望み


柚充の刀も鬼舞辻を磔にした為、炭治郎の助力にはなったが、尚も波のように押し寄せる衝撃に一発目で引きちぎられてしまった炭治郎の肩口からは血が噴き出す。

このままでは炭治郎の体が持たない。だが、柚充にも炭治郎に手を貸す余裕も余力もありはしない。

それに太陽が登ってきたのだ。
人の姿を保てず目も爪も牙も現れている柚充の体はもう殆どが鬼の血で満ちていた。
時間が経つほど力は弱まり、その体は、、



  ーーーーーーお願い。
苦しいその状況で柚充は女の人の声を聞いた


唇を噛む。

ーーあと少しなんだ!!誰か!!

心の中で叫ばずにはいられなかった。


炭治郎の背後から手が伸びる。
その手は炭治郎が握る日輪刀の柄を共に握り、押され始めていた体を鬼舞辻へと押し戻す。

ーー義勇さん…!!
ーー冨岡様!!

冨岡の支えを受けて炭治郎は刀を握る力を強め、2人の力がつり合ったその瞬間に、握り締める日輪刀が赫く染る。そして炭治郎の刀に共鳴するかのように柚充の刀もまた赫く染まっていった。

鬼舞辻の口からは血が溢れ出し、日の光が差し込んでジュッと音を立てて頬が焼けただれていく。

柚充もまた鬼舞辻より進行は遅いものの頬も手も日の光にジリジリと炙られだした。

ーー終わる……これで終わるんだ、、
  実弥様、怒るだろうな、、



しかし、、終わらなかった。

鬼舞辻の身体は膨れ上がり、赤子の姿へと形を変えていった。冨岡は大きな赤子の手で炭治郎から引き剥がされた。冨岡が隣にいなくなった事で柚充には直接日の光があたり、日輪刀を離さないながらも崩れ落ちた。鬼舞辻は炭治郎を体内へと引き込み、その後ぶら下がっている柚充を一瞥するとその体を拾い上げ、腹の肉の中へと押し込み吸収していった。

「炭治郎!!柚充!!」

冨岡の声が聞こえた後、柚充の視界は完全に闇に閉ざされた。



ーーーーーー


「柚充。大きくなったわね!!」
暗闇の中、不相応な声が響く。
ーー誰?
「誰?なんて言われたら、悲しくなってしまうわ、、、
 でも仕方ないわね。
 会うのは初めてなんだから。ね?」

柚充の手を握る温もり。次第にあかりが灯ると色の白い女の人が笑っていた。初めてなのにどこか懐かしい声。
「日の下は楽しいかしら?お友達は?
 あ!もう好きな人とかいる年頃なのかしら?」
コロコロ変わる表情、屈託のない笑顔を見せる。そして柔らかな笑顔を見せたかと思うと、女の人は柚充を痛いくらいに抱きしめた。
「本当に、会えて嬉しい!貴女が元気で幸せよ」
腕が緩み女の人の顔を見ると再び柔らかく微笑んだ。
しかしすぐにその笑みは消え、声もくもってしまう。
「私はね、ずっと此処にいたの。でもね、私には
 あの人の悲しみを取り除いてあげる事はできなかった。
 願いを叶えて貰っておきながらあの人を
 助けてあげる事ができなかった。
 止める事が………できなかった。」

「此処に?、、それに、あの人って無惨のことだよね」
女が頷く。
「でも、私にとってのあの人はそんな悲しい名前が
 似合うような人ではなかったのよ

 私は何度もあの人の記憶を見た…」

ずっと、ずっと、心の中で泣いていた。
何度も何度も生まれる前から何かに命を奪われかけて、必死で足掻いて、もがいて…。
やっと生を掴み取ったかと思えば、病魔がその体を蝕む。
時代も悪かった。
病魔に犯され余命が見えて仕舞えば、誰もが命を諦めてしまう。たった一人医者が必死になろうとも、周りの人間は寄り添って共に未来を語る事をやめてしまったのだ。目の前では引きつった笑顔で「今日は体調が良さそう」と言いつつ、席を立ち同じ声で「もう長くはない」などと口にする。彼の耳にはひそひそ死を語る声ばかりが聞こえ、病状が悪化して行けば、1人で医者の言葉を信じる事など出来るはずがない。
誰もが嘘つきで、こんなお荷物早く消えてしまえと思っている。医者とて実は毒を盛り続けているのではないかと疑い、そうして心は黒く、暗く塗りつぶされていった。
やっと掴み取った生が奪われようとしている。そう思ってしまえば、生きる為には医者を手にかけなければいけなかった。
全ては奪われかけ続けたが為に起きた生への強い執着。

医者を殺した後に薬が効いていた事がわかり、自分の行いが間違いだったことを僅かでも悔やんだ。しかしそれもまたどこか違っていた。
強靭な肉体と引き換えに太陽を奪い、生と引き換えに人を喰うことを強要する。
何故自分ばかりが排除されなければならない?
生きることを望んではいけないのか?
太陽を浴びることを願ってはいけないのか?
血肉を喰うことなど最初から抵抗が無かったわけはない。鉄臭い匂い、ドロドロとした血の感触、自らと同じ形をした姿。
考えただけでも吐きそうな気がする。

それでも生きる為には喰わねばならぬ。

不自由ばかりを強いられ真っ暗に塗りつぶされた心は堕ちていくばかり。どんどん心が死んで残るのは深まる生への執着。麻痺していく感覚。

でも。根本にあるのは

殺したかったんじゃない
ただ
生きたかった。

生きていたかった。



「柚充。お願い。あの人を救ってあげて。
 たくさん人を殺めてしまった事は分かっているの。
 でも!あの人は貴方を生かした。
 私の宝物を救ってくれた。
 だから、私がもう間違いは起こさせないから。
 必ず共に歩いて行くって…誓うから……
 一緒に罪は……背負うから…

 背負いきれなくても………背負うから……

 ………だから……おねがい……。」

女は、、柚充の母は、柚充を抱きしめ涙を流す。あんなに笑顔が似合う人が泣いている。


ーーそうか、、
  私が此処にいる意味はこれだったんだね
  たぶん唯一、無惨に救われた者として
  無惨を正しい最期へ導く。
  もう二度と鬼が現れないように。
  だから力が必要だった、、
  だから実弥様に出会えたんだ、、


泣き続ける母をそっと抱きしめ返した。
 




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