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叡者えいじゃはイマイチ信用できねえな」

 クォコズは空中を漂うホワラを見やりながら「これが神様だって? 何の冗談だっての」と続ける。彼はたがう者を認識できているようだ。

「あいつら、俺達のことなんざ何とも思っちゃいない。まぁ、アンタのようなイルトーラなら、また違うんだろうがよ」
「俺みたいなただの人間には、大概の叡者は見えないし、分からない。だからいい様に利用されるのがオチだ」
「力のないイルトーラなんかもそうだぜ。聞く限りじゃ、ミルユリル教会とかだと生贄にされるみたいだしな」

 クォコズはキセルを出して、煙草を吸おうと準備をする。テーブルをはさんで向かい合っている距離だと、彼が相当に煙草を吸っているのが匂いで分かった。くさい。燻製の煙とかなら慣れていて平気だが、煙草に関しては何故か臭いと思う。
 私は、フィリマーリスが「ナギャダの名物ですよ」と言う肉料理を頬張りながら、クォコズの話を聞いている。異国の慣れない味だが、旨い牛肉団子。きっと故郷なら、年に数える程しかありつけない料理だ。

 私の故郷古巣で肉と言うのは、狩猟の獣肉。牛や羊、山羊や馬は貴重な労働力であり、資産である。食材として皿に並ぶ時は、大抵は年老いて死んだ場合で滅多にない。反対に獣は家畜と違い、猟師が好き放題に獲るものだから、村の内外で多く出回っていた。しかしあれらの肉は臭みが強く(血抜きが上手いとそうでもないらしい)、家の者はあまり好んで食べようとしなかった。
 だからこの貴重な味わいは、本来であれば喜んで食えたはずだった。今は正直言うと、肉より野菜が食いたい。気が乗らないのにもかかわらず、口から喉へ下るのは異様に遅く感じた。

 ミルユリル教会と言えば、例の門番が残した日誌にもあったと記憶している。クォコズの口からも出るとは。涙ぐましい宣教活動だ。
 しかし今時生贄を求めているのか。自分はかなりの田舎者ではあるが、周辺の信仰でそういう「怪しい話」は少しも聞いたことがない。彼らには申し訳ないが、随分古臭く、迷信深い信仰だと思う。大体に教会と言えどイル・メ・トーラ――人間をさらっているのなら、それこそ警官や保安結社。彼らに目を付けられると思うが。

教会の中で片づけている・・・・・・・・・・・からな。外から来た警官達には分からなねぇのよ。それに信者になったが最後。……保安結社じゃ、どうこうできる連中じゃないって」
「そもそもミルユリル教会はかなり変わっていてな。何でも『女王』とか呼ばれている叡者を、信仰対象にしているらしい」
「ま、そこまでならナギャダじゃ普通だし、俺も何とも思わねえ。……問題なのは信仰の証として『みつぎ物』をやらなきゃならねえってとこよ」

 貢ぎ物? 生贄だけでも相当な事実だが、それに加えて貢ぎ物も必要なのか? クォコズは顔を歪め、何故か小声で答える。

「貢ぎ物って要は『生贄』のことだ。開けっ広に分からないように『貢ぎ物』って言い換えているだけってな」

 胸糞悪い話だ。頬張った肉を咀嚼そしゃくしながら思う。クォコズの話が本当なら貢ぎ物……「生贄」は力の弱いイル・メ・トーラが犠牲となり、それらは教会内部で補われている・・・・・・・・・・・。つまり教会の勧誘は生贄を求めての活動で、大変恐ろしい内容だ。
 だが生贄とされる人間達が、いくら信仰の犠牲の為といって寡黙かもくに従うだろうか。どんなに忠実な信者等だとしても、ある程度の反発は必至。想像に難くない。
 私が教会派の上役だとしたら、何でもやって丸め込む、例えばその家族を人質にして脅す。……とすると後が面倒そうだな。なら寸前まで隠し通すべく嘘を――。
 まさかミルユリル教会は信者に嘘をついているのか。

「そうそう! ミルユリルは妄信的なのが多いんだが、下っ端のそいつらは甘い事しか聞かされてないんだって」
「で、何でもご存知の上役様は『自分の信仰を示す為』に熱心な信者の……つまり下っ端だわな、そいつらの腕や足をもいで叡者にくれてやるんだと。もし怖気づいて逃げようとした奴は……。後は分かるよな?」

 口の中にある肉が、異物のように感じる。こういう時、無駄に想像してしまうのは悪い癖だ。酒で流し込もうとグラスへ手を伸ばすが、血のような赤色に手を止めてしまった。

 「迷信深い」どころの話ではない。ミルユリルの上役は、全て知った上で叡者を信仰している訳だぞ。そこまでして何の加護が得られるというのだろう。ナギャダの住民はこの行いを知らずに生活しているのだろうか。
 この問いに、クォコズは途端むすっとして「違う」と短く即答する。

「俺は、……いや、俺達のような普通の人間は戦々恐々しているさ。巻き添えが出ることもあるからな」
「イルトーラだって、何も知らないなんてのはいないと思うぜ。知り合いや家族が訳もなく姿を消して、勘繰らないヤツはいないだろ?」
「『イルトーラ同士の殺人? じゃあ仕方ないね』なんて言う馬鹿がほとんどだからな。分かっていても、何もしない方が多いさ」
「保安結社は比較的話が分かるが、……ふん、アイツ等だって所詮イルトーラだ。身内しか守ってやらないんだよ」

 ああ、クォコズが妙に警戒している理由が分かった。イル・メ・トーラの集まる街において、異端になるのは彼のような「普通の人間」だ。警官達も該当する。我々がナギャダ以外で排他されてきたように、彼らもナギャダでは排他されている。私はそうい関係を望んでいない。むしろそれらから逃げてきたはずだったんだが。
 まあ、この話は一先ず置いておこう。

 ナギャダ内でミルユリル教会やそれ以外が行う殺人・誘拐が「全て黙認されている訳ではない」事は、彼の話で理解できた。一定数は、現状を何とかしようと動いている。
 永住を決めた身としては、もっと早くに知りたかった話だ。街の住民達にとっての「普通」は、外から来た自分には「異常」だ。頭を抱えるのも、まともな思考を持ち合わせている結果だと願いたい。

「住まれるんですか! うれしい、ナギャダを気に入ってくれて!」

 フィリマーリスが厨房から姿を見せた。ニコニコしながら椅子を引っ張り隣に座る。ホワラも離れた所から寄ってきた。

「すぐにそうやってほうけおって。全く、単純な娘よのう」

「喜んで何が悪いのよ、クラゲ神様?」

「神でもクラゲでもないとあれ程言うておるというのに……」

 気づけばフィリマーリスとホワラがまた小競り合いを始めていた。今回は触手をきれいにさばいているフィリマーリスが有利か。

 暖炉からぱちぱちと、小気味いい音が静かに響く。火の明かりと温もりは、薄暗くとも安心感がある。

 地下街で私を追ってきた輩は、ミルユリル教会の人間だろうか。彼らは貢ぎ物、従属とか言っていた。より良い生贄を求めているなら、実力行使で探し出すこともあるのだろう。
 しかし私がここに来てからまだ数日しか経っていない、その教会の信者とも会ったこともない。何故彼らが私のことを知っているのだろうか。
 視線を送ればクォコズは、眉をひそめる。

「叡者が教えるんだよ。信者やつらにとって他所よそから来たイルトーラはいい鴨だ」
「用心しろよアンタ。この街も、叡者も、人間の常識なんて通用しないからな」

 クォコズが邪険に吐き出した煙は、きれいな天使の輪を作っている。


――――


 昨日見つけた地下街への抜け道は、私が使った以降、誰かが立ち寄った形跡はなかった。元々放置されたような所だったから、当たり前と言えば当たり前だ。

 宿場街から来ると、湿った埃臭さと汚物の匂いが際立つ。この中で生活を送る住民達は、精神がたくましくなりそうだ。……商人向きと言えばそうかもしれない。
 気配がないのを確認し、ボロ屋を出て周囲を見渡す。暗く静かな空間で、動き回る生き物は異質だ。余計に目立つ。だからか無意識に息を殺してしまう。

 ふと止めた目線上に、大きな麻袋があった。丁度大人一人が入りそうな。……あの辺りは、確か私が初めて自覚し「人を食った」場所だった。……思い出したぞ。あの時は「私が食った奴」が麻袋を触っていたはずだ。その麻袋は下水や汚物等の悪臭の中にあるにも関わらず、距離が開いた私の鼻につく程強烈な腐臭を発している。気が滅入った。近づくと使い込まれた見た目に、赤黒い染みが全体に広がっている。

 キィキィと甲高く小さい音がした。反射的にその方向へ目をやって、思わず「ひっ」と声が漏れる。
 巨大な赤黒いウジ。血肉を食っているからなのか、腹の中ほどはより濃い色に染まっている。優に一メートルはあるだろう。死体を貪る為に這いずって来たらしい。麻袋がある方へ頭を伸ばし探っている。
 冗談じゃない。こんな生物がいることに鳥肌が止まらなかった。あまり触りたくないし近寄りたくもないが、これの存在を気にせず麻袋を調べる勇気だってない。とりあえず蹴りを一発いれてみる。すると大きくうねって、転がるではないか。ひたすら気持ち悪い。一応効いているようだし、安全を確保するべくもう二、三発蹴りを入れて麻袋から距離を取る。それで動かなくなったと思ったら、赤い霧が出ていた。
 これぐらいで死ぬとして、しかし私は、あの感触に慣れるまで相当かかりそうだ。きっと地下街の住民達は勇猛果敢だろう。

 ようやく麻袋を調べられるが、こっちは別の意味で緊張する。かたわら来てしゃがみ込み、ゆっくりと一呼吸置いて袋の口を開いた。
 内部を見てたまらず顔をそらす。警官の死体より酷い有り様だ。中にあった死体には、無数の肥えた白いウジが湧いており、人間の気配を感じて死肉の中へ潜り込もうとしていた。袋の内側にもまばらに這い回っている。死体と言うよりも、中途半端に原形を保っている肉塊だ。胃液が喉元まで上がってきたが、何とか耐えた。

 この死体は自殺者のものだろうか。誰かが片付けようと袋に入れた? いや待て、袋の死体は手が縛り上げられている。わざわざ死者の手を縛ってどうする? 
 「植研会」の単語を思い出す。地下街の住民の話や、警官の手帳にもあった。

「彼らは会員服を着ています。茶と緑色の落ち着いた色合いのものですね」

 忘れてしまいたいが、あの時食った人間は「茶と緑色」の服装だった。植研会の会員だったとして、この死体を何のために袋の中に押し込めたのだろうか。もしくは、捨てに来たのか? だとしたら何故、死体の人物は死んだのか、それとも殺されたのか?
 疑念ばかりが頭を埋め尽くす。それを解消するすべはない。





【 腐肉 】
 変色し、悪臭を放つ腐った肉。摂取すると体力を微小ながら回復する。またある種の生物は、これを好んでしょくすと言う。

 イル・メ・トーラであれば、たとえ食うに値しない肉ですら血に返す事ができる。余程の有事以外に、好んで行う必要はない。

 腐るのは生きていた証拠である。命あることに感謝せよ。

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(投稿:2018.04.26)
(加筆修正:2020.04.23)

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