視察と研究と観光



 朝食後、さっそく南端の農村へ向かった。亜熱帯地域は気温が高いので、夏用の服を指定したおかげでそれほど熱くはないのだけれど、王都からの護衛騎士には厳しい様子。
 私の侍女、アンジェラに頼んで氷入りの経口補水の飲料水を配ってもらった。甘く爽やかな柑橘の風味なので、ルシアン達にも好評だった。

「突然の訪問なのに、対応に感謝します」
「いえいえ。早馬でのお知らせをいただけたおかげで助かりました」

 にこやかな笑顔で出迎えてくれた村長に挨拶し、まずは村の具合を聞く。

 農村の近くの町まで初等校の学校に通い、全員に学力を身につけられ、数名は首都の中等校で農業科から知識を得て、一部の高い能力を持つ者は高等校で技術を学んだ。

 私の提案で数人を選抜したおかげで働き手が少なくならず、むしろ農村が栽培・加工する特産品の魅力を知った農民が移住して、働き手が増えた。
 三ヶ月前より村民の数がまた増加して、移住者の家を増築しなければならないらしい。

 農地で働く人々を見ながら、私は考えを纏める。

「なら、永住者には働きに応じて一戸建てと農地を見繕みつくろって。それまで共同住宅で過ごす方針で。首都の大工に話をつけるけれど、資金の半分は村で負担。とはいえ、働き手が増えれば収入も増えるだろうから、必要経費と考えて」
「いいえ、半分は多すぎますし、不要です。資金はすべてこちらが出します」
「余裕は?」
「領主様考案のブランデーのおかげで潤沢じゅんたくです」

 胸を張って自慢する村長は、当初より立派に成長した。
 彼の心意気を受け取って、特産品のブランデーの原材料である果樹園に向かった。

 木々に実る赤い果実に、シャーリーお姉様が興味津々に観察する。

「まあ、これがライチ? 赤くて綺麗だけど、堅そうだわ」
「殻を剥けば、瑞々しい白い果実になります。領主様もお連れ様もどうぞ」

 管理人の奥方が、楊枝ようじを差した剥きたてのライチを持ってきてくれた。わざわざ種まで取り除いてくれているあたり、村の末端まで教育が行き届いていると判る。
 それはともかく、まずは私から毒見を兼ねて食べた。

「……うん。いつも通り、甘くて瑞々しいね。冷蔵庫を買ったの?」
「はい、主人が奮発しまして。領主様と魔術師の皆様には感謝しております」

 満面の笑顔で告げられて、くすぐったくてはにかむ。
 私に続いてロベルト殿下達も食べて、特にルシアンとシャーリーお姉様は果実の冷たさと瑞々しい甘さに顔を緩ませた。

「とても美味しいわ。こちらはどれくらい長持ちするの?」
「この村から王都まで運んでも数日はもちます。シロップ漬けにすればさらに長持ちします」

 奥方の娘がシロップ漬けのライチを運んでくれた。それを食べると、オーウェンが感嘆の吐息を漏らす。

「これは……画期的かっきてきだ。常温でも長持ちするなら行軍こうぐんにも耐えられるうえに、食事と水分補給を同時にできる。ナディア殿、ぜひ国軍にも販売してくれないか?」
「既に首都で販売しているから、販路を広げましょうか。ああでも、フェリス領より輸送料で価格が上がってしまう……。まずはガスリー軍務大臣と相談しましょう」

 確かにライチのシロップ漬けは行軍に打ってつけ。殻のままなら常温でも保存できるけど、シロップ漬けなら冷やした状態が好ましい。でなければ発酵はっこうして、お酒に変わってしまう。
 でも、兵士にとって士気に繋がるからいいかもしれない。

「ところで、今年の収穫量は?」

 奥方に訊ねると、驚き顔の彼女はぎこちなく頷く。

「は、はい。一昨年に畑を拡張かくちょうしましたので、今年は去年の一・五倍になります」
「貴方達で楽しめる分はある?」
「もちろんです」
「なら、シロップ漬けの生産量を増やして。価格も見直すから」
「分かりました。期待にお応えできるように頑張ります」

 やる気の炎を瞳に宿して強く頷く。
 期待していると告げて、視察を終えた。


 一つの町を経由にし、翌日の午前にはラクリマ湖の町に到着した。
 涼しい風に心地よい森林の香り。鏡のように澄んだ湖の美しさに、シャーリーお姉様はとても喜んでくれた。
 宿を取って一休みし、昼食は海鮮ならぬ湖の希少な食材を使った料理を頂いた。
 中でも個体ごとに色が異なる貝の料理は美味しかった。

「この貝を使った部屋の飾りを吊るすと、風で綺麗な音が出て涼しく感じるのです。ちなみに領主様が考案し、私達が作りました」

 この売り文句に、シャーリーお姉様は帰りに土産屋で、貝殻の壁掛けや蠟燭ろうそくを購入することを決めた。

 昼食後は、次期メレディス公爵となるディランのために真珠の養殖場ようしょくじょうへ案内した。

「ここが真珠の養殖場……?」
「ええ。ちょうど養殖用の網の掃除をしていますね。貝にとって良い環境を保たせるために、月に数回は掃除をしています。ディラン様の領地では、成功すれば海の真珠の養殖をお願いすることになりますから、現段階の技術を見学しますか?」
「頼みます」

 ロベルト殿下に説明した後、ディランに技術を教えるために養殖場の職人に会う。
 事前に知らせていたおかげで、彼等は快く受け入れて教えてくれた。

「まず真珠の核を作りますが、貝が傷つかないようにあらが無くなるまで丸く研磨けんまします。研磨機はこちらになります。下手をすれば指の皮が削れますので触らないように」

 そう言って真珠の核となるものを研磨してみせた。彼は職人の中でも一番の腕利きだから、短時間でつるつるになるまで磨き上げた。
 手に取って確認したディランは、その小ささに驚く。

「小さいな。これが貝の中で大きくなるのかい?」
「領主様いわく、核に付属させる貝の細胞に包まれ、貝の養分を摂取することによって大きくなるそうです。今年で二年目になりますので、冬にいくつかを開いて確認します」

 今は次の真珠のための作業で、多くの真珠の核を作っているのだと説明する。
 ディランは感心した様子でしきりに頷く。
 シャーリーお姉様には仕事の話に付き合わせて申し訳なかったけれど、彼女も興味津々で養殖場を観察していた。

 養殖場を出た後は、町の観光。
 避暑地なので夏場が稼ぎ時。道端で大道芸を繰り広げる光景もあった。
 飲食店、土産屋、宝飾店、珍しい魔工製品店では、期間限定の商品が陳列ちんれつする。

 ラクリマ湖に舟を浮かべて、湖の奥にある中島に生息する野鳥も発見した。

「あれがラクリマ湖の町に生息するという幻の鳥? 青色で美しいわ……!」
「アズールと言って、地元では見つけた人に幸運をもたらすと伝えられています」

 ラピスラズリのような奥深い青色が特徴の青い鳥で、とても美声。密猟みつりょうわないための警備体制も整えているので、人馴れしているのか近づくこともある。

 説明をしていると、一羽のアズールが飛んできて、私の肩に乗った。
 たまに餌付けしているからか、私を覚えてくれているようだ。

「シャーリーお姉様、お静かに。餌付けしてみます?」

 鞄から餌付け用に作られたパンを出すと、シャーリーお姉様は何度も頷く。
 手に千切ったパンを乗せると、アズールがパンをついばみ、シャーリーお姉様は声を上げないように耐えながら見つめていた。
 餌付けが終わると、アズールはシャーリーお姉様に頬擦ほおずりりして飛び去った。

「幸運でしたね」
「ええ! とっても可愛かったですわ」

 満面の笑顔ではしゃぐ様子から、シャーリーお姉様も満足したみたい。
 私も嬉しくてはにかみ、みんなで舟遊びを楽しんだ。