ちょうど敵軍の魔術師の護送が完了していたので、ほっと肩の力を抜く。
「……は? 子供……?」
敵軍の魔術師が胡乱な声を漏らす。
他の魔術師も困惑している様子だけれど、今は置いといて。
「ネイダ、食べ物の用意は」
「完了しています」
「ありがとう。じゃあ、ネイダとメリッサ、彼等に一杯ずつ配ってちょうだい」
「「はい!」」
強い意志を込めた返事をした二人を見送り、続いて女性の魔術師に声をかける。
「レイチェルは彼等の治療を。今は戦争中だから、完全じゃなくて軽くね」
「今は敵である以上、反撃される危険性があるからですね?」
「その通り。だから護身具も常備。気をつけてね」
神妙に頷いたレイチェルは、負傷した魔術師の切り傷を治す。
深い傷だけに治癒魔術をかけたら、敵軍の魔術師は
「なっ……お前も、魔術師なのか……?」
「ええ。言っておくけど、私は貴方達のように売られたり
レイチェルの言葉に、敵国の魔術師達は絶句する。
彼等の
「信じられないでしょうけど、貴方達を受け入れると言い出してくれたのはナディア様なの。ナディア様は身勝手な人ではない。私達を守るために戦場まで一緒に赴いて、生き残るための作戦を立ててくれている。証拠に、貴方達はまだ生きている」
レイチェルが優しく語ると、魔術師達は息を呑む。
本来ならその場で殺されているはずなのに、生きて保護されたのだから混乱して当然。
理解が追いつかなくても事実を認識した様子から、レイチェルは私に向く。
「ナディア様、治療はこれくらいでよろしいでしょうか?」
「うん、ご苦労様。あと、説明してくれてありがとう。ひとまず休んでね」
私の指示にレイチェルは深く一礼して、天幕の片隅にある折り畳み式の椅子に座った。
「さて、と」
レイチェルのおかげで好機ができた。これを活かさなければ信用されない。
失敗は許されない。それ以上に彼等を助けられなくなる。
彼等を連れ帰るためにも、正念場を乗り切らなければ。
「初めまして。私はナディア・フェリス。アナトール王国のフェリス辺境伯です。まだ子供だけれど、いろいろ事情があるから目を
まずは柔らかな表情で自己紹介から始めると、魔術師達に緊張が走る。中には警戒する者もいるけれど、当然の反応だ。
「私がここにいるのは、貴方達を我がフェリス領へ保護するため。形式上では捕虜になるけれど、公国に売られたり拉致されたりした貴方達は、それを信じられないでしょう。正直に言って、私が貴方達の立場なら、私だって信じられないし」
「……じゃあ、どうするって言うんだ」
苦笑気味に正直な気持ちを語れば、警戒心の強い魔術師が問う。
彼等へ真剣な表情を見せ、緊張感を高めさせる。
「私は魔術師が平等に働ける互助組織、魔導院を創設した。そこに貴方達を迎え入れ、魔術師がどれだけ大切な存在なのか世に知らしめたい。貴方達を助けたいのは本心だけど、為政者としての打算もある。我が国だけではなく、世界に広まった魔術師への間違った認識を一新させるのが一番の目的。そのために貴方達の協力が必要不可欠なの」
包み隠さず目的――野望を語れば、大半の魔術師が目を丸く見開く。
しかし、少数の中で頭目と思わしき魔術師が皮肉めいた
「ハッ、協力? 利用の間違いじゃないか」
「いや、協力よ。望まなければ好きにしていい。旅に出るのもよし。自分を売ったり
せせら笑う魔術師に気迫を込めて告げると、彼は顔を強張らせる。
優しいだけでは貴族になれない。大切な「家族」を守るためなら、いくらでも手を汚そう。私にはそれだけの覚悟がある。
でも、大切な人達に、そんな残酷なことはさせたくないし、したくない。
だから今のうちに、復讐とはどういうものなのかを語るべきだ。
「復讐はね、あっさり終わらせると物足りなくて後悔するし、やり切って満足したとしても、後になって自分は残酷な人間なのだと
そう語れば、魔術師は食べ物を運んできたネイダとメリッサを見る。
同じ魔術師である二人も、優しい表情で頷いた。
彼女達の柔和な笑顔に
「あ、あの……!」
一人の魔術師が
勇気を振り絞ったような掠れた声に向き直ると、彼女は手を握り締めていた。
「私……私は、レヴェント帝国の貴族でした。でも、魔術師だからって売られて……」
貴族でも実の子供に無情なことをする。それは私が一番身に沁みるほど理解している。
共感できるからこそ、彼女の憎しみを否定したくない。
「貴女は彼等に復讐したい?」
「……正直に言うと、後悔させてやりたいです」
「なら、復讐の方法を一緒に考えよう。ただ滅ぼすだけでもいいけど、それだけだと国に討伐される未来が待っている。だからこっちが幸せになれる復讐の方法を目指そう」
ニヤリと笑って見せれば、少女は目を丸く見開いて息を呑む。
頬の血色が良くなった様子に、少し安心した。
「そ、そんな方法があるんですか?」
「いくらでもあるよ。まずは、貴女がどれだけ価値のある魔術師なのかを世間に知らしめる。魔導院を創設したから、魔術師の価値を世間に広めればあっという間。そして魔術師として立派に活躍していき、実は貴族令嬢で、家族に売られましたと世間に公表すればいい。そうすればその貴族の名声を
笑顔で愉しみながら例を挙げれば、少女は驚きの表情で目を輝かせる。
普通なら難しいだろうけれど、幸いにもアナトール王国には実行できる環境にある。
基盤を整えれば、あとは簡単に事が終わる。そんな手段もあるのだ。
「幸せになれる復讐……」
「他にも魔術師として
「……お得な復讐なんて、初めて聞きました」
普通なら「お得な復讐」という言葉自体、聞いたことはないだろう。
彼女に目指してほしい復讐は、幸福を得ると同時に
私が彼女なら、相手を不幸にしても自分が幸せになれないなら無意味だと思うから。
「実行するのは貴女次第。魔導院に協力してくれるなら、私達も仲間として協力する」
「……仲間」
ぽつり、誰かが呟く。
魔術師として生まれると仲間すら作れない。奇跡的に作れることもあるけれど、同類と出会う確率は少ないはずだ。
「私にとって、フェリス領の民は家族。家族を守るためなら清濁を纏めて呑み込む。それは魔術師も同じ。もし貴方達を裏切るようなことがあれば、私を殺せばいい」
私が酷い人間になったのなら、殺されても文句は言えない。
私が私でなくなったのなら、それはもう私という個は死んでいるのも同然だから。
「貴方達が正しく生きられるなら、私は貴方達を守ると誓う。この誓いを破る人間になったその時は、私を殺していい。魔導院を創った時から、その覚悟はできている」
宣言した途端、彼等は呼吸を忘れたように時を止める。
……少しは信じてくれるといいけれど。
「私の話は以上。戦争が終われば、一緒に帰ろう。今はゆっくり食べて、よく休んでね」
最後まで言い切って、天幕から出る。
少し気疲れしたけれど、本心を語れて良かった。
「ナディア様」
ふと、アンジェラの声がかかる。
顔を上げると、彼女は悲痛に顔を歪めていた。
どうやら私の言葉に傷ついたようだ。
小さく苦笑して、アンジェラを抱きしめる。
「大丈夫、私は死なない。誓いを破る気はないし、アンジェラたちを理不尽に置いて逝くようなことはしない。約束だよ」
「……はい」
アンジェラが涙声で応えた。
痛ましいけれど、私はこの決意を曲げる気はない。
私は私のため、そしてアンジェラを含む家族のために、心に誓う。
けれど今は泣かせてあげようと、アンジェラが落ち着くまで頭を撫でてあげた。