王国と公国の開戦



 将校達と計画を詰めていき、最終的に予想の三倍もの策を用意した。
 その翌日、マグニフィカス公国の軍勢が到着。

 密偵の知らせ通り、シャーウッド辺境伯が管理する町村へ朝駆けするつもりだったようだ。しかし、早々に就寝したおかげで夜明け前には起床、身支度を終えられた。
 片手で腹に溜まる献立こんだてを事前に用意したおかげで、アナトール王国軍は食事を摂りながら配属先へ俊敏しゅんびんに移動する。

 大半が持ち場についた頃には、マグニフィカス公国軍が戦地の手前で右往左往うおうさおう
 王国軍の臨戦りんせん態勢に気付いた途端に、公国軍の前衛が突撃してきた。

 秋晴れの空の下、正式な開戦の口上こうじょうが行われないまま、戦争の幕が上がったのだ。

「西に水と雷と火の魔術師、東に風と土の魔術師が含まれています。それと、西と比べて東の別動隊の方が大所帯のようです」

 マキシミリアンが開発した透視と遠視を掛け合わせた魔術で確認したところ、既に森林に敵軍の別動隊が出陣していると教えてくれた。同時に彼の看破かんぱの才能で、各魔術師が得意とする属性を事前に知ることができた。

「西側の水の魔術師は何人?」
「……一人ですな」
「……は?」

 思わず胡乱うろんな声が出てしまった。
 聞き間違いかと思ったが、マキシミリアンは苦虫を噛み潰したような表情で補足する。

「火の魔術師は三人、雷の魔術師は一人です」

 森林地帯だというのに希少な雷の魔術師のみならず、火の魔術師を三人も編成に組み込むなんて正気ではない。
 西側には川原があり、水の魔術師を連れているから火魔術を行使しても火事にならないと思っているのかしら? だとしたら甘い見通しだわ。

 たった一人で森林火災を鎮火ちんかさせるつもりだなんてありえないし、途中で魔力切れを引き起こして全滅はまぬがれない。
 マグニフィカス公国の大地は枯れていると言っても、寒さに強い針葉樹や、メープルシロップを採取できる砂糖楓の群生地が所々にある。
 それでも寒帯地域が多い土地だ。一年の大半が雪景色。豪雪による湿度もあり、森林火災に馴染みがないから想像力に欠けるのでしょう。

 理解に至り、私は頭を抱えた。

「……土地が悪いと、こうも常識に差が出るのね」
「それは……どういうことですか?」

 マキシミリアンの質問に対して、私は姿勢を正して説明する。

「マグニフィカス公国は一年の大半が寒いし、積雪量はシャーウッド領を上回る。雪で建物の倒壊が頻繁ひんぱんに起きるほどだと言えば、自然火災なんて滅多に無いと思わない?」
「……納得しました」

 公国の抱える問題について理解したマキシミリアンは、沈痛な面持ちで目を伏せた。
 国全体が困窮こんきゅうしているのだから戦争を起こさずにいられないのは分かる。けれど、公国を治める公主や貴族の豪遊っぷりは知っている。

 貧窮問題はマグニフィカス公国の自業自得だが、その被害を一番にこうむっているのは国民だ。遠目でも判るくらい彼等の肉付きの薄さに、ふつふつと怒りが湧き上がる。

「本当にふざけてるわ。公主や貴族の浪費で国民を苦しめ、挙句の果てに民を捨て駒に戦へ連れ出すなんて……救いようがないにも程がある」

 怒りのあまり声が低くなる。
 マキシミリアンと、罠の指揮役を担うバッカーノ少将が身をすくませる。
 ……いけない。今は怒っている場合じゃない。

 深呼吸で気持ちを静め、マキシミリアンに東側の魔術師の情報を求める。

「マキシム、東側の魔術師の割合は?」
「は、はい。風の魔術師が三人、土の魔術師が二人……です」

 東側は拓けた空間が多いから、それを利用して配属数を増やしたのは判る。
 魔術師の人選は、土魔術で作った砂を風魔術でぶつけ、目晦ましを想定しているのだろう。

 だが、西側の火の魔術師がアナトール王国軍の別動隊を突破してしまった場合、広範囲に火魔術を発動した瞬間に粉塵ふんじん爆発が起きる。
 アナトール王国軍だけではない。公国軍側にも甚大じんだいな被害が生じるだろう。
 ある意味で捨て身の戦法をとる可能性がある。それだけ公国軍の精神状態は危うい。

「火の魔術師と合流させないよう、急いで叩く必要があるわね」
如何いかがなさいますか?」
「西側は土・水・氷の魔術師を二:二:三、東側は雷・植物の魔術師を二:三で編成。西側には川が流れているから、土魔術で厚めの塹壕ざんごうを作って、先に火・雷の魔術師を対処。東側は障害物が少ないから進みが早い。雷魔術で足止め、植物で土の魔術師を対処。植物魔術なら、森林のつる植物を仕込んだ塹壕や地中から不意打ちで拘束が可能。後は手筈てはず通りに」
「承知致しました」

 一礼したマキシミリアンが素早く魔術師達に編成を告げ、先行した精鋭部隊へ送る。
 時間差はあるけれど、移動手段である駿馬には魔術で強化されているので、すぐにでも合流できる。馬が疲れても体力回復の魔術紋を描いた魔術符を使えば問題ない。
 あっという間に森林へ入った魔術師達を確認して、主力部隊をもう一つの高台から眺める。

 双眼鏡のおかげでよく見えるけれど、私ではどれが魔術師なのか判別できない。だからこそマキシミリアンの看破能力で、適切な魔術師を配属できるのは心から感謝している。

 平原の所々で中規模の魔術が起きているが、大きな被害は未然に防いでいた。
 アナトール王国軍は魔術の耐性を身につけ、魔術師を信頼しているおかげで見事な連携をとっている。
 恐ろしくて動けなくなったとしても、フェリス領で鍛え抜かれた魔術師が、公国側の魔術を相殺そうさいしてくれるからだ。

 マグニフィカス公国は誘拐や人買いで掻き集めた魔術師を利用するだけで、正しく運用するつもりはなかったのだろう。
 連携を取れない魔術師は即座に捕らえられる。魔術の乱発で魔力がほぼ無くなっても、魔術紋を描く物資が尽きても、万が一のために魔封じの魔術式を刻んだ手枷てかせで拘束した。

「公国の魔術師は練度が足りないようだな」

 連行される魔術師を見守っていると、見張り台にサージェント元帥がやってきた。
 此度の戦争の総大将なのに、天幕で待機していなくていいのだろうか。
 懸念を滲ませた私の視線を感じたようで、サージェント元帥は好戦的に笑う。

「問題ない。我が国の魔術師は優秀だからな」

 サージェント元帥の発言に驚く。
 我が国の魔術師。それはつまり、アナトール王国の臣民であると認める言葉。

「――ええ。皆様と訓練を重ねましたから」

 嬉しくて口元に笑みをき、敵の魔術師が拘束される様を見守る。
 拘束したのは魔術師だけど、こちらへ移送するのはフェリス領軍の兵士。
 ついでに魔力を消耗しょうもうした魔術師の交代もとどこおりなく完了しているようだ。

 そろそろ私も動く時が来た。

「マキシムはこのまま指揮をお願い」
「ですが……」

 見張り台に戻ってきたマキシミリアンに告げると、察した彼は言葉をにごす。

 確かに捕虜とはいえ、捕まったばかりで戦意が消えているわけではない。
 魔術師を相手に交渉するのだから、慎重な対応は当然だ。

「大丈夫。ユリア達もいるから」

 これでも魔術師の対応は熟知しているし、シミュレートしている。
 彼等も同行してもらうと加えれば、マキシミリアンは許容したようで頷いた。

「ご武運を」
「貴方もね」

 言葉を交わし、フェリス領軍専用の天幕へ向かった。