最先端を往く領地 SIDE:ルシアン



 王都から七日かけてフェリス領に到着して、真っ先に貧民街をのぞき見た。
 整備も清掃も行き渡り、質素ながら清潔な人々ばかり。

 話によれば住むための家もあり、初等校のみだが誰でも学校に通え、働ける者も多い。優秀な学生は推薦さえあれば奨学金しょうがくきんという制度で学費を借り、中等校へ通えるそうだ。
 政策も整備も行き届き、住民は生き生きとしている。

 こっそりと見に行った僕達は、ナディアの努力の一端を垣間見た。

 城塞とも呼べる屋敷へ行けば、領地特有の食事や、見たことのない遊戯具を揃えた遊戯室、午後のお茶会を不足なく堪能できた。
 そして衝撃を受けたのが、兵士の訓練場。魔術師は恐ろしい存在だとしか教えられていないが、兵士と連携を取って訓練する姿は生き生きとして、普通の人間に見えた。
 兵士も信頼を寄せているし、教官との会話から、ナディアは魔術師に対する深い理解力を持つのだと判る。

「すさまじいな」

 僕、兄上、姉上、兄上と近しい友人のディランとオーウェン。
 湯浴みの後、客用の談話室で集まると、兄上が心の底から呟いた。
 感嘆だけではない。畏敬いけいの念が滲み出た声色だ。

「わたくしも、お父様が後見人に名乗り出たのも当然と思えるわ」

 姉上もしみじみ感じ入りながら、側近の侍女が出した紅茶を飲む。

「このお茶を含めた豊富な特産品。お風呂も簡単に利用できる魔工製品。それらの開発のほとんどにナディア様がたずさわっていると聞いたわ。首都だけでも優れた為政者いせいしゃだと判ります」

 基本的に厳しい姉上でさえ称賛するほど、ナディアは領地に尽くしてきた。
 並々ならぬ努力で領地経営を盛り立てていたのだと思うと、尊敬の念を深める。

「ルシアンと同じ十歳。まだ大人に守られるべき子供なのにな」
「それができない環境だったと、ソフィア様と親友のお婆様から聞きました」

 姉上が痛ましげに視線を下げる。
 けど、その表情は彼女に向けるべきではないものだ。

「兄上、姉上。ナディアは領民を守るために覚悟の上で、ここまで努力したのです。同情や哀れみは彼女への侮辱ぶじょくになります」

 ナディアに向ける前にいさめると、姉上は軽く目を見張り、淡く微笑んだ。

「すっかりナディア様の理解者ね」
「婚約者ですし、それ以上に支えられる存在になりたいので」

 胸を張って、ナディアの理解者になってあげたい。支えられる夫になりたいと思う。
 そんな僕の覚悟に、兄上と姉上はさびしそうに笑った。

「私達も彼女から学ぶべきものがたくさんある。この機会を無駄にしないようはげもう」
「「はい」」

 ディランとオーウェンが兄上に同意する。
 しばらく話し合い、明日は早いので衣服の予定なども立てるために部屋へ戻る。

 その道中、老年の家令と、壮年の男が通路の脇に下がって一礼する。

「君がカーティスかい?」

 ナディアから聞いた、教師でもある家令の名前。
 訊ねると、カーティスは落ち着いた様子で答えた。

「は。わたくしめがカーティス・スチュアートにございます」
「ナディアから君のことは聞いている。もし時間が取れたら、領地経営について教授してくれないだろうか?」
「……私が、でございますか?」
「ナディアの恩師と聞いたからね。フェリス領にいる間で構わないから、検討してくれ」

 そう言うと、カーティスは戸惑いを押し込んで「微力ながら尽くします」と一礼する。
 これで領地経営についての知識を得られると安心する。

 ふと、カーティスの隣にいる男が紙を抱えていた。結構な量だ。

「それは?」
「フィリア商会の報告書にございます。この者は私の息子で会頭補佐を務めております。そしてこちらが、今学期の学校の報告書です。希望する者は成績に応じて飛び級し、中等校への進学に必要な奨学金の申請書、高等校の研究機関で生み出された研究員の成果」

 もう少しで就寝時間だというのに、ナディアはまだ仕事をしているのか。
 衝撃を受ける僕達だけど、カーティスは苦笑した。

「ご安心ください。既に処理済みです。お館様も、もう間もなくご就寝なさります」
「そ、そうか。引き留めてすまない。行っていいよ」

 僕の言葉で、カーティスと彼の息子は一礼し、去って行った。

 思っていた以上に、ナディアには大きな負担があるようだ。
 僕も頑張らなければ。ナディアを支えるためにも、僕のためにも。
 改めて意気込み、兄上達とともに客室へ向かった。


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