怒り


童磨の腕には柚充が抱えられていた。刀は掴んでいるようだが、後ろ手に氷の蔓がまとわりつき身動き出来ずにいる。
『君は姉だけじゃなく、柚充も失うんだよ
 ふふふ。悲しいね』
カナヲの目の前で柚充の日輪刀を掴む手を掴み上げた。
「……っ、あぁぁあ!!」
『ほら、離さないと折れちゃうよ?』
苦し気に顔は歪むものの刀を離す気配はない。
「… 柚充!!」


ギリッーーー

柚充の手から鈍い音と共に日輪刀が滑り落ちる。童磨はそれを床に落ちる前に掴むと床に突き立てる。
『かわいそう。ひびで済んだけど痛かったね
 でもこれで、刀は振れない。
 もう、戦わなくていいんだよ』

童磨が柚充の髪を撫で、首筋に扇を滑らせると血が流れ出す。抱きかかえ直し赤い血を舐めた。
その舌は血が溢れるたび傷の上を移動する。

「やめろ!!気持ち悪い!!触るな!!舐めるな!!
 変態!!離せっぇええ!!」
『うん。やっぱり美味しい』
柚充を人質に取られている状態ではカナヲは手の出しようもなく、策を巡らすものの下手に動くことができない。柚充の血を舐め続けていた童磨が顔を上げると柚充を床に転がした。拘束されている為どれだけ悔しくても柚充には逃げる術がない。

『よーし元気出たからいくよ?

 血鬼術 散り蓮華』

氷の花びらが舞い散るようにカナヲへと向かっていく。


ドガッ!!

「どぉありゃアアアア!!!
 天空より出でし伊之助様のお通りじゃあアアア!!」

カナヲに童磨が作り出した氷の花びらが迫る中、天井を突き破り現れ、そのまま狂い裂きで花びらを吹き飛ばしていく。

珍妙な伊之助の姿に童磨はあっけに取られ固まる中、お構いなしの伊之助は立て続けに持論を並べていた。が、童磨の近くに転がる柚充を見つけ、カナヲに目を向けギョッとする。
「おまえらっ!……何してんだ!!
 怪我したらアレだぞ!

 しのぶが怒るぞ!!
 すげー怒るからなアイツ!!」

カナヲは唇を噛んだ。隊服を握りしめ、ブルブル震える。

「……死んだのか?……しのぶ」

童磨が何か喋り出したが、伊之助の耳には一切入って居なかった。傷を労り回復の為の大事な事を端的に伝え「約束」と微笑む。そんな暖かいしのぶの姿が頭を巡る。

《ゆびきり、げんまん。約束です》

ーーもう、、しのぶは、、、

「咬み殺してやる、塵が」

伊之助は強く踏み込み、切細裂きを皮切りに次々と童磨へ斬りかかる。その動きは予想外の動きばかりで童磨を翻弄する。扇を避け、蹴りあげると伊之助は一旦童磨の元から退いた。

『わー体柔らかい!凄いや!

 ……あれ?』

蹴りを受けた反動でビリビリと震える手から伊之助へ視線を向けて異変に気づく。そばに転がっていた筈の柚充と若竹色の刀が伊之助の後ろにある。
彼は刀の柄を振り下ろし柚充の腕を拘束する氷を叩き割った。

「ごめん。手間かけたわ」
「俺様に負けんじゃねぇぞ。柚充」
「ははっ 頑張るよ」

童磨が伊之助へ飛んでくるのを察知し、カナヲは柚充を抱えて後ろへ退いた。

「カナヲもゴメン。もうヘマしないから」
「柚充まで居なくなっちゃダメ……」
「うん。ごめんね
 一緒に立て直して頑張ろう」
伊之助が童磨に向かう後ろで、柚充は包帯を取り出し刀を落としてしまわないよう刀と手にぐるぐると巻きつける。

「カナヲこれ結んでくれる?」
「…うん」

戦闘準備を整え「さぁ」と伊之助へ目を向けた瞬間、猪の被り物が消えた。

「伊之助!!」
『やっぱりこれ被りものかあ』
童磨の手の中に山の主は捕まっていた。
「テメェ…返しやがれ」

『あれー?見覚えあるぞぉ。…君の顔。
 何処かで会ったよね。僕たち』
「テメェみたいな蛆虫と会った覚えはねぇ!!」

そんな事はないととぼけた様な声を出し童磨は自分のこめかみに人差し指を突き立てた。
先程これをやられたかと思うと柚充は吐き気がする。

『そうだ、そうだ!
 君にそっくりで、美しくて、歌は上手だった。
 ゆーびきーり げーんまんって
 そればっかり君に…』

伊之助はどこからか浮かんでくる記憶に目を見開く。

やさしい歌が聞こえる
暖かい腕に包まれて
微笑む母(ひと)がいた

 《伊之助は母さんが守るからね……》


『でも、最後まで頭の悪い娘だったよ。子どもを
 崖から落として助けた気になって死んだんだから』

童磨が笑う。伊之助からはビリビリと怒りの感情が伝わってくる。彼は怒りに任せて童磨へと斬りかかった。だが、その攻撃は童磨に傷を負わせる事は叶わず、反対に攻撃を受け胸に交差の傷を負い水飛沫を上げて落下した。
童磨の口はまだ閉じることを知らない。
『琴葉は不幸ばかり、幸せなんてあったのかな?
 可哀想に。何の意味もない人生だった』
「お前が人生の意味を語るな……」

落下した水の中、記憶が水鏡となって映し出され、柔らかい笑顔が伊之助の目には見えていた。どこからか声も聞こえる気がする。
 《可愛いね伊之助。ちっちゃいおてて
  あったかいねぇ。私の宝物。

  一緒にいられて幸せだねぇ》

「本当に奇跡だぜ。この巡り合わせは。俺の母親と、
 仲間を殺した鬼が目の前にいるんだからなァァ!!

 テメェには地獄を見せてやる!!」

立ち上がった彼の目にも怒りが色濃く張り付いていた。
 




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