5-2

 道順や、せめて目印。聞いておくべきだった。辛うじて「異形狩りの一派」に勝利したが、他の連中に見つかるのを恐れ、人気ひとけのない方へ進んで来たのが不味かった。どうにもまた道に迷ってしまった。さっきも見た寂しげな街灯が、私を嘲笑あざわらっているように感じる。
 際立った特徴もなく、方向感覚を狂わせる分かりにくい通路。この迷宮を抜け出せる気もしない。目印を付けて歩こう。鞄を漁ったが、出てきたのは派手な色の「屑石」。宿場街と地下街の道や広場の隅で、いつ捨てられたかも知られないボロ袋の中一杯に詰められていた。フィリマーリスに尋ねると「よくある宝石の屑なんですって」と大した関心もなく答えていた。

 歩きながら適当に投げ置いて行く。カツン、コツンと反響する音も、聞いているうちになんだか悲しくなってきた。
 階段を上って「屋内の隧道ずいどう(トンネル)」に入り、右に曲がって少し進むと簡素な木の扉がある。そこを開けて屋外に出れば、建物にへばりついて渡された板張りの道が続くので、どん詰まりまで行って左へ。ちょっとした階段を降り、T字路を右へ行くと何度目かの街灯。
 明かりを視認すると安堵あんどして、同時に落胆もする。また出られなかった。今なら夜光虫の気持ちが分からんでもない。

 結局道なりを把握できて来たのは、屑石を放る作業を滞りなく行えるようになってきた時である。その頃には何度も見た小さい迷宮は、きらびやかに輝いていた。
 ……住人が見たらさぞ驚くだろう。複雑な交差路に立って、あの街灯にお別れを告げる。お前には心理面で助けられたよ。さようなら!


――――


 地下街の最下層でも、さらに雰囲気が変化してきた。建物がかなり古い。この街が出来た初期頃のものか。岩を精確に削り出しているが、壁面に施された抽象的彫り物が旧時代の遺跡に見せている。

「お、お、……おおぅ。う、うぅっ」

 声がする。近くだろうか? 周辺を見渡すと簡単にその発生源を見つけることが出来た。
 奇怪な姿の人物。「奇怪」というのは、どう見ても人の体ではないからだ。植物のように枝葉があり、樹皮のような肌をしている。頭は全く違っていて、図鑑で見たハエトリグサのなりだった。私の知らない異形だろうか。

 その「人」は壁にもたれて、かなり苦しそうな呻き声を上げていた。敵意は感じられないし、よく見れば出血も多い。何とかしなくては、と思わず片膝をついたが手当てで済むような傷ではなかった。胸の真ん中辺りがごっそり無くなっていて――それだけでも驚愕だが、しかも骨ごとえぐり取られている。
 私の半端に宙を泳ぐ手を、震える樹体の腕がやんわりと押さえた。

「やぁつら……きょおうかぁいが。……たいへんな、こぉと、に、なる。……たの、む」

 たった一言を伝える為だけに、耐えていたのだろうか。かすれる声を何とか言葉にしたような、節操せっそうのない言い方だった。かさねられた手が再び動き出すことはなく、重みを増して沈んでいった。
 言葉の真意はさっぱりで、よそ者である私にどうしろというのだろう。だがこの情景を忘れるには無理がある。「助けてくれ」ではなく「頼む」と言われた。私のような何も知らないであろう他人に! こういう事には弱いのだ。勘弁してほしい。そう思いながら手掛かりを探す私は、大馬鹿者だろう。

 この人物の服装は茶と緑色のケープにコートなど着込んで「植研会」の人物だと思われる。それと「奇妙な器具」を見つけた。この人が使っていたものだろうか。物体を人体へ固定する作りに見える。頭と思われる部位から外してみようと引っ張るが、一部癒着していたようだ。筋張ったものを千切る感覚が伴い、何とも後味が悪い。器具があった場所は綺麗な白い花が一輪咲いているだけで、何を固定していたかまでは分からなかった。

 そして彼がイル・メ・トーラではない事は断言できる。同族であれば地下街住民の話のように、死んだ時に目に見える程の赤い霧が生まれるはずだ。しかしそれがほとんどない。
 今更だが一応首辺りで脈を取ってみる。添えられた指に動きは感じない。心臓は……無かったんだ。これで生きていたのか? 私は幽霊でも見ているんじゃなかろうか。イル・メ・トーラでもない普通の人間が、どういう訳でこの姿に至ったのか。詮索せんさくしているうちに気味の悪さを覚え始めた。

 ふと我に帰り、動きを止める。大変良くない事に首を突っ込んでいる気がする。
 異様じゃないか。私はこの街に来て早々襲われて、三人も殺した・・・・・・。それに関して保安結社や警官が調べる事もなかった。「最近殺人、失踪者が多い」と保安結社は言ってはいたが、あまりに見逃し過ぎではないだろうか。
 ナギャダでは殺人がまかり通っているのか。一瞬考えたが、警官は番屋に入った不審者である私に対して怒っていたし「犯罪が多発している」と憤慨ふんがいしているぐらいだ。殺人を許す訳がない。フィリマーリスも「そんな物騒なことがあるなんて」と言っていた。……クォコズは違うことを言ってはいたが。

 それに門番が行方不明になっても、心配していたのはみ嫌われていた地下街の商人ただ一人。肝心の門番は化け物へと姿を変えていた。地下街では住民を守るべき警官が、謎の理由で自殺。何のために来ていたか「植研会」らしき人間と、麻袋に突っ込まれた所以ゆえんの分からない死体もあった。
 そして今、植物人間が謎の言葉をたくして死んだ。これらが普通でないことぐらい、私でも分かる。

 しかし「黒い霧」と接触して、自分の頭がおかしくなっている。時間を経るにつれ攻撃的……いや、積極的になってきている。「力をつける(つまりは食人だ)」ということに。だから、頭の隅では「何も変な事などないじゃないか」「好都合だ、この機に力をつけよう」と、街に来る前では考えられないことを、考えている。

 どこからおかしくなった?
 この街がおかしいのか?
 私がおかしくなったのか?

「見慣れない恰好の奴が、色々嗅ぎ回っているって聞いたんだが。……アンタのことかな?」

 話しかけられて、しまったと感じた。長居しないで一旦姿を隠せばよかった。
 ゆっくり振り返ると予想通り「異形狩りの一派」と断言できる二人組がいる。一人は少し背が低く、左頬に大きな火傷痕。目深に被った帽子から垣間見える目は、殺気に富んでいる。もう一人は、見覚えがあるぞ。宿場街の歓楽街で話しかけてきた奴だ! あの掴みどころのない男が、異形狩りの一派だったとは。

「ここで何をしている? そこの妙な死体は、お前がやったのか?」

 背の低い方が猫撫で声で話しかけてきた。私は無言で立ち尽くす。「外から来た人間」の言い訳など、言ったところで信用は得られないだろう。ましてや目の前の遺体をあさる、血で汚れた服装の人間。まともな思考なら「コイツが犯人だ」と結論付ける。否定する証拠や証言は生憎何一つない。詰んでいる。
 それ以外に殺気を向けられる理由は自分にある。ここにいるのが異形でなくても、恐らく彼らは見当があって私へ声をかけたはずだ。ずっと黙りこくっている私を見かねたもう一人が、口を挟んできた。

「何か言った方がいいぞ。かしらは短気なんだ」

 背の低い方、かしらと呼ばれた男は口を挟んだ彼を睨み付ける。

「答えられない理由があるんだろう。それもロクな理由じゃない……そうだろう?」
「そこの死体は知らないが。例えば、……そうだな。異形狩りの2人を殺したとか。見ていた奴がいてな、そいつが親切に教えてくれたぜ。『見慣れない服装の異形が殺した』ってな」
「もう一つ言うなら、その服の破れ方。俺の目が正しければ、刃物と『従者の魔術』だよな?」

 やはり感づいていた。私が身構えたのを見て、相手の体の周りに霧が渦巻く。私はあれをよく知っている。かしらと呼ばれた男は鉄爪を備えた黒甲冑、もう一人は黄色い布地の目立つ、弓を持った甲冑を身にまとった。

 今「不可抗力だった」と言っても聞く耳を持たないだろう。彼ら「異形狩りの一派」が、何を理由に異形を嫌うか、なんとはなしに理解できる。だが、ここでむざむざ死ぬつもりは全くない。

「生きて帰れると思うな」

 黒甲冑の男は、地を這うような声だった。






【 屑石 】
 ナギャダで大量に採掘されている宝石の屑。やたら輝くが現地での価値はほとんどない。

 手入れされた宝石は恐ろしい程の値が付く。片やその価値もないと打ち捨てられた原石が屑石である。

 それでもこれには価値がある。使う者によっては唯一無二の値打ちがあるだろう。

- 11 / 27 -

List

(投稿:2018.04.26)
(加筆修正:2020.04.25)

Work  HOME