それぞれの決意3


暗闇の中、柚充が力なく膝をついている。
『だから我が出ようとしておったんに』

童磨に指を突き立てられた後、自分の口に人の肉や臓物を押し当てられるのが見えた。
膝元に転がる首がこちらを向き自分を見つめていた。
助けてと叫び血まみれで伸ばされる手、
目の窪んだ、口の閉まらない顔……

「……ごめんね。知らずにいてごめんね
 心の弱い私でごめんね」

『………安心せい。
 血も肉も一口たりとも口しておらんわ』

・・・・・・・。
柚充は動かない。床を何処となく眺め、手に力が入っていない。鬼柚充は一つ息を吐くと柚充の前に膝をついた。

『なぁ、うぬ?』

  パンッ!!!

柚充が顔を上げると、鬼柚充が手を払うような仕草、、じんわり頬に痛みを感じ、目の端に涙が浮かぶ。鬼柚充が平手打ちをしたのだと時間をおいて理解した。

『しっかりせんか!!過ぎた事なぞ、どうでも良い!
 過去の事で苦しむな!!下を向くな!今を見ろ!
 目の前の鬼を斬れ!

 うぬは風の継子ぞ!!』


ーーーーーー

ーー蟲の呼吸 蜻蛉の舞 複眼六角

しのぶが離れると共に風の爪が童磨へ向かっていく。風の爪は童磨に届く事なく宙で何かに当たって消え去る。童磨の体から血が噴き出した。
『いやぁ君、本当に速いね!』

ーーこの毒でもダメなの、、
  もう、肺が痛い、、

『でも、今のは命拾いしたんじゃない?
 ね?柚充?』
「しのぶ様、今回は見えましたけど、
 次は当てになりませんからね。
 回復と策をお願いします!
 少ししか足止め出来ないと思いますけど!!

 実弥様は私を生かす為しのぶ様の所に寄越したんです!
 だから私がしのぶ様を生かさなきゃいけないんです!」
柚充の刀から再び風の爪が童磨へと向かっていく。それは頬へ傷を付け一筋血が流れるものの、直ぐに塞がり流れた血も頬に染み込むように消えていった。
『躾が足りなかったかなぁ?
 今、蝶の子の相手をしていだはずだよ?
 でもあれだ。
 どれだけ速くても、蝶の子が頸を斬れてたても……
 君は勝てない。小さいから。今は肺胞も壊死してるし。
 勝ち目がないよ。
 二人居るからって何が出来るって言うの?』

「黙れ!!

 壱ノ型 塵旋風・削ぎ!」

ーー手も、足を止めるな
童磨に向かい足を動かし、爪々・科斗風、黒風烟嵐、晴嵐風樹と立て続けに刀を振る。
『柚充は殺せないからなぁ。血が飲めなくなる
 のは勿体無いし。でも、流石においたがすぎるよね。
 ねぇ。いつまでやるの?』
「いつまでだって!
 私は蟲柱 胡蝶しのぶ様を信じているから!
 黒風烟ッ…」
童磨の扇が柚充を打ち払う。共に舞い散る氷の塵。柚充の体は蓮の花が浮かぶ水へ飛沫を上げて落下した。

ーーーーーー

柚充が童磨に向かい型を繰り出し続けていた頃
心が折れかけたしのぶの前に姉のカナエの姿がうつる。彼女はしのぶに甘い言葉はかけない。

立て。決めたことをどんな犠牲を払っても成し遂げろと言う。

約束を果たしなさい。


     《しのぶ  ならちゃんとやれる》
「蟲柱 胡蝶しのぶ様を

 信じているから!!」

《頑張って》

ーー……柚充ちゃん。
  これしか策は思いつかなかった……
  ごめんね。ありがとう
しのぶは立ち上がる。
『え。立つの?勝ち目ないのに?』
「信じてもらった以上。応えるのが柱ですから
 それに、
 下を支える柱は折れるわけにはいかないんです!」
ーー蟲の呼吸 蜈蚣の舞 百足蛇腹

しのぶは四方八方へうねりながら童磨との間を詰めていく。慌てた童磨は扇を振り、その攻撃はしのぶの体を切り裂く。それでもしのぶの足が止まることは無かった。低く、低く姿勢を落とし、遂には童磨の懐に入り込む。
突き上げた刀は童磨の頸を天井へ磔にする。

口が三日月型に弧を描く

ーーほんと頭にくる。なんで毒効かないのよ
  馬鹿野郎…

  私がここで朽ちても若い芽が芽吹く。
  あとは、、ね。
  カナヲ、、柚充ちゃんーー

  
しのぶの体が重力に準って落ちる
あんなにふわりと舞う蝶のような人が
羽をもがれて落ちてくる。

柚充はその体を受け止めようと手を伸ばし、腕に収まる。
ーー奴に渡したりなんてしない

「……っ!!」
しのぶを抱く腕ごと柚充の体は宙に浮き上がる。童磨の氷の蓮蔓が二人まとめて童磨の元へ導く。片腕でしのぶの体を離すまいと抱きしめ、片手は刀を握りしめる。

ーー片手だから威力は劣ってしまう。
  でも、、
  引き寄せられるなら…

「壱ノ型 塵旋風・削ぎ」
童磨の体を風が抉る。氷の蓮が砕け散り再び重力通りに下に落ちる
「肆ノ型 昇上砂塵嵐」

『思ってたよりちゃんと出来るんだね。
 でも、鬼が日輪刀使って人間の真似事してないで、
 ちゃんと自分の爪と牙で戦ったら?……ね?柚充?』
その声は背後から聞こえた。ゾクゾクと不快感を示す震えが体を走り抜ける。
震えを掻き消して、振り返りながら刀を振るい童磨を斬りつける。

柚充の刃は童磨の頸元にわずか食い込む。

しかし
童磨の手は柚充の首を掴んでいた。


カチャと日輪刀が手から滑り落ちた。
 




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