その夜3
積怒の斬られた腕は炎を上げる。
ーーあの童子、さっきより更に早くなった…
「おのれ!」
直ぐには再生しないと思いながらも、積怒は腕の再生を何度もしようと試み、同時に他三鬼に目を配る。
鬼殺隊の童子は、勢いをそのままに空喜に斬りかかり、鬼の女は槍で木の幹へと縫い止められた事を逆手に取って哀絶にしがみつくと、己ごと炎を上げた。
積怒の腕はまだ再生しない。
ーーまずい。可楽、、可楽!!
可楽に頼るなど、腑(はらわた)が煮えくり返るほど積怒は腹立たしい。しかし、今回ばかりは腑を煮ている余裕も無い。ただ必死で、可楽の姿を目で追い、団扇で童子を打ち伏したのを見たことは安堵すらした。
『カカカッ童子は土遊びが良う似合う。
楽しいのぅ』
可楽は鉛玉を飛ばす童を仕留めようと、視線を足元から離し団扇を振り上げた。
ボッ!
腕から炎が上がり、団扇が持ち手と扇、別々に手からこぼれ落ちる。
ーー楽しく無い…腹の底がじわじわ熱を持ち…
『この餓鬼!!』
地に伏す童子を蹴り飛ばした。
「玄弥ーーーっ!!右側だ!南に移動してる!
探してくれ!!」
ーー童子には主様が見えている?そんな筈はない。
適当に言うて居るのじゃ見つかる筈など無い。
『ヒィィ…ヒィイイ!!』
ーー馬鹿な!…主様っ!!
『ギャッ!』
刀の音、鉛玉を発射する音が続いて響く。
ーー主様が己らに何をした…
部屋に入っただけで、何もしておらぬ…
何故斬られなければならなかった?
何故蹴り飛ばされなければならなかった?
何故奪われなければならぬのだ!!
欠けた腕のまま、湧き上がる怒りで積怒は童へと飛び上がった。
ーー腕が戻らぬなら蹴り飛ばしたって良い。
腹立たしい…腹立たしい!腹立たしい!!
半歩が、
"届かない"積怒はそう感じた。
ーー戻れ!!再生しろ!!殺せぇ!
シャン!
積怒は錫杖の音と戻る手の感覚に、僅か口の端を吊り上げた。
ーーこれで終いじゃ。
童の首の後ろ僅かに、積怒の錫杖が迫る
ーーーーーー
『ぐっあ"!!』
哀絶は桃色の炎に包まれて声を上げた。
槍の先は木の幹に刺さっている上、鬼の女は逃すまいとしがみつき、身体を揺すっても離れる事は無い。
ーーせめて何か残してくる事が出来たなら、、
《人の幸せを願うなら、何故自分が居ないとダメだと
思ってくれないんでしょうか。
何故"一緒に幸せ"な道を探してくれないのでしょうか
懐刀一本残して、
私にどう幸せになれと言うのでしょうね?》
《生きる事を手放す彼らが嫌いなんです。》
それは桜が積怒に話した事。陽に焼かれる事も厭わず飛び出した積怒の後ろ姿を見ていた。
桜を渡したくは無い。それでも少しだけ敵わないとも思ってしまった。
二人の姿を見ていられなくなって一度はその場を離れたけれど、また引き寄せられるようにあの窓辺に戻ったから知っている…。
桜の思いを知っている。
《帰って来てくれなければ
嫌いになってしまいますからね…》
ーーそれは悲しい。嫌われてしまうのは嫌じゃ…
哀絶は槍を握り直す。敵側が此方の逆手を取ろうとするならば、更に逆をついてやれば良い。哀絶は足に力をこめると、鬼の女にしがみつかれたまま木に体当たりをした。勿論木に激突するのは鬼の女であり、哀絶では無い。
桃色の炎は止み、背に回っていた足は力無く垂れ下がる。一人後ろ下がって幹から槍を抜き去ると、槍の先にはまだ鬼の女が引っかかっていた。
『フンッ』
今なら積怒の苛々というモノが少しだけ理解できる気がした。槍を薙ぎ払うと、引っ掛かっていた身体は、肉を割きながら槍から外れ、木にぶつかってずり落ちて行った。
ーー人ならば楽に死ねたと言うのに。
鬼というモノは哀しいのぅ…
『ヒィィ…ヒィイイ!!』
ーー主様っ!!?
童に飛びかかる積怒を追う鬼殺の童子を、哀絶は見た。積怒の頭には血が昇っている。気付く事はできないだろう。
そしてそんな事よりも、主様を逃さなければいけない。
『後で、道連れにしおってと
積怒が怒り狂うやもしれぬな…』
ーー同じ細胞の儂の攻撃は積怒にはきかぬというのに
怒られ損という奴じゃ。
哀絶は童子の姿を追いかけた。哀絶の追走に気づき振り向い童子の顔は驚きに引き攣っていた。
『激涙刺突。』
手応えを感じて哀絶は、人間の命は儚いモノだと目を伏せた。僅かな枯葉と砂埃が眼前を舞っていた。
「玄弥!!」
ーー何?、、またあの童か!
目を向けると身体中を穴だらけにして尚、鬼狩りの童は立っていた。
ーー身代わりになったとでも言うのか。
間を置かずに童の握る筒が、破裂音を上げて鉛玉を飛ばす。それを避け、童子を追おうと体の向きを変えると、足元に鉛玉が食い込む。
「テメェの相手はオレだって言ってんだろうが!」
『弱者の半端者に興味などない』
童の欠けた体はみるみる元の形へと戻る。だがそれ以上に哀絶は他の事に驚き、目を見開いた。
両手を掲げた積怒に、可楽と空喜が引き寄せられ、その身が潰れ、吸収されていったのである。
ーー儂は嫌じゃ、、無理矢理吸収して仕舞えば
直ぐに戻る事は叶わん。
『桜と約束したではないか…』
積怒が来る。哀絶は反射的に逃げ出したくなった。しかし足は動かなかった。
感情の中で一番強いモノが怒りの感情であったが故か、頬に光る線を見てしまったが故か…
ーー目覚めた時に桜の傍におると…
儂は儂のままで居りたい。
積怒もその筈じゃろうが!!
想いは言葉にならないまま、哀絶の体も潰れ積怒の体の中へ吸収されてしまった。
ーー哀しい…哀しいのぅ…
ーーーーーー
真っ暗空間に、うっすらと黄色、緑、青、そして赤みを帯びた光がそれぞれ浮かんでいる。
『積怒…』
『五月蝿いっ!!このままでは、主様を守ることすら
できなくなってしまうと言って居ろうが!
主様さえ、主様さえ生きて居れば…』
『…桜との約束はどうするつもりじゃ』
『ぅっ、、、、、』
『………諦めては、、ダメなのじゃ、、
生きる事を、、主様を生かす事を、、
…諦めては、、』
ため息が一つ。空気を変える。
『なれば儂らは内より協力するしか無いのぅ。
可楽と混ざるなど喜ばしい事は何一つないがな!』
『もとより儂らは一つ。そして、目的も同じじゃ…』
『カカカッ奴らに、目にもの見せてやろうぞ!
その為の采配じゃろう。な。』
『…憎き鬼狩り』
その四つの光は混ざり合い、黄色掛かった光となって暗闇に浮かぶ。それはまるで夜空に浮かぶ月光の様。
ただ月と違うのは、他の光の反射ではなく、それ自体が発光していたこと。
その光は四鬼の意志。
愛する人の元へ帰るという揺らぐことの無い意志。
ーー諦めたりせぬ。のぅ。桜。
-
ページ: