望み2


鬼舞辻無惨という存在の顛末を見届ける責任が自分にもある。柚充にはそう思えてならない。
しかし、本当は進む事が怖い。でも引き返す勇気もなかった。今まで出会った人たちの顔が浮かんでしまうから。そして大切な人たちの顔が悲しみで歪んでしまうことの方がもっと、もっと怖かったから。


腰に下がる日輪刀に手を乗せた。
《走りなさい。仲間のために》

鶴梅の言葉が頭の中で響き柚充は迷いを断ち切る。
恥ずかしくないように生きる。そう決めたのだから。柚充は涙を流す母の肩に手を置き微笑んだ。



「もう泣かないで。
 あなたが笑っていてくれないと

 あの人が迷子になってしまう」


ーーーーーー

鬼舞辻が日陰に隠れてしまうことを隠も平隊士も勇気を絞り出し、逃すまいと必死になった。柱達もこれさえ乗り切れば終わりだとさいごの力を振り絞る。しかし鬼舞辻とて必死であり、簡単にやられてくれるものではない。その証に地面へと潜ろうとする鬼舞辻を悲鳴嶼の鎖が繋ぎ止めていたが、鎖がビチッビチッと音を立て始めていた。

悲鳴嶼でさえ「もうこれ以上無理だ」と思わずにはいられない。


ーーーーーー


「……柚充。………起きろ、、柚充。」
「………た、んじ、、ろ?……何、、これ?!」
「俺と柚充は、無惨の体に、、
 取り込まれて、しまったんだ」

柚充の中で薄っすらと光景と感触が蘇った。不快という一言に尽きるのだが。
今もそれは続き、体が限界を超えている事に加え、肉にまとわりつかれ身動きが取れない。辛うじて視界に炭治郎の姿が見える事が心が折れずにいられる理由なのだろう。

「外で絶対に皆が戦ってる」
「うん。まだ終わってない」


「諦めるわけにはいかないな」
「諦めるわけにはいかないね」


声が重なり二人の心の中に灯る火は燃え上がる。あの日流した涙は何度でも《胸を張って生きろ》《心を燃やせ》と強く背中を押す。

炭治郎と柚充の心に灯った二つの火はいつのまにか炎となって燃え上がっていた。

日輪刀の柄を握る。

動けないと自分で線を引いてしまえば、本当に動けなくなってしまう。まだやれるんだ。まだ刀を振れると何度だって自分に言い聞かせる。

ーー悲しい夜は今日で終わりにする。


力を込めた日輪刀はいつの間にか
再び赤く染まっていた。


ーーーーーー

諦めの色が鬼殺隊を染め上げようとしていた。
もう太陽は見え始めているというのに、もうこれ以上打つ手が無い。

「………くッ!」
遂に鎖は千切れ、悲鳴嶼は踏ん張っていた分、
後ろへと強く倒れ込む。千切れた鎖の先を掴もうにも勢いのまま鬼舞辻側へと飛んでいき、手を伸ばしても届くことはない。足を失っていなければ、、もっと体力を温存して戦えていたら、、と様々なことが頭をよぎる。

戦いの中冨岡が叫んでいた。「炭治郎と柚充はあの中だ」と。
ーー返せ。あの嘘のない素直でひたむきな少年を。
  刀を振ることだけではなく、
  無惨の血とも戦い続ける少女を。
  返せ!

千切れた鎖を握り締め、鬼舞辻を睨みつけていた。
見えない筈の悲鳴嶼の目にも地面へと潜ろうとしていた赤子姿の鬼舞辻が顔を上げた様に見えた。実際、突然大量の血を吐き呻き声を上げながら片方しか無い手で喉を掻きむしっていた。

そこに差す太陽。

完全に太陽が顔を出していた。赤子の姿の鬼舞辻は断末魔の叫びを上げながら体を焼かれ最期を迎えた。

体が完全に消えた瞬間どこからともなく歓喜の声が湧き上がる。鬼舞辻が居たその場には1人分の体だけが残った。
隊士だけでは無く、隠も誰もが傷だらけで、涙を流し抱き合い喜びを分かち合う。

「終わりじゃ無いぞ!!立て!!怪我人の手当てだ!
 急いで救護に回れ!」

何処からともなく叫ぶ声に、隠も隊士も関係なく動けるものが涙を堪えながらも、泣きながらも怪我人の手当てへと動き出した。

手当は進む。

残念ながら消えゆく灯火もあった。
悲鳴嶼が、、伊黒が、、蜜璃が、、


そして鬼舞辻の体が焼き消えた後に見つかった炭治郎もまた脈も息も止まっていた


一緒に取り込まれた柚充の姿はどこにも見つからなかった。

 

ーーーーーー

柚充は走る。
鬼舞辻の中というのが正しいのか、鬼舞辻の意識の中というのが正しいのか、正直なところ良くは分からない。しかし、再びここに戻ってきた。成すべき事が残っている。
ここで探すべきは鬼舞辻無惨その人。

弾力のある足元は本気で走りにくい。でも、諦めない。
ーー泣き声が聞こえる、、
押し殺したような小さな小さな嗚咽。声を頼りに走り続けていると、2人の姿を見つけた。
肉に埋もれるようにして炭治郎と鬼舞辻が横たわっていた。柚充は速度を上げる。

鬼舞辻の手が炭治郎へゆっくりと伸びていたから。

パシッ

柚充は伸ばされる鬼舞辻の手首を掴んだ。
「無惨。これ以上炭治郎を苦しめないで。」
掴まれた手に鬼舞辻は目を見張る。
『何故お前がここに居る』
「アンタがわざわざ拾って吸収したんでしょ。
 それより何しようとしてるの」
『コイツを最強の鬼の王にする。私の想いも不滅であり、
 永遠。私の想いは全てこの子供に託す』
「託していい願いじゃない」

『ならば、このままコイツは死ぬぞ』
「!!?」
『呼吸も、心臓も停止している
 だが細胞はまだ生きている。
 鬼になれば生きられる』

鬼舞辻はここに来てまるで勝ち誇った様な笑みを浮かべた。炭治郎を生かすか殺すか柚充の手に委ねられている。生かしたい。生きていて欲しい。でも、鬼となってしまう。しかも鬼舞辻の願いまで植え付けられるとなればタチの悪いものである事は想像に難くない。

『早く選ばなければ細胞すらも死ぬ』


炭治郎の声が柚充の中に響く。それは実弥と悲鳴嶼が柱同士の稽古をした日。柚充は休憩中に炭治郎、善逸、伊之助のいる稽古場を訪れた時に話していた3人の会話だった。


   俺たちは仲間だからさ
   兄弟みたいなものだからさ
   誰かが道を踏み外しそうになったら
   皆で止めような
   どんなに苦しくてもつらくても
   正しい道を歩こう


炭治郎、正しい道って何?
私には炭治郎が死んでしまう事が正しい道だなんておもえないよ。でも、炭治郎が鬼になってしまう事だって間違ってるって思う。

ねぇ。誰か教えて、、
私には、、荷が重すぎるよ、、

迷いに鬼舞辻を掴む手を緩めてしまい、鬼舞辻は柚充の手を振り払う。その執念は何処から湧き上がったか不思議な程力となって現れ、柚充の体は直ぐに炭治郎に手の届かない場所まで吹き飛ばされた。肉まみれのこの空間では痛いという感覚はなかったが、柚充の目に炭治郎の顔へ鬼舞辻の手が食い込んでいくのが見えた。

「………ぁぁ、、」

何が正しいのか分からない。
やめろとも言えない。
でも、ひとつだけ分かる。

私まで仲間に苦行を強いてしまった、、

鬼舞辻が炭治郎から手を抜き去ると、その体はぼろぼろと霧散して行った。

柚充は炭治郎の元へ歩み寄る。
その体は意識を取り戻す事なく、眠る様に小さく呼吸を繰り返していた。

「……ねぇ、もう1人の私ならどうしてた?
 仲間が死にそうだったんだよ?
 何を選ぶのが正しかったの?

 ………ねぇ、、答えてよ、、」

眠る炭治郎に縋り涙を流す。
鬼の半身からの返事は

返ってこなかった。
 




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