柚の木2
「ぐふっっ………」
女の口から血が溢れだす。
鬼殺の隊士は自分のした事に手が震え刀を女の腹に残したまま腰を抜かして座り込んだ。
女の体は正座をするかのように崩れ落ち、さらに横へ傾く。無惨はその体を支えゆっくりと横たえた。
『貴様ら。この女は鬼か?
人が人を殺すのは罪ではないのか?』
無惨は言葉を発したが、そのあまりに冷たい声色に隊士達は震え上がった。
月明かりが照らす無惨の顔は血管が浮き上がり、目だけが紅く光りを放っていた。
正に一瞬。
全てが消え去った。
女の腹に刺さった日輪刀だけを残して。
ーーーーーー
無惨の頬に涙が伝う。
目から水が出る事などとうに忘れていたのに。
『……少し耐えてくれ』
呟くように声をかけると腹に残る日輪刀を抜いた。
ーーこの者はもう助からない、、
「お、け、がは、大丈、夫、です、か?」
ーー何故、私の心配をする?
『……平気だ、、』
「、、なら、よか……た…」
言葉と共に女の顔はやんわりと笑みを乗せた。
ーーこんな時まで笑うのか……
『……お前は、、何を望む?
日の下に出られずとも生きる事を望むか?』
「…わ、たしは、、あな、たが……
わら…た、かおが、、み、て、、み、たいわ」
『生きたいかと聞いているんだ。』
女は首を振った。
「でも、この、こが……たいよう、、の、したで…
…笑…てい、られたら、、幸せ、、」
無惨は自らが太陽を克服していないのに、血を与えた腹の子が日の下に出られるとは思えなかった。
しかし、子どもが生きる道を望む女の願いを叶えてやりたくなった。手首を鋭い爪で切り裂き、刀の刺さっていた腹へと血を落とす。
ぽたぽたぽたぽたと。
鬼の事も鬼へのなり方も知っているはずはないのに、女はありがとうと涙を流した。
ーーーーーー
「知っていますか?
柚の花言葉には、健康美、汚(けが)れ無き人、
嬉しい知らせ、と言うものがあるんですよ。
そんな素敵な花言葉を持つ花の精に会う日が来るとは
思ってもみませんでしたわ」
『……そんなものではない』
ーー全く当てはまらぬではないか。
私は健康でなければ、血で汚れている。
嬉しい知らせなど持ち合わせていない。
残酷なことを……
無惨の眉間に深い皺が現れる。
「笑って下さるかと思ったのに。また失敗ね」
ーーーーーー
ーーあの時はどこか苦しそうに笑っていた。
なぜあんな顔をしたんだ…?
わたしは違いに面白くないとばかりで、、
この者の目にはそう写っていたのか?
聞きたくても聞けない。
知る勇気もない。
「……眉間に、、また、しわ…できて、、いま、、すわ」
ふふふと笑う女。
柔らかな微笑みをみせると、笑顔の絶えなかった女は子どもを育むだけの器へとかわってしまった。
二度と笑みを灯すことはない。
そして十月十日を過ぎた後、無惨の血で生き長らえた鬼の子が生まれる。女が生前その子に残した名前は柚充だった。
ーーーーーー
『まぁこんなとこかの』
どこか遠くを見て話をしていた鬼柚充が実弥を向く。
「、、鬼殺隊が殺した?、、柚充は死んで、、
鬼舞辻が助けたってのか!」
『起きた事だけを並べるとそうなるのぉ』
「だったら柚充は、、お前は何なんだ、、」
『最初から言っておろぉが。
生まれる前に鬼舞辻の血を受けた鬼の子よ。
母御の強い願いが娘と我を切り離し、ここまで
人と遜色なく過ごすことが出来ただけの事。
人の子と鬼の共存の方が正しいのか?
説明すると言うのは難しい事よ』
鬼柚充は腕を組んで悩む様な仕草をする。
「だったら、鬼殺隊はお前らの敵になんじゃねーのか。
それに今まで出てこなかったのに何で今頃…」
『もともと我は娘の為にしか動く気はなくてな。
娘は我の事も鬼の血のことも認識してはおらんかった。
そうだ、、
"さいしゅうせんべつ"だったかの。
お主が娘を痛めつけおったのは…
流石にあの時は刻んでやろうかと思ったわ』
思い出したかのように付け加える鬼柚充の目がギラリと実弥を睨み付けた。やはり選別前の手合わせで柚充の目が変わったのは見間違いではなかったのだ。しかし、直ぐに目の鋭さは消え去る。
『叶わんかったがの。
娘が無意識に押さえ込むとは全く思っておらなんだ。
我は人の血肉にもさして興味はない。
ただ日の下で人として生きて欲しいと言う
母御の願いを守ってきただけのこと。
しかし、先日鬼舞辻に血を入れられたであろう?
もともと鬼舞辻の血は巡っておるからな。
時間を掛ければ抑え切れるはずであった。
しかしのぅ。
一度に与えられた量が多かったのか思いの外、
帳尻が合わなくなっておるのだ。
蝶の御柱が何やら手を打ったらしいがな』
その手は腰に下げられているポーチに触れる。
「鬼殺隊の事は、、」
『おお。敵かどうかであったか。
娘を刺した者はもうおらん。
よって"生まれる前の事なぞしるか"だな。
それにこの娘は鬼殺隊に牙を向く事なぞ
望むことはあるまい』
今度は日輪刀の柄に手を乗せる。
刀に触れた事に実弥は自らの日輪刀を握り直したが、鬼柚充の表情に手が緩む。その顔は柔らかく、まるで母や姉が下の子を慈しんでいるかの様に見えた。
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