炎の魔術師の初陣 SIDE:ゼノン



 これはただの戦争ではない。
 本来は一方的な侵略行為によって、国境の町村が蹂躙じゅうりんされていた。

 ナディア様が抱える密偵と王家の一部の密偵によってもたらされた情報により、こうして先んじて陣営を築き上げ、迎え撃つことができた。
 マグニフィカス公国側は動揺したが、陣頭指揮を担う将校にあおられて一兵卒いっぺいそつから志願兵が先に駆り出された。

 自暴自棄の特攻に、ナディア様は心を痛める。それでも最善の策を練ってくださった。
 安全に罠を発動するために、両側の森林に潜む先遣隊を撃破しなければならない。

「西側は土・水・氷の魔術師を二:二:三、東側は雷・植物の魔術師を二:三で編成。西側には川が流れているから、土魔術で厚めの塹壕を作って、先に火・雷の魔術師を対処。東側は障害物が少ないから進みが早い。雷魔術で足止め、植物で土の魔術師を対処。植物魔術なら、森林の蔓植物を仕込んだ塹壕や地中から不意打ちで拘束が可能」

 ナディア様の指示は的確だ。
 西側は、川越しから敵側の魔術師を対処できるよう人選してくださった。
 東側は、ひらけた土地を利用した戦略を立ててくださった。

 魔導院で最も火魔術の扱いに長けた俺――炎の魔術師ゼノンは、最も難関な任務にあたる。

「総大将を守っている魔術師の弟が公国に囚われている。ゼノン、罠が発動した直後の奇襲の際、その魔術師を足止めしてほしい。その頃には魔術師の弟が密偵と共に到着する。戦う理由を失くせば寝返ってくれるはずだから」

 事前に立てた作戦だが、十歳の少女が心理的戦略を立てるなんて聞いたことがない。
 でも、最も安全で効果的な戦略だからこそ、俺は勇気をもって踏み出せた。

「なっ!? うわああぁぁ!」
「うそっ! これ、植物のっ……!? きゃあ!」

 森林地帯にて、敵兵の中に潜んでいる魔術師へ目掛けて真っ先に雷撃が落とされた。
 感電の原理で麻痺させた魔術師や敵兵は、植物魔術で操るつたによって捕縛された。
 雷撃で感電しなかった敵兵は別動隊が討ち取り、降伏した敵兵は蔦で拘束。

「魔力量が半分まで減った魔術師は、怪我人と供に捕虜を連れて行ってくれ! ついでに応援に来れる魔術師の要請を頼む!」
「了解!」
「ゼノン、後は任せた……!」

 雷魔術は相当な早さで魔力を消耗する。それを長時間も連発できるマキシミリアン魔導院長は凄まじいとしか言えない。
 俺自身は目指す高見には程遠いが、俺にできる最善を尽くそう。

「君、すごく的確な指示を出すねぇ」

 別動隊の責任者を務める部隊長に声をかけられた。

 しまった。軍人でもない俺が勝手に支持を出すなんて、叱責しっせきものではないか。

「勝手をしてしまい申し訳――」
「謝罪は不要だ。むしろ魔術師を保険につけてくれて助かった」

 慌てて頭を下げるが、部隊長は穏和おんわに許してくれた。
 それに、こんな俺が感謝されるなんて思わなくて驚いた。

「……ふぅむ。どうやら君は自己評価が低いようだ」
「え。そ、そうですか……?」
「ああ。君は指揮系統において迅速じんそくな判断力に優れている。こういう場面で臨機応変に対応できる頭脳派の人材は、割と少ないんだ。むしろ私の副官に欲しいくらいだぞ」

 まさか俺を高く買ってくれる常人が、ナディア様以外でいるとは思わなかった。
 嬉しくて、むずがゆくて、グッと口を引き結ぶ。

「そういえば王都の国立魔導院の設立が決まったそうだね。君は来てくれるのかい?」
「お、俺が王都に……ですか?」
「ああ。小耳に挟んだ程度だが、門外顧問という非常時の魔術部隊として、国軍との連携をとる訓練も行う予定になっているそうだ。希望者のみ参加させると聞いてね。君のような優秀な魔術師と技術を高め合うのは楽しそうだと思ったんだ」

 俺が……王都の魔導院で?

 今回が初めての従軍。とても緊張して、自分でも正しい判断を下せているか判らない。
 でも、少なくとも部隊長は俺を認めてくれている。
 見渡せば、隊員達も口角を上げて頷いたり親指を立てたり、俺を評価してくれた。

 ……本当に、ナディア様には感謝の念がえないな。

「もし、王都の国立魔導院の配属が決まりましたら、その時はよろしくお願いします」
「そう来なくっちゃ。私はディック・サージェント。階級は大佐だ」

 まさかのサージェント元帥の御子息だった。

 本来、大佐ほどの地位に立つ人物は、別動隊に選抜されない。
 きっとナディア様がサージェント元帥に作戦を伝達してくれたおかげで、俺達のために最も信頼できる人員で構成してくれたのだと理解した。

「炎の魔術師、ゼノンと申します。魔導院に地位はありませんが、最も卓越した火魔術を操る魔術師と、マキシミリアン魔導院長からお墨付きをもらっています」
「それは凄いな! 是非とも末永く、よろしく頼むよ!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

 緊張気味にディック殿と握手を交わし、俺達は予定地へ向かった。
 追加の敵は無く、むしろこっちに増援が到着して、翌日――。


「罠が成ったぞ!」

 開戦から三日目で罠が成功した。

 火刑によって多くの敵兵が混乱し、鶴翼の陣によって挟み撃ちされる。
 その隙に別動隊は騎馬で敵陣へ突撃し、総大将を狙う。

 その時、肌がしびれる感覚を覚えた。
 雷魔術の予兆だ。

 咄嗟とっさに火魔術で雷の軌道を打ち消すと、熱気と静電気特有の鋭い音に、馬の気が動転する。
 すぐさま飛び降りて雷の魔術師へ立ち向かうと、奥歯を噛みしめて雷魔術を繰り出される。

 雷の魔術師は、俺と同年代と思われる少年だった。俺は魔術装束で武装しているが、彼は奴隷が着るような襤褸布ぼろぬので、手足に栄養が行き届いていない。

「お前……! 魔術師か……!?」

 喉がかわいているのか、声が掠れている。
 ああ、俺は……自分がどれほど恵まれているのか、苦しいほど痛感した。

「俺はゼノン。魔導院では火魔術師の筆頭と認められ、炎の魔術師をかんする者だ!」

 挑発を込めて言い放てば、雷の魔術師は苦しげに顔を歪めた。

 自分と違って恵まれていて、しかも世間に認められた存在と相対すれば怒りも湧く。
 俺だって初めて魔導院へ赴いた時、領民に認められて親しむ魔術師に嫉妬した。
 だからこそ、救済方法は心得ている。

「お前の弟君は既に救出されている! 今、我等が救い主の手の者によって、こちらへ護送されている最中だ!」
「……!? う、嘘だ……! そんなこと……!?」
「にいちゃーん!」

 絶好の場面で、密偵に属する魔術師が到着する。
 彼の腕には幼い男の子が一人、周囲には何人もの魔術師の子供や負傷者が側にいた。
 雷の魔術師は唖然とし、張り詰めた緊張が切れたのかボロボロと涙をこぼした。

「ピーター……! 嗚呼……!」

 膝からくずおれて、男泣きする魔術師の気持ちは分かる。
 だが、いま居るのは戦場だ。

 裏切りの可能性が出た彼を殺そうと狙う敵兵の弓矢を腕ごと燃やし、断末魔が上がる。

「しっかりしろ! いま気を抜けば死ぬぞ!?」
「っ……! す、すまない……!」

 慌てて涙を拭った雷の魔術師は、ふらつきながら立ち上がった。
 咄嗟に支えて革袋の水嚢すいのうを渡せば、申し訳なさそうな顔で必死に飲み干す。

「そのまま聞いてくれ。俺達は公国に売られたり攫われたりした魔術師を捕虜として保護するつもりでいる。だからこそ戦争を早く終わらせて、お前達を安全な場所へ連れて行きたい。そのために敵の総大将の居場所を教えてくれないか?」

 マグニフィカス公国の狡猾こうかつさを考えれば身代わりを立てているはずだ。
 その予感は的中して、水分補給が完了した雷の魔術師が落雷を放った。
 凄まじい稲光いなびかりを浴びたそこには、総大将と思わしき豪奢ごうしゃな鎧を着た敵兵が……。

「あまり無理するな。魔力を枯渇こかつさせると、魔力欠乏症になって死ぬほどつらいぞ」

 かなりの実力者なのだと震撼しんかんするが、最後の力を振り絞った一撃だったのだろう。
 ふらついた雷の魔術師を受け止めて注意すると、彼は力無く笑った。

「そっちは……かなり、進んでるんだな」
「ああ、ナディア様のおかげだ。あの御方は俺達の導だからな」

 自慢しながら魔術符を出し、落雷におびえる騎馬の精神を癒す。
 瞬く間に落ち着いた騎馬に雷の魔術師を乗せて、その後ろにまたがる。

「ディック殿! 本物の総大将一行は落雷の地点にいます!」
「感謝する! 行くぞ!! これが最後の一戦だ!!」
「「「おおおぉぉぉー!!」」」

 ディック殿が別動隊を率いて、右往左往する敵へ突撃する。
 殲滅が完了するまで、俺は被害者を保護する密偵の下へ向かった。