大昔、神話が信じられ続けていた古代を生きた人々の話だ。千理たちと同じ能力の原型を持った、彼らの先祖がいたそうだ。
彼らは自分たちだけが共有するただの幻――映像物を、芸術としてこっそり楽しんでいた。その能力は代を重ねる毎に力を増していく。神話の生物たちも沢山想像し、創造した。
ある時。幻術を使えないはずの人々の中に、偶然幻術を視える人が現れた。
何も知らないその人には、化け物が突然生まれたように見えたのだろう。
霊能力者が見えない人々に必死に伝えたそうだ。その形状を信じた人、笑う人、怯える人と、幻術は正体が知られないまま世界に広まっていった。
視えないだけで、触れないだけで、本当はそこにいるかもしれない。
噂の独り歩きと、幻術が同調して、実際にそこにあるように人々が錯覚し始めていた。
「そこから後は、典型パターンって奴っすよ」
なんとか理解できた隻に、あっさりと話の続きを伝えてくる千理。
「強力な才ある術者が生まれたんです。そいつらにはちゃんとした、実体を与えられるだけの力と想像力が備わってたんすよ。それが原因で、ある時途方もないバカみたいな力を持った、厄介なモノを創造しちまったんです」
翅も久々に聞く話なのだろう。やや懐かしいような、複雑そうな顔をしている。
「連中は
「なんだそれ……実体がないはずの
「正解。もうそいつらは、視えない連中に危害を
自分たちで怪奇現象を起こせる。自分たちで噂の種になって、存在を保てるようになる。人々は怖がる。怯える。
それが信仰や信憑性になって、さらに象を強く現実に固着させる。
「そうして幻生たちは野生化したんです。これ以上暴走個体を増やさないように、エキドナを退治しようと、種族全体が一致団結しました。けど、それを
「エキドナを逃がしたのか……」
隻は思わず頭を抱えた。翅も苦い顔で視線を逸らしている。
その後は容易く想像がつく。現実の動植物のように、幻術そのものが種族繁栄をするようになったのだろう。まるで、人工の生命が天然の生命と交わったかのように。
「そ。厄介なことに、その逃がした開発者はエキドナに魅入られて、自分の血を渡しちまったらしいんですよ。幻術を発動したまま。――まあ、隻さんにも実体験させちまいましたから、その先は言わずもがなっすよね」
申し訳なさそうな千理に、万理は厳しい目を兄に向けている。だからあの猫が動いたのかと、隻自身は納得できた。
こんな状況でなければ言いたい。エキドナの開発者、バカだ。
「中にはこの想燿や昨日の雷駆みたいに、味方してくれる奴もいます。ただ一部の連中はオレら創造主の血を
で、幻術の作り方。そう言って千理はごろりと寝転がっている。その途端、リスの悲鳴が上がったと同時に彼の背中の衣が一瞬で霧のように消え去ってしまった。ナッツのこぼれた欠片が、食べかけ同然でテーブルの上に置き去りにされている。千理が乾いた笑いをしている。
「はは……想耀まで怒らせちったい。エネルギー切れなんで後よろっす」
「バカ……」
翅と隻、同時に呟く。「だって寝不足なんすよー」と口を尖らせる千理。弟が非常に冷たい目を兄に向けていたも、当人はまるで我が部屋のようにいびきをかいて寝だす。
非常に淡泊な溜息をこぼした弟が、隻へは礼節も姿勢も正して見上げてきた。翅も慣れたもので、「簡単に説明するなー」と短く伝えてくる。
「俺たちの種族は魔法的なエネルギーの進む形状を操って、幻術にしているんだ。昼と夜に担当時間を分けた影響で、光と闇に色が分かれてるんだっけ」
万理が、まだ幼さの残る顔立ちで小さく頷いていた。隻もなるほどと、今ここにいない浄香を思い出した。
千理に対して「闇をしまえ」と言ったのは、闇に見える魔法の力を可視化するなという意味か。隠語が飛び交っていた感覚はあったが、想像以上だ。
「でまあ、それを動物の形にしたり、ゲームみたいな攻撃魔法にしたり、盾にしたり――自分自身の力高めたり、他の人に作用させたりとかしてる。多分」
「翅兄……さっきの想耀や、兄がよく協力してもらっている雷駆という馬も、元々はそうやって創り出されたんです。彼らは術者の思念にも影響されて性格が形成されます」
「あいつらの元の性格ってわけじゃないのか?」
「まあ、呼び出す時点で性格とかだいたい把握してないといけないからなー。けど隻さんだって、千理の性格わかってても、口調や仕草まで全部は知らないだろ? そういうところが微妙に変わってくるから、『術者に影響される』んだ」
認識の違いが幻生たちにも影響するのか。きっと翅が千理と同じ幻生を呼び出しても、どこか違う場所ができるのだろう。
……緩い雷駆、とまでひどい崩壊はないと信じたい。
「仕組みを理解すれば、後は自分が作り出したいモノの形状を、
間延びした返事。隻はへえと、感心しつつも言葉が出ない。
「想像力って――本当に魔術みたいな話だな」
「魔術って言うより、美術な。あれ、どうした?」
視線を逸らした隻を見てか、翅も万理も不思議そうだ。
「……俺、美術の評定万年一か二なんだ」
……。
「ご、五段階……ですよね?」
「五段階。美術の
…………。
「あと
「も、もう大丈夫ですそれ以上言わなくて!!」
気がつけば視界が暗いと思ったら、いつの間にか突っ伏していたようだ。テーブルに。ナッツがこぼれた跡の上に。
「ま、漫画とか見たことは……」
「最近まで
「わかりました後で絞めておきます。他には?」
いくつかタイトルを挙げていけば、翅がわかったと震え気味の声で了承。
「じゃあ俺たちの漫画、いくつか貸すから。くっ……それで……ぶふっ! それ見てまずは形だけでも覚えていけばいいだろ……ぶはっ!」
「笑うぐらいならフォローするなよ! 切ないだろ!!」
机を力いっぱい殴った。途端に額へとナッツの欠片が当たってむしゃくしゃする。しかも入り口から高笑いが聞こえてきて苛立ちが増した。
『ははは! その程度か隻とやら!! 美術が二など……ぶくっ、二だと……ぶくくっ!! ぎゃっ!!』
「もう部屋入ってくるなバカ猫!!」
千理が勝手に荷物を開けていたおかげで転がっていたバスケのボールを、仁王立ちになってバカ笑いした猫の顔面に直撃した。跳ね返ったボールは、今度は千理の背中を強打した。
「いっ!? な、何オレ何かしたの!?」
「してないけどしたよ色々と!!」
「意味わかんないよ!?」
テーブルの縁にやっとのことで手をかけて、顔はその境界線の向こう側。腹を抱えて死にそうだと言わんばかりに笑っている翅には、ここに来るまでの出来事全部放り投げたくなった。
万理の言いづらそうな複雑そうな顔がちらりと見えた。
「……五神の方。人の能力を笑うなど、その立場に相応しいとは思えませんよ」
『や、やるな隻……我は
「二っつっただろ下げるな!!」
「……隻さん、ボール幻術で用意しましょうか」
「よろしく!」
『待て殺す気か殺す気なのか貴様ら! どうなるかわかっているのかぎゃあああああああいやあああああああああああっ!!』
万理の背中に衣が降り、濃くなった机の闇からバスケットボールが幾つも転がり出てきた。慌てて脱走する猫に隻は白い目を向け、翅の呼吸困難さながらのバカ笑いっぷりには拳が震える。
「……絵、頑張れ……あ、そうだ。精巧に作りたいなら絵画鑑賞がお勧めだぞ」
「アドバイスどうも!!」
しばらく、この家に慣れるまで時間がかかりそうだ。
すきっと01「隻の苗字」
すきっと02「お前に聞いた」
番外編02「レーデン家初日」
番外編03「食戦争」
※番外編02の続きです。
番外編01「悟子は見た」
※第09話参入のキャラクターが登場します。