高級宿と食べ歩き



 翌日の午後には、フェリス領の首都に到着した。
 活気づいた町では国内生産だけではなく、隣国の商品も取り揃える店がある。
 舗装整備も行き届き、警備兵の巡回もとどこおりなく、治安が保たれている。
 防犯に優れた宿屋に行けば、支配人が出迎えてくれた。

「ナディア様――いえ、領主様。当店のご利用、まことにありがとうございます」
「こんにちは、ハインリヒ。順調かしら?」
「ええ。領主様がご紹介してくださった魔術師のおかげです。あれも貴女様が考案なさったのだとか。おかげさまで富裕層の観光客に好評ですし、早くも支店を持てました。避暑地の町でもご利用いただけたと聞きしました。感謝申し上げます」

 感謝を込めて一礼するハインリヒだけど、少し違う。

「貴方の店が一番安全なのは、貴方達が利用客に対して真摯しんしに取り組んでいるから。私ではなく自分達の頑張りを誇りなさい」

 十歳児が偉そうに言うと大抵は反感を持たれるだろうけど、私にはフィリア商会の実績と領主の肩書がある。
 普通の子供ではないのだとハインリヒも理解しているからこそ、丁寧に対応してくれるし、信頼してくれる。
 だからいつもと変わらない態度で称えると、ハインリヒは瞳を潤ませて深々と頭を下げた。

「そのお言葉にむくわれる思いです。部屋は最高設備でお間違いないでしょうか?」
「ええ。整っているかしら?」
「既にご用意してあります」

 そう言って、ハインリヒは私達に最高設備を施した部屋に案内してくれた。
 これまで通り二人部屋だけど、仕切りもあるし、前世の故国並みに整えられている。
 一階の大浴場とは別に、一部屋ごとに浴槽とシャワー付きの浴室も完備。
 冷凍庫付きの小型冷蔵庫、瞬間湯沸かし器、数回分の茶葉もあって快適。

 ただし、便所トイレは一階の一か所に男女別。それでも最先端技術の水洗式。
 防犯面も最高で安全だけど、資金と部屋数を考慮して二人一部屋。
 使用人は専用の部屋があるのだけれど、そちらも最高設備なので快適性も保証できる。

「本当に素敵……! こんなにいい宿屋はフェリス領だけなのでしょう?」
「ラクリマ湖の町より首都は人も多いですので、貴族専用の宿屋は安全性を高めております」
「でも、これだけの設備を維持するのは大変ではなくて?」
「確かに魔晶石の維持費はかなりの額になりますが、最高設備の部屋は予約制なので、ある程度の魔晶石の浪費ろうひを削減しております。予約がなくてもとれる部屋は、少々格を下げた設備にしておりますので、こちらの部屋と違って浴室はありません」

 ちなみに私が発案した節約術なのだと、シャーリーお姉様の質問に答えるハインリヒ。
 感動するシャーリーお姉様に、私はこれまでの苦労を語った。

「魔晶石にも限りがありますし、消費した魔力が齎す影響も考えないと大変だから」
「魔力がもたらす影響……?」

 私の言葉に、ルシアンが反応する。

 これまで人々は、魔晶石を魔工道具の原動力として運用してきた。生活の一部である魔工道具の原動力の正体を解き明かすことなく。
 だから、そこから起こり得る問題もあるのだと世間は知らない。
 同時に魔晶石の資源の枯渇こかつは、いずれ問題に上がるだろうから対策も練っている。

「魔術師は肉体に魔力を保有していますが、その原因は魔力が発生する土地にあります。魔晶石を採掘さいくつする鉱脈の土地に住む住民も、少なくない数の魔術師が生まれます。これは先天的な体質も要因の一つですので、必ず魔術師が生まれるわけではありません」
「どうしてはっきり言えるんだい?」
「魔晶石の鉱脈で働く鉱員がそうだからです。魔力濃度の高い鉱脈で働いていますが、魔術師の素養を後発的こうはつてきに得ていません」

 彼等は魔力濃度の高い土地で働いているにも関わらず、魔術師に変容へんようしていない。
 魔術師は、体内に魔力をたくわえる未知の器官を先天的に保有する。後発的に得られるものではないのだと、フェリス領の鉱脈周辺に住む人々を調査して判明した。

「魔力を消費するにつれて、魔晶石は魔力を失う。その魔力の残滓ざんしが大気に溶け込んで魔力の濃度を高めるのだけど、世界中に広まるまで千年前後を要します。それでも未来に起こり得る弊害が無いわけではありませんので、再利用リサイクルの方法を取り入れました」

 魔力で稼働するのなら環境問題は起きにくいが、代わりに人身に影響が出る。
 魔力を保有するだけではなく、魔力がある故に特殊能力を持つ場合もある。
 未来の魔術師が不幸にならないように、様々な対策を構築している最中だ。

 それに、前世のように生態学エコロジーもとにした自然環境保全は必要不可欠。
 魔晶石の資源の枯渇問題は、魔晶石を発掘する鉱脈で魔力を充填じゅうてんする方法を発見し、そこから再利用するための政策も取り組んでいる。

 専門的な説明で分かりづらいと思うけれど、ルシアンは真剣な顔で聞いてくれた。
 一方、ロベルト殿下は宿屋の価格をハインリヒにこっそり聞いていた。

「王都の高級宿と同じ価格でこれほどの違いとは……」
「認証鍵という魔術道具で戸締り……これが可能なのはフェリス領だけでは?」

 ディランも、「カードキー」と同じ性能の板状の鍵に触れて観察している。
 シャーリーお姉様は、私達の部屋を認証鍵で施錠せじょうと開錠の心地を確かめていた。
 満足した彼女は、隣の部屋も戸締りできないか試してみるけれど……。

「ここでも専用の部屋だとわかるのね」
「専属の魔術師も、部屋ごとに異なる鍵を設定するのは苦労していました」

 ハインリヒが一番苦労した点について話すと、ロベルト殿下は称賛する。

「だが、その魔術師と君達の努力のおかげで、私達は安全な宿を快適に過ごせる。明日の滞在まで世話になるぞ」
「お客様が我が家のように寛げるよう、誠心誠意お勤めいたします」

 ハインリヒが一礼して、ロベルト殿下との会話が切り上がったところで退席を許す。
 部屋の設備で一服して、半刻の休憩が終わると男性陣と合流する。

「夕飯まで時間がありますが、どうします?」
「せっかくだから、市場の視察はどうだろうか」

 ロベルト殿下の即答に、ルシアンも頷く。
 この町がどれほど栄えているのか確認したいのだろうかと予想しつつ、商人の子息子女が着るような衣服に着替えて出かけた。


 市場は午後でも活気づいていた。
 旬の果物や野菜を売る出店だけではなく、品種改良していないけれど、飼育方法を工夫して品質を高めた肉を扱った出店もある。
 串肉だけではなく、薄いパン生地に薄切りした味付け肉と千切りの葉野菜、秘伝のタレをはさんだケバブに似た食べ物――フェリス領風ケバブも売られている。
 トルティーヤと似た食事の店もあって、行き交う人々は小腹を満たそうと買っている。

「食事系の出店まであるんだな」
「専門店は行列ができるほどですから、市場で買う人もいるんです」

 説明していると、ロベルト殿下とオーウェンが買いたそうに凝視する。
 三時のおやつの代わりに食べようと決めて、ケバブの出店に向かう。

「こんにちは。おすすめの具はどれ?」

 店主に声をかけると、彼はハッと声を上げかける。
 私が人差し指を口元に当てると、察してくれた店主はぎこちなく頷く。

「フェリス産の地鶏が一番売れているが、小遣いに余裕がある奴はフェリス産の黒毛牛をよく選んでいるぞ」
「じゃあ、私は黒毛牛にしようかな。みんなは?」

 訊ねると、男性陣は黒毛牛、シャーリーお姉様は地鶏肉を選んだ。
 味付けした薄切りの肉を巻きつけた棒から肉を削ぎ、手早くケバブを作って渡してくれた。

「……! すごい、革命的にうまい!」
「なのにこの値段は少し安くないかい?」

 オーウェンが感動していると、ルシアンが不思議そうに尋ねる。

「質の低いバラ肉は安いんだが、それを旨く作るのが料理人の腕の見せ所ってこった」

 店主が胸を張って言うと、ロベルト殿下は「努力家だな」と褒める。
 すると、店主は機嫌をよくして貴重な情報をくれた。

「食後にぴったりの店がある。そこのアイスクリームは伸びるぞ」
「まあ……! 興味深いわ。どこのお店なのかしら?」
「市場と商店街のさかいにある出店だ」
「さっそく行ってみますわ」

 シャーリーお姉様が行く気満々なので、店主に礼を言って向かう。
 そこは、出店にしては立派な天幕。魔工道具の冷凍庫に、様々な味の氷菓があった。
 私は定番のバニラ味、男性陣はチョコレート味、シャーリーお姉様は苺味を選ぶ。
 そうして焼き菓子の器に盛りつけられるとき、氷菓が伸びた。

「すごいわ! こんなに伸びるなんて!」

 まさにトルコアイスのようなそれに、シャーリーお姉様ははしゃぐ。
 実のところ、これはフィリア商会の料理人が編み出した最新の氷菓だ。

「面白いのに、美味しい……! こんな氷菓は初めてだよ」

 ディランも好評するほどの美味しさと珍しさだったようだ。
 その後は土産屋の下見をして、宿に戻った。


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