魔術師は疫病神だ。
多くの歴史の中で、多くの国が亡んだ原因だ。
常人と異なる力を振るい、力を持たない人間を不幸に落とす存在だ。
――そんな腐った
「魔術の研鑽を積める環境であり、人々の依頼を引き受けて力を貸す。そうして社会に魔術師の価値を知らしめられる。そんな組織を創りたいのです」
まだ十歳にも満たない幼い女児が、『魔導院』と名付けた「魔術師の互助組織」を創立し、魔術師である我等に居場所を与え、どん底から救いあげた。
女児の名は、ナディア・フェリス。フェリス辺境伯の第一子長女でありながら、実の両親と妹に虐げられ、闘病中に辺境の領地へ幽閉された。
憐れな境遇にいながら祖母・ソフィア殿に領主の道を示され、フィリア商会を経営しながら領地経営の政策に尽力していた。
心が折れることもあるだろうに、歩みを止めず、何事にも真摯に取り組む姿は、暗闇の中で生きる我々には眩しい存在だった。
そんな彼女が人攫いから一人の少女を助け、アンジェラと名付け、侍女見習いに迎え入れたことがきっかけで、魔術師の存在を知った。
アンジェラは亡き両親の親族に育てられたが、自分が魔術師だと知られた途端に虐げられ、挙句の果てに捨てられたそうだ。
魔術師は災厄の元凶だと認知される世の中で、徒人に自白するなんて自殺行為だ。
しかし、恩人に隠したくなくて、覚悟をもって打ち明けた。
――「すごい! 何それ……! ファンタジーすぎっ!」
普通なら
初めて見る人外の力を「幻想的」だと褒め称えたのだと、アンジェラから聞かされた時は信じられない気持ちでいっぱいになった。
だが、ナディア様は一目見ただけで魔術の原理に気付き、力の源が「魔晶石」に蓄えられる神秘の力だと見抜いた。
――「保護して居場所を作ってあげたい。魔術師が魔術師として働ける、社会に貢献できる居場所を。そうすれば社会は魔術師の存在を認めてくれるはずだから」
ソフィア殿から魔術師をどうしたいのか問われると、ナディア様は迷いなく答えた。
アンジェラも最初は
――「……貴殿は、我々魔術師をどうしたいのじゃ?」
初対面ですぐ、儂が開発した魔術の有用性を理解し、さらに進化の方向性を示した。
そこからナディア様の本気を理解して問うと、「魔術師の価値を世に知らしめたい」と迷いなく答えた。そうして国を発展させたいのだとも。
また、彼女はこう言った。――貴族は民を守るための国家の奴隷。無能な貴族は民を殺し、国を腐敗させる
――「全ては民の幸福と安寧のために。彼等の不幸を取り除くために。――それは貴方がた魔術師も同じです。だからまずは魔術師の居場所を作るために、貴方の力をお借りしたい」
真摯な気持ちを込めて、真剣に協力を願われた。
やがて彼女は、フィリア商会の会頭の立場を最大限に利用して、魔術書を集めた。
レヴェント帝国で皇室御用達と有名なルゥビーン商会の会頭と直々に取引し、貴重な商品のレシピを材料に交渉した。
アナトール王国だけでも百冊以上の魔術書が発見されたが、他国からも多くの魔術書を発掘してくださったのだ。
凄まじい手腕だが、それ以上に商会の不利益を作ってしまったと当初は青ざめたが、彼女は問題ないと笑顔で
この瞬間から儂――マキシミリアンは、ナディア様のために協力し、彼女の理想を実現させようと決意した。
やがて魔導院の噂を聞き付けた魔術師が続々と集い、フェリス領での依頼を熟すうちに領民に感謝され、受け入れられるようになり、フェリス領が居場所となった。
「魔術師は生まれながら『魔力』を持ち、魔術を行使するための『魔術紋』を描く才能がある特別な人間でしょう? 神代の遺産を受け継ぐ世界の宝を、徒人の傲慢な思想で
ある魔術師が、ナディア様に「自分達が恐ろしくないのですか」と尋ねた。
その時の彼女が答えた内容には、儂も衝撃を受けた。
同時に、
十歳そこらの子供が見せる顔ではない。人として、為政者として、彼女は超然とした視点を持っていた。
ナディア様の思想を、想いを知った魔術師達は彼女に心酔した。そして、彼女がフェリス辺境伯を叙爵して、以前から聞かされていた最悪の予測が現実になると説明された。
「マグニフィカス公国は、他国から魔術師を攫ったり人身売買で買ったりしている。異様な集め方から、此度の戦争の兵器に利用するつもりではないかと
魔導院の魔術師達がざわめく中、ナディア様は拳を握り締めた。
「私は公国が
怒りに震える声色に、並々ならぬ憤怒に、我々は言葉を失った。
ナディア様は魔術師を尊い存在だと認識しつつも、我々を「人」として扱ってくれた。
マグニフィカス公国と違い、魔術師の「人としての尊厳」を守ってくれた。
これまでのナディア様を思い返して、その稀有な心根を改めて思い知った。
「此度の戦争には、皆様の協力が必要です。……ですが、皆様の命を国軍に預けるような自殺行為はしたくない。だからこそ此度の戦争に、私も
国王陛下から許可は貰っていると添えたナディア様に、誰もが絶句した。
ナディア様は、まだ十歳の少女だ。
儂ら魔術師のような、特別な力を持たない徒人だ。
そんな彼女が、
「私は皆様のように魔術に詳しくありませんが、微力ながら策を練ることはできる。そして、私が戦争に参加すれば、捕らえた魔術師の保護を許されるのです」
マグニフィカス公国に囚われた魔術師を捕虜という形で救い出すために、ナディア様は戦争に
ナディア様は……兵器に利用される魔術師をも救うというのか。
「彼等の心の傷は、きっと根深い。ですが、同じ傷を経験した皆様の今の姿を見れば、少しは心を動かせると信じています。私は皆様の同胞を救い、彼等にも幸福な未来を掴む権利があるのだと、救われる
全てまで救うのは傲慢だが、自らの意志で救われる道を掴む好機を用意することはできる。
そう言ったナディア様の瞳には、希望に満ちた未来が視えているようだった。
「皆様の同胞を救うためにも、皆様の力をお借りしたい。ですが、戦争は
全員で生きて帰るのだと、ナディア様は揺るぎない意志をもって深く頭を下げた。
貴族だというのに我々に頭を下げて願う姿に、魔術師の心に火を点けた。
我等の救い主であり、未来への
絶対に誰一人として欠けることなく勝利するのだと、全員が意気込んだ。
僅か数ヶ月で仕立てられた、魔術師専用の戦闘装束は素晴らしいものだった。
魔術運用が楽になり、魔力消費量の負担が格段に減った。
結界を張る魔術装具まで
遠征の訓練も一緒になって取り組んでくださり、魔術師の士気は限界を知らない。
王都でのナディア様の影響を受けたアルフォンソ陛下のお言葉とナディア様の真摯な姿勢に感動し、国軍との模擬戦での完全勝利には喜びもあったが、不安が生じた。
しかし、ナディア様の計らいで魔術に関する講義が国軍に開かれた。
最初は想像が難しいと悩む軍人や、派手な魔術で恐れないか危惧する将校に
「元帥、将校という立場にありながら、彼等を生かす手段を狭め、勝率を下げるどころか足を引っ張る。魔術師達の好意すら無碍にする所業を……部下を理由に押し通す。それのどこが軍の頂点に立つ益荒男ですか……?」
将校が原因で講義に差支えが起きていると知ったナディア様が激怒した。
「恥を知れ」
……ナディア様の恐ろしさが身に沁みた一件となった。
だが、ナディア様のおかげで講義が驚くほど早く進み、国軍と魔術師の連携が取れるほど全員で一丸となった。
その時間もあっという間に過ぎ、とうとう戦場へ赴いた。
移動中は大変だったが、秋の気候のおかげで訓練の時より大分気楽ではあった。
遠征食にも工夫したり、時には獣を狩って調理したり、ナディア様考案の魔工製品のおかげで食糧に不備は出なかった。
脱落者もなく、全員が健康のまま開戦地へ到着した時、軍人達は驚愕と感動に満ち溢れて、ナディア様を褒め称えた。
アナトール王国の歴史上初の偉業だとも言われ、フェリス領から
ナディア様の指揮の下、立派な見張り台が建てられた。その応用で大工のヘルシャー率いる志願兵と共に矢倉まで独断で完成させて、軍人達の度胆を抜いた。
「皆、あとは開戦まで休んでくれ。魔力にも限りがあるのだから、消耗は最低限で頼む」
「「はい、魔導院長!」」
儂が止めなければもっと建てそうだった。
ようやく休憩に入ったネイダ達に安堵して、ヘルシャーに
「すまぬ、ヘルシャー」
軽く頭を下げると、ヘルシャーは慌てた様子で手を横に振った。
「いや、もう終わってまさぁ。そもそも俺等は魔術師に詳しくないんで、無理してないか見極められねえ。あいつらの長として仕切るアンタの眼が頼りなんだ」
「……そう言っていただけてありがたい」
ネイダ達が心からの笑顔を浮かべていたのは、ヘルシャーのこういった心配りのおかげだ。
儂も学ぶべきものがたくさんあるようだ。
しみじみ感じながら、儂は胸の内を打ち明けた。
「儂もナディア様と出会わなければ、真っ当な人付き合いを持てないままじゃった。この歳になって学ぶ機会を与えてくださったナディア様には感謝しかない」
「この歳って……四十歳かそこらじゃないのか?」
「もう百歳を超えている。我が師、ユリア殿は六百歳を超える」
「うぉえぇええ!?」
ヘルシャーが
四十歳かそれより若く見られるならまだしも、百歳を超える人間は普通ではない。
これを機に知って貰えたらと、ヘルシャーと彼の仲間に教える。
「儂らは魔力という、魔晶石に含まれる神秘の力を生まれながら持つ。その魔力の量や質によって老化が遅れてしまうのじゃ」
「老化が遅れるってすげえな……!」
「いや、でもそれって……だから百年以上も生きてるってことなんじゃ……?」
大工としていつまでも健在でいられる若さに憧れを
「そうじゃ。たとえ愛する
「そんな……」
儂らが抱える苦しみを初めて知った彼等は言葉を失った。
傷つけたくなかったが、儂らのためを想って嘆いてくれるのは素直に喜ばしい。
「だからこそ、ナディア様が安心して後を任せられるように、儂等も学ばなければ。いつかナディア様の御子がお生まれになり、儂等の歴史を知ってもらえるように、受け入れてもらえるように。あの御方の望みを叶えて差し上げたいのじゃ」
「……そうか。なら、アンタも家族で、見守り隊の一員だな」
ヘルシャーの発言に、思わず目を瞠る。
「俺等の暮らしを良いものにしてくださった領主様のために頑張りたいんだ」
「ああ。俺達で領主様を支えられるよう頑張ろうぜ! なあ、みんな!」
「「おおー!」」
志願兵の全員が拳を上げて意気込んだ。
それは、儂ら魔術師が抱く熱情と同じもので……。
「……ああ。儂等も一丸となってナディア様の
この戦には負けられぬ。
ナディア様の「皆で生きて帰る」願いを叶えるために、儂等を受け入れてくれた彼等のために、儂等は尽力するのみ。
誰一人として欠けぬよう、儂は闘志を