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道順や、せめて目印。聞いておくべきだった。辛うじて「異形狩りの一派」に勝利したが、他の連中に見つかるのを恐れ、人気のない方へ進んで来たのが不味かった。どうにもまた道に迷ってしまった。さっきも見た寂しげな街灯が、私を嘲笑っているように感じる。
際立った特徴もなく、方向感覚を狂わせる分かりにくい通路。この迷宮を抜け出せる気もしない。目印を付けて歩こう。鞄を漁ったが、出てきたのは派手な色の「屑石」。宿場街と地下街の道や広場の隅で、いつ捨てられたかも知られないボロ袋の中一杯に詰められていた。フィリマーリスに尋ねると「よくある宝石の屑なんですって」と大した関心もなく答えていた。
歩きながら適当に投げ置いて行く。カツン、コツンと反響する音も、聞いているうちになんだか悲しくなってきた。
階段を上って「屋内の隧道(トンネル)」に入り、右に曲がって少し進むと簡素な木の扉がある。そこを開けて屋外に出れば、建物にへばりついて渡された板張りの道が続くので、どん詰まりまで行って左へ。ちょっとした階段を降り、T字路を右へ行くと何度目かの街灯。
明かりを視認すると安堵して、同時に落胆もする。また出られなかった。今なら夜光虫の気持ちが分からんでもない。
結局道なりを把握できて来たのは、屑石を放る作業を滞りなく行えるようになってきた時である。その頃には何度も見た小さい迷宮は、煌びやかに輝いていた。
……住人が見たらさぞ驚くだろう。複雑な交差路に立って、あの街灯にお別れを告げる。お前には心理面で助けられたよ。さようなら!
――――
地下街の最下層でも、さらに雰囲気が変化してきた。建物がかなり古い。この街が出来た初期頃のものか。岩を精確に削り出しているが、壁面に施された抽象的彫り物が旧時代の遺跡に見せている。
「お、お、……おおぅ。う、うぅっ」
声がする。近くだろうか? 周辺を見渡すと簡単にその発生源を見つけることが出来た。
奇怪な姿の人物。「奇怪」というのは、どう見ても人の体ではないからだ。植物のように枝葉があり、樹皮のような肌をしている。頭は全く違っていて、図鑑で見たハエトリグサの形だった。私の知らない異形だろうか。
その「人」は壁にもたれて、かなり苦しそうな呻き声を上げていた。敵意は感じられないし、よく見れば出血も多い。何とかしなくては、と思わず片膝をついたが手当てで済むような傷ではなかった。胸の真ん中辺りがごっそり無くなっていて――それだけでも驚愕だが、しかも骨ごと抉り取られている。
私の半端に宙を泳ぐ手を、震える樹体の腕がやんわりと押さえた。
「やぁつら……きょおうかぁいが。……たいへんな、こぉと、に、なる。……たの、む」
たった一言を伝える為だけに、耐えていたのだろうか。掠れる声を何とか言葉にしたような、節操のない言い方だった。重ねられた手が再び動き出すことはなく、重みを増して沈んでいった。
言葉の真意はさっぱりで、よそ者である私にどうしろというのだろう。だがこの情景を忘れるには無理がある。「助けてくれ」ではなく「頼む」と言われた。私のような何も知らないであろう他人に! こういう事には弱いのだ。勘弁してほしい。そう思いながら手掛かりを探す私は、大馬鹿者だろう。
この人物の服装は茶と緑色のケープにコートなど着込んで「植研会」の人物だと思われる。それと「奇妙な器具」を見つけた。この人が使っていたものだろうか。物体を人体へ固定する作りに見える。頭と思われる部位から外してみようと引っ張るが、一部癒着していたようだ。筋張ったものを千切る感覚が伴い、何とも後味が悪い。器具があった場所は綺麗な白い花が一輪咲いているだけで、何を固定していたかまでは分からなかった。
そして彼がイル・メ・トーラではない事は断言できる。同族であれば地下街住民の話のように、死んだ時に目に見える程の赤い霧が生まれるはずだ。しかしそれがほとんどない。
今更だが一応首辺りで脈を取ってみる。添えられた指に動きは感じない。心臓は……無かったんだ。これで生きていたのか? 私は幽霊でも見ているんじゃなかろうか。イル・メ・トーラでもない普通の人間が、どういう訳でこの姿に至ったのか。詮索しているうちに気味の悪さを覚え始めた。
ふと我に帰り、動きを止める。大変良くない事に首を突っ込んでいる気がする。
異様じゃないか。私はこの街に来て早々襲われて、三人も殺した。それに関して保安結社や警官が調べる事もなかった。「最近殺人、失踪者が多い」と保安結社は言ってはいたが、あまりに見逃し過ぎではないだろうか。
ナギャダでは殺人がまかり通っているのか。一瞬考えたが、警官は番屋に入った不審者である私に対して怒っていたし「犯罪が多発している」と憤慨しているぐらいだ。殺人を許す訳がない。フィリマーリスも「そんな物騒なことがあるなんて」と言っていた。……クォコズは違うことを言ってはいたが。
それに門番が行方不明になっても、心配していたのは忌み嫌われていた地下街の商人ただ一人。肝心の門番は化け物へと姿を変えていた。地下街では住民を守るべき警官が、謎の理由で自殺。何のために来ていたか「植研会」らしき人間と、麻袋に突っ込まれた所以の分からない死体もあった。
そして今、植物人間が謎の言葉を託して死んだ。これらが普通でないことぐらい、私でも分かる。
しかし「黒い霧」と接触して、自分の頭がおかしくなっている。時間を経るにつれ攻撃的……いや、積極的になってきている。「力をつける(つまりは食人だ)」ということに。だから、頭の隅では「何も変な事などないじゃないか」「好都合だ、この機に力をつけよう」と、街に来る前では考えられないことを、考えている。
どこからおかしくなった?
この街がおかしいのか?
私がおかしくなったのか?
「見慣れない恰好の奴が、色々嗅ぎ回っているって聞いたんだが。……アンタのことかな?」
話しかけられて、しまったと感じた。長居しないで一旦姿を隠せばよかった。
ゆっくり振り返ると予想通り「異形狩りの一派」と断言できる二人組がいる。一人は少し背が低く、左頬に大きな火傷痕。目深に被った帽子から垣間見える目は、殺気に富んでいる。もう一人は、見覚えがあるぞ。宿場街の歓楽街で話しかけてきた奴だ! あの掴みどころのない男が、異形狩りの一派だったとは。
「ここで何をしている? そこの妙な死体は、お前がやったのか?」
背の低い方が猫撫で声で話しかけてきた。私は無言で立ち尽くす。「外から来た人間」の言い訳など、言ったところで信用は得られないだろう。ましてや目の前の遺体を漁る、血で汚れた服装の人間。まともな思考なら「コイツが犯人だ」と結論付ける。否定する証拠や証言は生憎何一つない。詰んでいる。
それ以外に殺気を向けられる理由は自分にある。ここにいるのが異形でなくても、恐らく彼らは見当があって私へ声をかけたはずだ。ずっと黙りこくっている私を見かねたもう一人が、口を挟んできた。
「何か言った方がいいぞ。頭は短気なんだ」
背の低い方、頭と呼ばれた男は口を挟んだ彼を睨み付ける。
「答えられない理由があるんだろう。それもロクな理由じゃない……そうだろう?」
「そこの死体は知らないが。例えば、……そうだな。異形狩りの2人を殺したとか。見ていた奴がいてな、そいつが親切に教えてくれたぜ。『見慣れない服装の異形が殺した』ってな」
「もう一つ言うなら、その服の破れ方。俺の目が正しければ、刃物と『従者の魔術』だよな?」
やはり感づいていた。私が身構えたのを見て、相手の体の周りに霧が渦巻く。私はあれをよく知っている。頭と呼ばれた男は鉄爪を備えた黒甲冑、もう一人は黄色い布地の目立つ、弓を持った甲冑を身にまとった。
今「不可抗力だった」と言っても聞く耳を持たないだろう。彼ら「異形狩りの一派」が、何を理由に異形を嫌うか、なんとはなしに理解できる。だが、ここでむざむざ死ぬつもりは全くない。
「生きて帰れると思うな」
黒甲冑の男は、地を這うような声だった。
【 屑石 】
ナギャダで大量に採掘されている宝石の屑。やたら輝くが現地での価値はほとんどない。
手入れされた宝石は恐ろしい程の値が付く。片やその価値もないと打ち捨てられた原石が屑石である。
それでもこれには価値がある。使う者によっては唯一無二の値打ちがあるだろう。
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(投稿:2018.04.26)
(加筆修正:2020.04.25)