柱稽古7
8日目の夕方。柚充はまだ戻っていない。
軽口を叩いた柚充への脅しで6日以内と制限をかけたものの、実際は間に合うと思っていたし、たとえ多少過ぎても稽古をつけるつもりでいた。しかし柚充は戻らない。
「どこで何やってやがる……」
今日はいつもに増して機嫌が悪く、庭に転がる隊士の数も少し多くなっていた。
ーーーーーー
その日の稽古が終わる頃、一羽の鴉が実弥の所に訪れた。爽籟でもなくひかたでもなく、柱達の鴉でもない。
鴉は喋る事もなく実弥をどこかへ導こうとしていた。
ある程度距離を保ちながらどんどん山の中へ。
道中で実弥は気づく。
ーーこの先は、、
開けた場所についた時、ゴロゴロでもなく、ずるずるでもない、何やらズズズと重々しい音がする。
「、、、柚充、、」
実弥の口が無意識に呟いた。まるでいっぱいになった器から水がこぼれるかのように。さも、当たり前かのように。しかしその姿は見当たらない。鴉はいつの間にか居なくなっていた。
ここが目的地である事に間違いは無いようだ。
ここは悲鳴嶼の柱稽古が行われている場所。
姿は見えなくとも、きっと此処に柚充は居る。でなければ鴉がわざわざ導く理由が見つからない。
ーー伊黒の稽古の後は俺の稽古に参加するはず
なのに何故ここに?
「柚充なら、もう間も無く稽古を終えるぞ」
「悲鳴嶼さん。どういう、、」
「どうしてもここを先に終えたいと言われてな」
悲鳴嶼の柱稽古は他の稽古に比べて厳しすぎるため、去るもの追わずな方針で行われている。
「流石に性別、体格の差は越えられないところがある為、
僅かに加減はしていたが、まさか三日半で
何とかするとは思っていなかった」
「、、3日半、、、」
つまり、約束の日の前日には伊黒の稽古を終えていた事になる。なのに何故、、
「どうしても他の柱に認められてからでないと
師の稽古に臨めないと懇願されてな。
終えた後でないと己自身が納得できないと。」
重々しいあの音の正体は柚充が押す岩の動く音。そして音が止まる。
「終えたようだな。不死川、迎えに行ってやるといい。」
ーーーーーー
「ひでぇ、顔してんな…」
岩へ近づくと、膝をつき岩に額を預けている柚充が本当に居た。あちこち泥がついて、擦り傷がついた手は痙攣していた。
「はぁ、、はぁ、、はぁ、、はぁ、、」
肩で息をし続ける柚充。実弥の方に顔を向ける事もない。「ほれ」と水を差し出すものの、聞こえていない訳ではなさそうだが、反応はなく、例え反応していても今は痙攣のせいで柚充には器を受け取れそうも無かった。
実弥は柚充の体を自身に寄りかかるように体勢を変えると、水の入った竹の器を柚充の口に当てる。柚充の目が実弥を映してほんの少し気まずそうな色を宿したが、柚充は器の水をゆっくりと飲み干した。
「悲鳴嶼さんの稽古は完了だとよ。
3日半でよくやり遂げたって言ってたぞ。」
「私一人では、出来ません、でしたよ。
玄弥が、、カナヲが、、仲間が居たから、、」
でも、、
と、柚充の声が沈む。
「実弥様との約束、、守らなかった、、
間に合わなかった……」
実弥は無言で目を合わせない柚充を背におぶった。
柚充は体が動かせなかった。昼夜問わず休息もそこそこに稽古を続けたせいである。背負われた事に恥ずかしさも確かにあったが、実弥の広い背中は温かい。入隊前にもこんな事があった。柚充は心地よい揺れに眠りへと誘われる。
「帰るぞォ。明日から稽古付けてやらぁ」
夢現に柚充はその言葉を聞いた。
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