昔の話
約束ーーーー。
錫杖の鬼が言う約束を桜は知っている。
それは詠が死んだ後立て続けに、よく蝶屋敷に来ていた粂野、そしてカナエが亡くなり、本人の意思とは関係なく胡蝶しのぶが蝶屋敷を継ぐことになった後に思い出した記憶。
しのぶがしのぶで無くなってしまったその後の、、、きっとこの辺りから桜の中では何かが変わり始めていたのだろう…。
鬼の襲撃を受けたあの日の記憶を
思い出したあの時から、、、
ーーーーーー
ーーー桜、10歳某日ーーー
今日も1日が終わる。
家族との休日は終わり、また明日からは家庭教師先生が来て学習の日々が始まる。学ぶ事は嫌いではない。知らない事を理解できた時の世界が広がる様なきらきらは何度味わっても飽きる事はなく、知識欲はどんどん膨れ上がって行くものだった。
寝る前に課題の確認と少しの予習をする為に
自室の机に向かっていた。
静かに流れるはずのこの時間が今日はどこかおかしかった。
母の部屋から大きな物音がしたと言うのに、お手伝いさんが来る様子も、母が慌てている様子もない。お手伝いさんが来ないにしても、一階に居るはずの愛妻家の父が様子を見に来ることもないのはどう考えても疑問符を浮かべてしまう。
桜は堪らず母の部屋へと足を運んだ。
「母様?先程、大きな音がしましたが、何か……」
母とはほんの10分ほど前に一緒に二階に上がり、就寝の挨拶をしそれぞれの部屋へと別れたばかり。そんな母が居るはずの両親の寝室のドアを桜は声をかけながらゆっくりと開けた。
ビチャとまるでポットの紅茶をこぼしてしまった様な水音。
でも何故だろうか、、その液体は紅茶にしてはあまりにも赤く、その香りは安らぎをもたらすようなものでは無かった。
疑問に床から視線を上げて、その行動をひどく後悔した。
こちらを向く虚な目。どう言うわけが母の体は四肢が足りない。
ーー何故?それでは生きていられないでしょう?
生きていられない。
イキテナイ。
就寝の挨拶をさっき交わしたのに?
一気に身体中の力が抜けて桜は寝室の前の廊下にへたり込んでしまった。
ーー痛っ、、
感じた痛みに手のひらを見るとそこにはガラスの破片が刺さり、じわじわと血が滲み始める。
『カカカっ!見よ哀絶!
稀血がもう一匹現れたぞ
なんと喜ばしいことか!』
この惨状で明るい声色が響く。
桜は視線を向けて息を呑んだ。
人間を形どっているもののその姿は人間のそれとは明らかに異なって、額には角、そして手足が鳥の足の様な形になっている。
「っ!!!」
その異形はその場とは不釣り合いな明るさで持っていた肉塊を手放すと血が広がる床を平然と歩み桜へと手を伸ばす。
頭では逃げなければと思っていても、体が全てを拒絶している。叫ぶ事も動く事もやり方が分からない。
鋭い爪のついた手が振り上げられた。
一番上まで行けば
後は振り下ろされるだけ、、
『待て空喜、殺せば鮮度は落ちていく。
貴重な稀血が不味くなるのは哀しい。
動く気配もない。まずは逃げる気力のある、
さして珍しくもない者から始末しようぞ。』
ーー遠くで悲鳴が聞こえた気がする…
『おおっ、彼方にはまだ人間があるのか。
確かに鬼殺隊(奴ら)が来てしまっては都合が悪い。
哀絶っ!儂は向こうに向かうぞ!!』
バサバサと羽音をたてて空喜はその場から去って行った。
『アレは主の親か?
哀しかろうが、我らは人を喰らう。
それが鬼と言うのモノでな。
他を片付けている間に別れでも済ませるがいい』
別れも何も言葉を交わすことも、
視線を交わらせることすらもう出来やしない。
それでも哀絶と呼ばれた鬼は桜と母の残骸を残してしばし何処かへと消えていった。
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