表裏に抱えるアイ SIDE:ルシアン



 視察が終わると、フェリス領の首都で土産を買った。
 その後の兄上達は出店の食べ物巡りを楽しんだけど、僕は少しモヤモヤしていた。

 ――「……私がもっと若ければ、結婚を申し出ていましたよ」

 の高名な学者が、心からナディアをしたっていた。
 ナディアは神童だと口にする人達はたくさんいるけど、そこにどれだけの努力を重ねてきたのか計り知れない。

 努力家であるのは、そこに守りたいものがあるから。
 フェリス領の人々を愛しているからこそ頑張っているのだと、僕には見えた。
 だからセス殿達を「家族」と称し、彼等を含めて領民を家族として愛している。

 ナディアが真実肉親と言えるのは祖母のソフィア殿だけ。
 だからだろうか。ナディアが「家族」にえているようにも感じるのは……。


 領主の館、アルジェント城に帰還して、夕食まで休憩時間が設けられた。
 秋季のきざしを感じさせる草花や、かおり高い香木を美しく剪定せんていした庭は見事だ。

「ルシアン?」

 長椅子に腰かけて眺めていると、後ろからナディアの声がかかって肩が跳ねる。

「うわっ!? あっ、ナディア?」
「ご、ごめんなさい。びっくりさせちゃって」

 どちらかと言うと、ナディアの方が驚いた顔をしている。
 せっかくだから長椅子の片側へ寄れば、察したナディアが隣に座る。

「この庭、すごくいい香りがするけど、何の花の匂い?」
「四大香木の一つ、金木犀きんもくせい。咲き始めだけど、あの橙色の小花がそうなの」
「へえ。可愛い花だね。香りも好みだ」

 まだ数は少ないのに、これほど華やかで上品な香りはなかなか無いだろう。
 そう感じていると視線を感じた。

 隣を見ればナディアが、じっと僕を見つめていた。
 水晶のような紫色の瞳に僕が映って、ドキッと心臓が跳ねる。

「ねえ、ルシアン。何か悩んでいる?」
「えっ」

 別の意味でドキリとした。
 ナディアって、もしかしてかなり鋭いのか……?

「……実のところ、衝撃が強くて……」
「衝撃?」
「ナディアは気付かなかったみたいだけど、セス殿の独り言に、ちょっと……」

 きょとんとするナディアは、本当に聞こえていなかったようだ。

 これは言うのも野暮やぼだけど……。

「僕はナディアの家族になりたい。父上が決めた政略結婚だとしても、君の隣を誰かにゆずる気はない。むしろ誰にも譲りたくない。それくらい君が好きなんだ」

 一番は、ナディアに一番近い人間になること。
 彼等に認められたいけど、それ以上にナディアと愛し合える夫婦になりたい。
 そのための努力はもちろんするし、何よりナディアを支えたい。
 たとえそこに愛がなくても。

「君の領民……家族に向ける愛情がなくても、僕は――」

 思いの丈を言いつのろうとしたけど、声が出なくなる。
 ナディアのうるんだ瞳から、大粒の涙がこぼれたのだ。

 頬を濡らす涙に動揺どうようしていると、気付いたナディアは両手で隠そうとする。

「ご、ごめっ……私っ……!」
「ナディア……?」

 そっとナディアの肩に触れると、彼女の肩が震えていることに気付く。
 肌寒さからではない、感情を抑え込もうとしているような震えだ。

「私、も…………私も、ルシアンが大好き、なの……っ」

 泣きながら告白されて、呼吸が止まりかける。

 僕は「好き」だと言った。けど、ナディアは「大好き」だと返してくれた。
 相思相愛だと知って嬉しいのに、どこか不安が過る。

「私なんかで……いいの……?」
「当然だよ。ナディアじゃないと僕は嫌だ」

 心からの想いを伝えれば、ナディアは僕に寄りかかって手を握った。

 すがっているように感じる華奢きゃしゃな手のひら。
 この手に、どれだけの重責がかっているのか。
 失敗は許されない不安を抱えている。それでも民のために戦うのだろう。
 より一層、ナディアを守りたいと思う気持ちが高まった。


 けれど、僕はまだナディアを理解しきれていなかった。
 近い未来で彼女が、途轍とてつもない時代の流れのうずに身をとうじるなんて想像できなかった。
 そして、この時の涙の意味を知るのだった。