選択2
ーー今はどれくらいの時間なのだろう…
そんな事を思いながら、履物を履いて入り口を開いた。空には月が登って煌々と辺りを照らしている。
これだけ明るく綺麗な月夜は、稀血の匂いで直ぐに喰われてしまうかもしれない。あまり頼りたくは無かったが、桜は懐刀を手にして外に出た。近くまで四鬼達が戻ってきているかもしれない。
ーー迎えに出て驚かせましょう。
数歩進んでそう意気込んだ矢先、強い風が吹き、桜の髪は大きく風に吹き流された。それと同時に髪にあしらわれていた物が飛んでいってしまうのが目に映った。
「っ!!だめっ!!返して!空喜さんの羽!」
ヒラヒラと右へ左へ蛇行しながら飛んでいく"それ"を懸命に桜は追い掛けた。手を伸ばしても、すり抜けてまた別の方へ、、
ーーもう、、それしか無いの、、
返して…私のっ
飛びかかるように伸ばし、手は飛んでいくそれをついに掴んだ。履物は脱げて、着物は汚れ、地面に付いた膝は擦ってしまって、多分傷になってしまった。それでも無くしてしまうよりも全然良い。
パリパリパリ…
「……え、、、?」
握った手から音がする、、
ボロボロと手の中で崩れていく。
慌てて座り直し、手の中の空喜の羽である筈のものを凝視した。暗い、けれど月の光で手の上のモノははっきりと見えた。
「…枯れ、、葉、、」
再び風が吹いて、手の上の砕けた枯れ葉を攫っていってしまった。残ったのは真ん中を通る、葉柄(ようへい)だけ。
知りたくなかった。枯葉でもなんでも良いから知らずに、四鬼達が生きていると思っていたかった。
ーー何も残っていない…
羽も、ぼんぼりも、輪も、、
月が雲にかかったのか辺りは暗くなった。
秋だと言うのに虫の声すら聞こえない。
「一人が辛いのなら、私と一緒にいたら良い」
「…詠さん、、」
月の隠れた闇夜の中、地面に座り込んだ桜を見下ろす様に、詠が立っていた。
桜の頬を涙が伝う。
鬼舞辻は、仇を討つ為に鬼になるか?と問い、目の前の詠は私と一緒に逝こうと言う。
半天狗、、四鬼達と一緒にいられるという選択肢を提示される事はない。
今なら目を瞑れば蘇る。
声も聞こえる気がする。
それでも、月日はどんどんその記憶もぼかしていってしまうのだろう。
ならばいっそ、鬼になって忘れてしまった方が良いのかもしれない。
詠と共に行き、生を閉ざして考える事を拒絶してしまえば苦しくないのかもしれない…。
ーー……でも、、
手の中の葉柄は確かに羽ではない。それでも確実に手の中にあった。
「私、四鬼さん達が帰ってこられないなんて考えた事
ありませんでした。
今でも、死んだと聞いても、実感はありませんし、
………信じたくもありません。
でも、そもそもが間違っていたのですよね。
四鬼さん達が帰って来ると言う事は、人が死ぬのです
そんなこと、望んで良い訳が有りません。
間違いなのだから神様は見逃してくれませんよね…
引き離されるのは当たり前です。
……でも、私が彼らを好きな事は変わらないですし、
私が人間のままで、生きていく事も
変わってはいけないんです」
「これからどれだけ生きても、好きな人に
会う事はできないんですよ?
涙を流し続けて、、そんな生に何の意味が
あると言うのですか?」
「…どうしてそんな意地悪を言うのですか?
私を置いて逝った貴方が言う事ですか?」
ーーずるい、、
私がどれだけ悲しんだと思っているのだ。
握りしめた手は力が入り過ぎて、食い込む爪の感覚が痛い。それでも、力を抜く気にはなれなかった。いっそ肌を破って傷をつけて仕舞えば良い。胸の中で痛む見えない傷より、見える傷の方が楽だから。
傷があれば胸の痛みも傷のせいに出来るから。
何度目か分からない大粒の涙が膝の上に落ちた。
桜
風が吹いて、髪を再び吹き流した。
紛れて聞こえた。そんな気がした。
呼ぶ名前。…すごく、、特別な、大切なものの様にすら思えて、葉柄を握るのと反対の手が触れる。
手の甲に一つ。目元に一つ。
痣の上に一つ。唇に一つ。
約束をした。"命の限り精一杯生きる"と。
四鬼達には"私が私であるから価値がある"と、そう言われ続けていた。そして、自害をしてしまったから、愛する人に触れる事ができなかったと泣いた女性を知っている。
確かに、一人で生きていくのは寂しい。
それでも、
ーー私は鬼になってはいけない。
自害をしてもいけない。
桜は懐刀を取り出すと、それをそのまま詠に向かって投げ付けた。詠の体を通り抜けた懐刀はガチャっと音を立てて地面に落ち、それを見た詠はとても驚いた顔をしていた。
ゆっくりと立ち上がって目元を拭うと、詠を睨む様に桜は見る。
「私は逝かない。黄泉へは行かない。」
「桜、、さん」
詠の目は小さなため息と一緒に閉じて、笑い声と共に開いた。見えていた輪郭は段々とボケて闇夜との境目が曖昧になっていく。溶ける様にその姿は無くなって、、最期に「…ごめんね」が耳に届いて姿は闇に消えてしまった。
ーーーーーー
ガチャガチャ!!!
音に驚いて桜の意識は覚醒した。布団から上半身を起こした状態で座っていて、目の前の床には懐刀が鞘から少し顔を出した状態で転がっていた。
『………桜?』
少し離れたところにいつも通り琵琶を抱えた鳴女が座っていた。顔は髪で隠れている為、彼女の表情は分からない。
鳴女から枕元に視線を移したが、やはり其処にも可楽のぼんぼりも、積怒の輪も無い。
「…月様はいらっしゃいますか?」
言葉にした途端にコポコポと湯の沸く音がして、鬼舞辻は透明な湯を不思議な器具を使って焦茶色の香ばしい液体へと変化させた。
紅茶であれば実家で見たことがあったが、色も香りも紅茶とは異なったものだった。
その飲み物をカップに注いだ後、鬼舞辻がこちらを向き、目が合う。
所作が綺麗で目を離せなかったと気づいて、桜は慌てて居住まいを正すと、改めて鬼舞辻を見上げた。
また溢れ出しそうな涙をぐっと堪える。
「月様。私、用済みで良いです。
人間で居たい。青い彼岸花を探したい。」
『鬼にならないなら殺す、、、そう言うと
思わなかったか?』
「……私、稀血ですものね…。
……でも、、嫌です。嫌なのです。
、、、約束をしたから、、」
無惨がフッっと息を吐く音が聞こえた。笑ったのかと少し思った桜だったが、無惨の表情は変わらない。
『生憎だったな。
稀血の小娘一人喰った所で、私は何も変わらない。
何処へなりと行け。』
「……良いのですか?」
『半天狗の手付きなど、稀血だろうと御免だ。
これ以上手を煩わせるならば、殺して野良犬にでも
くれてやるがな。』
今すぐに此処を去れと言う意味を察して、桜は感謝の気持ちで鬼舞辻に頭を下げた。
頭を上げて顔にかかった髪を端に避けたのと一緒に髪を触る。
やはり其処には空喜の飾った羽もなくて、、また、涙が粒となってはらり落ちて行った…。
ーーーーーー
隠れていた月が雲を抜け、辺りを明るく照らし出す。
もう守ってくれるものは誰も居ない。それでも"精一杯生きる"と決めた事に後悔はない。
「さあ、、行きましょう」
風呂敷包を一つ抱えて、自分の為にあえて言葉にして足を前に出した。
堪えていた涙が溢れても、足を止めない。
ーーただ、、もしも青い彼岸花を見つけられたら
不要でも報告しに行っても良いですか?
きっと答えは返ってこない。だから言葉にはしなかった。進める足は何処か目的地があるわけではなかったが、一先ずは人の住む町や村を目指して歩き始めたのだった。
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