仕返し


「……実弥様」
「目ぇ覚めたか」

ーー私は、、人ではなかったの、か、

実弥の姿を見た途端、鬼柚充と話していた時は気にならなかった筈の出自の話が重く感じた。
先日蝶屋敷でのことが蘇る。
《随分と上手く化けた鬼がいたもんだ》

ーー好きになってはいけなかった。
  だって、、この体には無惨と同じ血が流れている
  結ばれる事など

  決して

  ユルサレルハズガナイ。

柚充の目から涙が溢れる。
「?!!どうした?!どこか……」
ーー違う。柚充も知ったんだ。鬼の血を。
実弥は柚充に目線を合わせ膝をついた。

「柚充。言っただろ。
 俺は見てきたお前を信じる。
 お前は俺の継子だ」

頭を撫でるが尚も涙が線を引く。

ーーどうしたもんか、、

「ほら手ェ出せェ。両手だ」
ため息を一つついて実弥が手を差し出した。どんな意図があるのか分からないながらも差し出すその手の上に柚充は手を乗せた。
「見てみろ。この手は鬼の手ェか?
 爪は鋭くなってねェし、俺には人の手に見える」
はい、次!と実弥の両手が柚充の頬を挟む様に掴むと自分の方に顔を向けさせる。
「こっち見やがれ。目だって鬼になった時の目じゃねェ
 これでも納得がいかねぇのか?
 じゃあ口は!開けてみろ」
柚充は言われた様に口を開けたが、下を向いて小さく開けた口に実弥は容赦なく上を向かせ指を突っ込んだ。
「!?!ふぁにぇにしゃああ、、」
柚充は驚いて目を見開いたが、すぐに恥ずかしくなって目をギュッと閉じた。
指は歯列をなぞっていく。
「歯だって鋭くなってねェぞ。
 柚充は鬼じゃねェ!解ったか……」



ーー……何やってんだ、、俺、、


ふと我に返ってとんでもない事をしている気がして、柚充の口に指を入れ込んだまま固まった。
動かなくなった実弥を不思議に思って恥ずかしさを我慢し柚充は恐る恐る目を開けた。

図らずとも柚充と実弥の視線は合い、実弥が口から指を引くと銀糸が指と口を繋ぐ。

赤面している柚充が小さく実弥様と名前を呼んだ。


ーー!?!

先程柚充の口に入れられていた指を実弥がペロリと舐めた
「なっ!な!何をやってるんですかっ!!
 何考えてるんですか!
 なんでそうなるんですかぁ!!
 おかしいんじゃっ!!」

突然目の前が真っ暗になり、柚充の口から言葉が止まる。
実弥に目隠しをされていると気づいたものの意味が分からない。


ふわりとやさしい甘い香り。

暗い視界では何が起きたのかすぐに理解する事は出来ない。遮られた視界の中、何かが唇に触れた。

戻った光に目を細めていると、柚充の顔には実弥のみためより柔らかな髪の毛が当たってくすぐったい。今度は温もりに包まれていた。

「いつかの仕返しだァ」

柚充の記憶が蘇る。確かに彼女には前科があったのだ。鬼化していたと言っても口づけをした記憶はある。

ーー仕返しされる覚えがあると言っても……
  でも、でも!でも!……耳元でその声はずるい。
顔がこの上ないほど真っ赤に染まる。
抱きしめられている為その顔を実弥に見られることは無いが、もうどうしたらいいのか訳がわからない。

わずかに腕が緩んだ隙に実弥から逃げるように離れると背を向けて蹲った。
そんな姿を見て実弥が満足そうに笑っていた事を柚充は知らない。



茂みでカサッと音がした。
ピンと張り詰めた風が吹く。

瞬時に動いた実弥が起こした風と気付いたのはその手がなにかを握りつぶした瞬間だった。手には目玉に根が生えたような奇妙なモノ。
「なんだァァ。これはァ」
でろんと実弥の手から滑るように落ちていった。
「気持ち悪っ。よくそんなの触れましたね」
「手は洗えば良いだろ」
しかし近くに洗える場所などない。
柚充は一つため息をついて、ポーチから水を出し渡した。

「それ、なんでも出てきそうだな」
「普段は水なんて入って無いですけどね。
 量ははいらないわりに重くなりますから」



「緊急招集ーーッ!!緊急招集ーーっ!!
 産屋敷邸襲撃ッ…!!産屋敷邸襲撃ィ!!」


実弥の鴉、爽籟がこれまでにない速さで頭上へ飛んで来た。

ーーお館様……!!


「行くぞっ!お館様の所だ!!」

爽籟の後を追い実弥と柚充は走り出した。
 




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