マキシミリアンの補佐が、過去の事例を交えて大講堂で演説する。
 魔術師の歴史の授業を担当する彼女がもたらす新しい情報に、皆は真剣に聞き入る。

 私達の訪問に合わせて行っているのだと、マキシミリアンから聞いて感謝した。

「ナディア殿、彼女は何者だ? ここまで歴史に詳しい女性は初めて見る」

 ロベルト殿下が驚愕の表情で尋ねたので、せっかくだから紹介した。

 ユリア副院長。三つ編みに結わえた純白の髪、薄青緑色の瞳が特徴の女性。
 外見年齢は六十代だが、外見が四十代のマキシミリアンより遥かに年上。
 膨大な魔力と治癒の魔術紋を宿す故に老化が遅く、六百年以上の歴史の生き証人。

 表舞台に出ないように山奥に引き籠っていたが、弟子のマキシミリアンに引っ張り出され、魔術師にまつわる歴史を解き明かす魔術師専門の考古学者となった。
 ユリアがもともと保有していた古文書を参考に集めたおかげで、歴史がまた一つ解き明かされたらしく、久しぶりに彼女の演説会が行われたのだ。

「多くの人々を看取みとって、一人だけ取り残されるばかりで生き甲斐がなかった。今やっと生き甲斐を見つけて、歴史の生き証人として表舞台に出る覚悟を決めたのです」
「……強い人、なのだな」
「ええ。彼女ほど強い女性は他にいないでしょう」

 自ら孤独を受け入れる覚悟は、並大抵では得られない。取り残されるとしても、魔術師として、歴史学者として生きるのだと宣言したときの輝きは眩しかった。

 一通りの演説を拝聴はいちょうした後、マキシミリアンに案内されて研究室を覗いた。

 二階の研究室は基本的に大部屋で、学校の教室と同じ役割を持つ。
 十代は魔術への理解を深めるために、二階の教室で講義を受ける。魔力の暴走の被害を軽減するために、魔力制御は頑丈な教室で行う。

 三階の研究室では、同じ系統の魔術を扱う魔術師と意見交換や、専門的な知識を必要とする魔術への挑戦を行っている。

 四階の魔工製品に使われる魔晶石に刻む魔術式の開発室、五階の魔術書の図書室は見学できないが、魔導師長の部屋は見学できた。

 ちなみに東に位置する寮は男女別で、個人の研究室の役割を果たす。

「この建物の形状には意味があるのかい?」
「ええ。ナディア様曰く、大和国やまとこくの神秘学を基に建築したそうです」

 ルシアンの質問に答えるマキシミリアンだが難しそうな顔をしていたので、私が引き継ぐ。

「五芒星には陰陽五行思想の他に、護符や精神エネルギーの安定という効果があります。ちゃんと効果があるようで、若年じゃくねんの魔術師が抱える不安定な魔力の負荷が軽くなったと聞きます」
「えーと……それは五芒星を模していると、魔術師の魔力の影響で、五芒星の効力が自動的に発動する……ってこと?」
「そうです!」

 ルシアンが逸早いちはやく理解をしめしてくれた。
 笑顔で正解だと言えば、ルシアンは頬を赤らめて視線をうろうろと迷わせる。

「さすがナディア様の婚約者。理解が早いわね」

 シャーリーお姉様の称賛に、私も強く頷く。
 ルシアンは照れくさそうに視線をらし、ロベルト殿下達は生温かい視線を向ける。

「いやはや。ルシアン第二王子殿下は、まだ魔術師の造詣ぞうけいが深くいらっしゃらないのに。この建物の仕組みを言い当てるとは、素晴らしい柔軟な感性をお持ちのようですな」

 マキシミリアンも驚きの眼差しと称賛を送った。

「さて、これで現在開示できる魔導院の内情の全てです」
「感謝する、魔導院長殿。陛下には君達のことをよく伝えよう」

 ロベルト殿下が礼を言って、マキシミリアンに見送られて魔導院から出た。


 続いて向かったのは学校。
 王都でも有名な学者のセス様を理事長とし、各学校に校長を振り分けている。

 セス様の案内で初等校から見学し、中等校での勉強内容にロベルト殿下が驚く。

「将来の職の実習もしているのか。これは習得しやすい画期的な学習方法だ」
「これはナディア様がお考えになったのです。おかげで皆、真剣に取り組んでくれています。あとは実習が楽しいという声もありますね。警備兵志願者は熟練の警備兵から武器と戦術の指導、商人志願者はフェリス商会や有力な商会で見学と訓練を積めます」

 セス様が嬉しそうに語り、最後の高等校を覗かせてくれた。

 多くの生徒が講堂で授業を受け、さらに農業科と魔工科では研究まで行っている。
 医学も日々進展して、設立したばかりの医療組合で働く者も新しい知識を学ぶ。
 様々な学徒が熱意を込めた眼差しで取り組む姿は、まさに学者のよう。

「創設されて二年になりますが、上級職に適応する平民が次々と育っております。これほど理にかなった教育機関は、王都の学園以上です。先日も品種改良の農作物も完成しました」
「セス殿がそこまで言うほどとは、フェリス領の民は優秀なのだな」
「いいえ。彼等も最初は学ぶことに懐疑的かいぎてきでしたよ。ですが、子供が読み書きや計算を学び、外部の商人の詐欺さぎ看破かんぱしたことがきっかけで、大人も負けないようにはげんでいるのです。特に辺境の農村の者は、農業学を人一倍熱心に取り組んでおります」

 停滞ていたいした人間は、失敗を経験しなければ前進できない。
 大人より子供が優秀だと、子供に尊敬される大人ではなくなる。
 子供に背中を見て育ってほしいと願う親は、子供に負けないくらいの努力を見せる。
 このことからフェリス領の識字率は向上した。

「このような教育方針をお考えなさったナディア様には感謝しております」

 そう言ってセス様は頭を下げる。
 孫か曾孫ひまごほどの年齢差があるのに、心の底から尊敬されている。

 正直に言って気まずくて、「頭を上げて」と苦笑気味に告げる。

「知識と経験は人生の財産ですから。学べるだけ学んで、その積み重ねの先にある転換期で未来を掴む。失敗も理由が分かれば成功に繋がりますし、何事も経験は大事ってことです」

 暴論では『人生は博打ばくち』とも言うし、好機チャンスを掴めるのは本人次第。

 学校があるフェリス領の民は幸運だとセス様は言うが、学ぶ意欲がなければ無意味だった。
 だから、むしろ私が成功を掴んだのだと言える。

「私もセス様と民のおかげで成功しているようなもの。感謝するのは私の方です」

 教室の外から授業に励む彼等を見ていると元気づけられる。私も負けられないと発破はっぱをかけられる気持ちだ。
 どんなことにも挑戦して、諦めずに頑張る彼等だからこそ、愛おしい。
 我が子を見守るような気持ちに浸っていると、セス様は胸に手を当てた。

「……ナディア様は、領民を愛しておられるのですね」
「ええ。でも、セス様達も彼等と同じくらい大切に想っています」

 フェリス領の民に尽くしてくれるセス達には感謝しているし、私にとって彼等もフェリス領の一員なのだ。家族のような愛情を持つのは当然だ。

「いつも彼等をみちびいてくれるセス様達には感謝していますし、一緒にフェリス領を盛り立てる家族のような存在ですから。――ありがとう。これからも共に頑張りましょう」

 右手を差し出して改めて言うと、セス様は両手で握り返してくれた。

「こちらこそ、末永くお願い致します」
「はい!」

 セス様の言葉が嬉しくて、私も笑顔を深めて左手を重ねた。

「……私がもっと若ければ、結婚を申し出ていましたよ」

 また教室に目を向けた時、セス様が何かを呟いた。
 それを聞き取ったのは――


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