選択4


手紙と試験管が桜の手に渡ると鴉は羽を広げて飛び立った。一人になって一度試験管に目配せした後、桜は妙な緊張感を抱きながら手紙を広げた。

{ 桜さんお久しぶりです。
  あんな別れ方になって後悔していました。
  でも、鬼殺隊より鬼を選んだ事はやっぱり複雑で
  あの時の私に偽りはありません。

  でも、桜さんが言った
  鬼を人間に戻す薬を作ったのです。
  鬼舞辻を倒す為にも、
  禰󠄀豆子さんを人間に戻す為にも必要だったから。

  悔しいけれど、一人では出来ませんでした。
  鬼の女性と協力したのです。
  腹は立ちました。自分では思いもよらない調合で、
  でもそれがうまくいったり、苛々もしました。
  気持ちの整理はつかなくても、彼女の思いは
  ただ"鬼、人間"と区別していいものでは無い
  徐々にですが、そう思えて、、
  もっと早く、この考えに辿り付ければ良かった…
  そう思った時に桜さんの顔が浮かびました。
  その時に、薬が出来上がったら必ず届ける。
  そう決めたのです。

  大量に作れなくて鬼を片っ端から人間に戻す事は
  不可能ですが、せめて桜さんが思いを
  寄せる方と私達が敵対せずいられたら良いです。

  たとえ人を食べた鬼でも、私は桜さんと想い人を
  受け入れたい。

  近々、鬼舞辻と戦う事になるでしょう。
  読む頃にはもう動き出して居るかもしれません。

  私達は必ず鬼舞辻を討つ。
  鬼舞辻が消滅すれば、鬼も消滅します。
  だからどうか、それまでに薬が桜さんに届く事を

  切に願っています。  胡蝶しのぶ }


「……もう、、必要がないの、、、
 私には必要無かったの、、、」

だって、彼らは彼らのままで生きていたかったのだから。そもそも、もう彼らはこの世に居ないのだから…。
手に乗る試験管は光を受けて、きらきら希望が満ちた色に見える。それは少しだけ眩しく思えて目を細めた。

《近々、鬼舞辻と戦う事になるでしょう。
 読む頃にはもう動き出して居るかもしれません》

「、、藤の、、毒、、
 それに、、、月様、、」

桜は手紙と試験管を荷物の中へ押し込むと彼岸花の絨毯に背を向けて走り出した。獣道を躊躇う事なく駆け降りて更に走る。

嫌なのだ。単純に。
戦えば必ず誰かが命を落としてしまう。
そもそもしのぶは死ぬ事で仇を討とうとしている。

ーーやっと向かい合って話せる気がするのに…

鬼だって簡単ではなくても死ぬ。
だから四鬼達も居なくなってしまった。
少なくとも、もう自分が関わった人も鬼も死んでほしく無い。
"何も出来ない"そうと分かっていても、動き出さずにはいられなかった。


ーーーーーー

走れど、走れど辿り着かない。
当たり前だ。何日かけてここまで移動したと思ってるのだ。でも、四鬼達と一緒に過ごしたあの場所からしか鬼舞辻の城に繋がる場所は知らない。
ならばそこに行くしか無いのだ。

早く、、早く、、


「っあっ!!」
落ち葉の積み重なった坂で足が滑り重力のまま地面に引き寄せられる。ふかふかした落ち葉は地面に激突の衝撃を和らげたものの、直ぐに立ち上がることが出来ない。
喉の奥は乾いてヒューヒュー音が鳴り、走り続けた体はあちこちで悲鳴を上げる。

呼吸に集中するものの、目の前が霞んでいく…

ーー動きたいのに、、

「…もう、、誰も、、居なく、、ならないで、、」

涙が一つ線を引いて、桜の視界は暗転した。

ーーーーーー

子供の声が聞こえた。
泣いている声、笑っている声、怒っている声、喜んでいる声、怯えている声、いろんな声。

手に持っていた洋燈の明かりで照らして見ても子供の姿は見えない。
一つの声に向かって歩いて行こうとした時、桜は手を引かれた。驚いて振り返ると、一人の子供が桜の手を掴んでいた。

「そっちじゃ無いよ。あの子達は"まだ"。」
「……?」
「先生は、、、桜先生はあっち。」

子供の視線を追うと明るい光が浮いていた。
「うん。あれだよ。
 大丈夫。皆、先生と会えるから」

その子は桜から洋燈を受け取ると、またねと小さく手を振った。

桜が浮かぶ光に近づいたのか、光が桜に近づいて来たのか、暗かった空間は一気に光に包まれてその眩しさに桜は目を閉じた。


ーーーーーー

目を開けると知らない天井が広がっていた。
起きあがろうとすると、関節中から軋んだ音でも出るのでは無いかと思えるぐらい、あちこちが痛かった。
それでも、身体を起こして辺りを見回す。

ーーここは何処だろう、、荷物はある、、

布団を出て襖の先を見れば良いのだろうが、今の状況から、少なくとも危険な状態には無いので、先に体をほぐすために座ったままゆっくりと体を動かし始めた。

ーー直ぐに月様のところに向かわなきゃ…

人間は弱い。鬼になりたいわけでは無い。
でも、一人でも生きていける様に強くなりたいと思う。
溜息が一つ溢れたのと同時に、突然無遠慮に襖が開き、歩き始めて少し経ったくらいの子供がトテトテと桜に向かって歩いてきた。しかし、桜に辿り着く前にカクンと膝をつく。それでも起き上がって辿り着くと、満面の笑みを浮かべて小さな手を差し出した。
 


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