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 工業区の境付近まで結構な遠回りをしている。感覚から考えると、地下街の入り口から直線距離で向かえば、子供の足でもすぐに着くはずだ。どうしてそうしなかったのかと問われれば「その道がなかった」の一言に尽きる。……見つける事が出来なかっただけかもしれない。薄暗い路地の、数多あまたある扉と通路を調べるのは骨が折れる。
 この街を造った人物達は、複雑な建築構造を美的とした割に、移動労力への配慮はなかったようだ。もしかしたら宿場街から地下街へ降り、工業区へひっそり入る輩への対処だろうか。そういえば住民の一人が「工業区前までの近道もある」と言っていた気がする。

 閉塞へいそく的でどこも同じに見える壁を見続けたせいか、歩くにも飽きてきた。せっかくなので異形へと化けて、駆け抜けてみる。こちらの方が人と比べると恐ろしく速い。風景が流れる様に過ぎ去り、多少の段差や壁も簡単に乗り越えることができる。素晴らしい! 最近まで自分のことは「ちょっと体力のある人」ぐらいの認識だったが、こんなことが出来ているのが信じられない。

 屋根伝いの先に、高さのある空間が確認できた。飛び降りれるだろうか。どれくらいの高低差まで体は平気なのか、自分でも分からない。しかし恐怖心は全く感じていなかった。度胸試しと行ってみよう。
 大きく飛び上がって重力に任せる。興奮しているせいか、落ちていく速さは遅い気がした。高さは大体三〜四階建ての民家一軒分程か? いざ着地した時、体が許容できる衝撃はぎりぎりだったようで、足が結構な痺れを感じた。

「おい、異形だ!」

 屋根から飛び降りた場所が悪かった。丁度視界から外れた位置に、異形狩りの一派がいたのだ。この二人組は素早く体に半透明の甲冑をまとわせ、光の矢を放ってきた。まるで魔法だ! 反射的に背を低くしてやり過ごす。
 「イル・メ・トーラが変身できるのは『異形』の他に『従者』がある」とクォコズは言っていが、この鎧がそうらしい。

 一人は左腕が三本で右手に長剣を。もう一人は身の丈程の巨大ななたたずさえている。従者は武器を持つのか! 宿場街で見た「従者」はもちろん武器なんてなかったが、甲冑を好んで着る「そういう人々」だと軽く思っていた。本来存在しえないものが存在している。あの武器や鎧は普通ではないだろう。

 すでに話をしてどうにかなる状況ではなかった。自分が「異形」の姿というだけで、相手は臨戦態勢だ。しかし従者相手は初めてで、今回フィリマーリスのような仲間はいない。上手く立ち回れるといいが。

 大鉈が踏み込んで来る。振りかぶった武器は大きさに似合った重量を持っているようで遅かった。私は拍子抜けしながら横にかわす。鉄塊はそのまま振り下ろされ、直撃した石畳が軽々粉砕された。化け物と戦った時とは違う悪寒を覚えた。自分の異形であれば、一度でも食らうと真っ二つになり死ぬ可能性がある。用心して更に後方へ跳び退く。もう一人の出方を見る。

「ここで仕留めるぞ。聖剣の誇りにかけて!」

 わざわざ声高らかに叫んだと思えば、三本の左手に光が宿る。直感不味いと感じて横へ。すると地面から白い光の奔流ほんりゅうが現れる。遠距離で足元を狙われた! こちらも食らったらただでは済まない。こんな時でなかったら手放しで喜び、褒め称えただろう。現実に魔法を使える者がいるなんて、夢でも見ているようだ。

 感嘆かんたんしている場合ではない。「クソッ」と吐き捨てられた言葉を考えれば、私を仕留めるだけの威力があり、その自信もあると察する。しかし同じ体勢を取らないあたり、連続しては使えないようだ。三本腕と入れ替わるように、鉈の甲冑が再び斬り込んでくる。息の合った攻防は、狙いどころが難しい。素人同然の私は、それでも攻め手を取るしかなかった。

 斬撃の合い間を縫って、懐へ潜りこむ。速さでごり押し一発、二発、強めの三発目。相手はよろめいた。よろめくだけで、大した傷ではないのか! 今は黒い霧の「冥護めいご:執着」が働いて、短時間で攻撃を重ねる度、こちらの攻撃威力が上がっている。それなのに「よろめいた程度」となると――。これからの苦戦が目に見えている。
 ちらりと後ろへ下がっていた三本腕に目をやる。予想に反してこちらが強気で出たことにより、慌てた様子で魔法の予備動作に入っていた。
 これならまだいける。三本腕を尻目に、自身の体を霧散し敵の背後へ肉迫する技「影法師」を駆使くしする。鉈の鎧は、視界から消えた敵を探してか、硬直した。私は勢いのまま右手を振りぬく。

「がぁっ!」

 薄紫の鎧がすっ転んで膝をついた、やれるか?!
 その時体中をぞわりとした感覚が走る。これは駄目だ、避けろ!
 身体が霧状に変化した途端、後頭部へ剣が勢いよく刺さった。ぞっとする暇もなく、真横に私は避ける。この距離はまだ相手の範囲だ。さらに距離を開けようとするが、それより速く、目の前に切っ先が現れる。とっさに腕を盾にして防御を試みる。が、易々やすやすと腕が跳ね飛ばされた。剣が胴体へ触れる寸前、体が霧に変質して距離を取る事に成功する。
 ここでも「冥護:流動する霧」に助けられた。地に足着けた状態に限られるが、避ける時に身体が霧になり攻撃を受けない。

 しかし首の皮一枚で繋がっている戦い方になってしまった。冥護があっても結局は防ぎきれずこちらも痛手を負っている。血が流れてぼたぼたと大きな溜まりを作る。
 調子づいていた。三本腕は魔法だと味方を巻き込むと判断――もしくは近接の方が速かったのだろう。剣による攻撃に切り替えていた。
 強い。素直にそう感じる。闇雲に突っ込んだがやはり「油断していた異形相手」のようにはいかないらしい。

「おい、怪我は大丈夫か? 一旦後ろへ下がれ、治癒魔法を掛けるぞ」

「おお。……コイツ、貧相な異形の癖にやるじゃないか」

 変身した時「従者」は「異形」より再生能力がおとるようだ。鉈の従者はほとんど傷が治らずにいる。その分甲冑の防御と、武器の強烈な攻撃に回っているのだろう。
 「黒い霧」の異形は、特化した能力として速さと攻撃力にかなりかたよっている。今まで戦ってよく分かった。大半の異形相手なら、致命を取れるほどである。だが従者の「鎧」の前では、正面切って戦うとかなり減退されていた。確実にやるなら、急所を狙う他ない。

 手持ちが少なく躊躇ちゅうちょしたが「血薬」を使おう。無事な右手で鞄から赤っぽい液体の入る容器を取り出し、蓋を開け少量を流し込んだ。口にまとわりついた濃厚な鉄の味は、すぐに消え失せる。同時に左腕が形を成してきた。治癒力は確かに異形が上だが、今それを過信するのは不用心だ。向こうは私の腕一、二本取ることなど易く行う。

 一対二という状況の上、彼らは治癒力が劣るとしても「治癒できる魔術」がある。長期戦は圧倒的に不利だ。それにこちらの手の内を知られたら、もう攻めようがない。
 従者にも冥護が何かしらあるはずだ。やられる前に、やらなくてはならない。速攻、それが鍵だ。

 となれば、おくして攻めない訳にはいかないぞ。幸い相手はまだ「余裕」が残っている。つまり無意識の油断があるのだ。これは「好機」以外の何ものでもない。覚悟を決めろ。手がふさがり、身動きできなくなるのはどちらだ? 動きの止まった方を仕留める!

 止まったのは三本腕の甲冑だった。治癒魔法とやらの効果で、鉈の方の傷は瞬く間に完治した。奴はその間わずかばかりたたずんでいたが、自慢の獲物を振りかぶり走り寄ってくる。戦いに関して彼らの方が何枚も上手だろうが、その「油断」が私の速さを見誤らせたのだ。
 「敏捷びんしょう」という技は、通常の攻撃よりさらに逸足いっそくだ。初見で対応できる攻撃ではない。これの素晴らしい所はその技を使った後、一定時間は普通の攻撃も加速される・・・・・・・・・・・点にある。
 横に振られた鉈を掻い潜って「敏捷」を発動する。三本腕の甲冑目がけ最速で跳びかかった。相手から反射的に放たれた短い光の矢が、いくつか身を貫く。強引に突破した。



 剣を持った手を押さえ込む。胴部は鎧が頑丈だが、首ならどうだ! 牙を立てれば、思っていたより簡単に肉へ到達する。相手は無茶苦茶に三本の腕で私を引き剥がそうとする。ここで離すものかと、顎へ力を入れて食いちぎった。吹き出した血に一瞬快楽が見えたが、味わっている暇はない。

 三本腕は膝をついて崩れる。背後から雄叫びと共に鉈が振り下ろされた。間髪前に転がり距離を取るが、鉈の鎧はそれを許さない。
 仲間が殺されたことで、もう一人は激情に駆られている。再度雄叫びを上げて最初より無茶苦茶な振り方をしていた。それが命取りだと分かっているはずなのに。

 落ち着け、よく見るんだ。反省を生かせ。むやみに飛び込むのは、せっかくの好機を逃すことになる。振り回される鉈に気圧けおされそうになりながら、避けて「見る」ことに集中する。彼は両手で鉈を扱う。小さく縦振り二回、横振り一回、大きい縦振り一回。たまに押し切るような突進をかましてくる。狙いどころは「横振り一回」の後だ。次の縦振りの溜が長く、こちらの攻撃がもろに入るはず。

 私は確信をもって姿勢を低くし、右手を後ろで大きく構える。筋肉の軋む音がしそうな程、力が入った。甲冑は見ていた通りの「大きい縦振り」の溜を取る。私の赤い爪先が石畳にかすり火花を散らした。
 振りぬこうとした先では、鉈の刃が横を向いた。「構え」が違う。しまった! そう思った時には爪が鉈に弾かれていた。無防備になった胴体を横ぎされる。衝撃で軽く飛ばされた。石畳の上に赤い絨毯ができる。切れ味の悪いデカブツめ! 潰すように切り裂かれた腹から色々はみ出てるが、同時に再生も始まった。

「異形がよう、調子付くからよう! なぁ、分かるよなあ!」

 薄紫色の兜の下で、私への呪いを吐いている。コイツ、冷静さを欠いているのは確かだが、戦闘に関して抜きん出ている。わざとかどうかは知らないが、誘い受けして私の攻撃をなしやがった。だが、まだだ!
 腹の痛みをこらえて霧散する。その先場所でさらに「影法師」。

「馬鹿の一つ覚えが!」

 鎧は私の行動を読んで鉈を掲げる。振り向きざまに、己の背後へ叩き下ろしていた。
 そう、既に誰もいない場所にである。

 「相手は素人だから、焦ってまた背後を取りに来るはずだ」。彼の考えは間違いではなかった。私は鎧の背後を取った。そこから「敏捷」を使った。「馬鹿の一つ覚え」を重ねて、また・・背後を取った。
 ――勝った。



「ギャアアア!」

 甲高い悲鳴が地下街を木霊こだまする。それと耳障りな金属を切り裂く音。短く断続的に響いて、また液体がびちゃびちゃと音を立てていた。
 少しするといつもの静けさを地下街は取り戻した。先ほどの悲鳴の主はいずって逃れようとしたのだろう。左腕は綺麗に切断されて、腹の鋭い切り口からは腸を引っ張り出された格好で絶命している。これとは別に、首が汚い断面を見せてじ曲がっている遺体もあった。
 彼等の腕には目の覚めるような、鮮やかな青色がある。それ以外は普通。そう、ナギャダでは至って普通の光景である。






【 血薬 】
 ナギャダで一般に普及している、非常に鉄臭い赤い液状の医薬品。特に人体の回復に効果を発揮する。

 ウィステリア医院のアムクローサが製作・普及させた。「血液に似た」ものであって、血液由来ではない。

 一部のイル・メ・トーラはこれを嗜好品として扱う。何よりその香りと味わいは、彼らを虜とするのだ。

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(投稿:2018.04.26)
(加筆修正:2020.04.25)

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