選択3


『良かったのですか?』
『私のする事に異を唱えるのか?』
『いえ。異論はございません』
『ただ、、驚いただけです』

鬼舞辻は鳴女の言葉を聞き流しながら、鬼の感覚で少し前の記憶を思い返していた。

人の世に紛れて生活をしていたある時分、人に紛れて生活するには付き合いと言うものも存在し、ある日、空が白んで来てしまったのだ。
行動に制限を掛けられた鬼舞辻は建物の影に身を潜めた。しかし、それが失敗で、裏道のどこを進んでも鬼殺隊に遭遇してしまう。
殺して仕舞えば良いだけのことなのだが、虫の様に湧いて来るアレ等をいちいち相手にするなど面倒くさい事この上ない。

そんな時、突然幼女が現れた。かと思うと、その手には握りしめてしまった為か、首を傾げた黄色い野花が握られていた。
幼女は満面の笑みを浮かべてその花を差し出した。
「これ、あげゆ(あげる)」

転んだのか、膝に傷を拵えて、それでもその子は笑っていた。

一瞬なぜこんな時間にこんな子どもが?と疑問に思ったのだが、世間は新年を祝う催しでざわざわとしていたことを思い出し、おおかた、初詣の帰りにでも親と逸れた子どもなのだろうと結論づけた。

傷口から甘い匂いが漂っている。

ーー稀血?
  丁度良い。

  手を離してしまった事を悔やむが良い

その時、少し近くでガチャガチャと言う金属音と走り回る足音がした。鬼狩りが近付いている。
人出が多い時分、それを狙った鬼を人数を掛けて狩り回っているのだろう。

ーー鬼狩りか…。
  早く此処を離れなければ、、

目の前の幼女が、思考に浸っていた鬼舞辻の目をじっと見つめていた。
何かを思い出した様に体の向きを変えると、鬼舞辻に興味を無くしたのか、どんどんと離れて行く。その姿は角を曲がって、鬼舞辻の視界からは完全に見えなくなった。

ーーっ…喰い損なった…

手に残ったぐったりとした花を見て、それを放り捨てようとした。
「うわわわぁぁぁぁー、おかあぁぁしゃまぁぁ!
 おとしゃまあぁぁあ!」

その声はきっと先ほどの幼女。大きな泣き声を上げて人を呼ぶ。
あちこち駆け回っていた鬼殺隊の足音もその声に引き寄せられて集まって行き、鬼舞辻には退路が生まれた。

きっとただの偶然。

それでも、放り捨てようとしていた花は再び手の中へと戻り、生じた退路を使って、鬼舞辻も鬼殺隊を避けてその場を後にした。

ーーーーーー

パラパラと鬼舞辻の手が分厚い本を捲る。
途中のページで手が止まった。

カラカラになって、所々ページに張り付いた花が其処にはあった。決して綺麗と言える状態では無い。
そっと鬼舞辻がその花に触れると、パリと小さな音を立て形が崩れた。

『借りは返した…』


ーーーーーー


秋が深まり、彼岸花の咲き誇る季節がやってきた。
桜は前もって準備をしていた資料を参考にしながら青い彼岸花を引き続き探している。

医者としての知識を活かし人を助け、その代わりに食住を助けてもらう行脚生活。慣れない事は多いが、それでも"精一杯生きていた"
今日は前もって調べた場所ではなく、地元の人に聞いた彼岸花の群生地を目指して山道を歩いている。
道といっても獣道で、決して足場はいいとは言えない。
坂を登り終え、ガサガサと雑草をかき分けると、一気に目の前が開ける。

眼前には赤の絨毯が広がっていた。

「………青では、、ありませんでしたか、、」

少しがっかりとして、大部分が安心していた。
見たい、見つけたい、それは本当の事でも、青い彼岸花は桜にとって最後の生の目的になっていた。
目的地を見つけてしまったら、今度は何を目的に生きていったら良いのかまだ分からない。
だから、見つかって欲しくて、見つからないで欲しい。そんな複雑な物なのだ。

「少し疲れました、、」
誰も居ないのを分かっていながら、呟き近くの木に寄りかかって目を閉じた。


   不用心に!こんな所で寝るなど腹立たしい!!
   桜が熊や猪に襲われてしまっては哀しい…
   カカカッ!楽しく追いかけ合うやもしれんぞ!
   襲われるでなく動物にも好かれるならそれも
   喜ばしいな!


   ああ、やはり愛おしい。


さわさわと赤の絨毯が風に揺れる。
光を浴びてキラキラ輝いていた。


「……?」
瞑った目の前で光がチカチカして居る。陽光を何度も何度も遮ったり、当てたりを繰り返す。
誰かが目覚めを誘発しているらしい。
体を揺すった方が早いだろうに…と思っていると、手の上に何かがふわっと落ちてきた。
反対の手で落ちて来たものに触れると、その感触には覚えがあり、意識は一気に覚醒した。

落ちて来たのは羽。

「空喜さんっ?!」
手の中も見ずに、立ち上がって周りを見渡す。
ーーどんな姿だって良い。
  今度は私が見つけ出すの。

しかし、目に映るのは光の中で揺れる彼岸花の絨毯。ぼーっとその景色を眺め"居ないこと"を認識し直す。
そこでやっと、手の中を見ると羽は羽でも真っ黒の鴉のものだった。

「こんにちは。桜さんですね。
 正直驚きです。本当に貴女は人のまま生きている。」
声に視線を上げると、木の上に鴉が留まっていた。鬼殺隊に身を寄せていただけあって、今更鴉が喋る事に驚いたりしない。
ただ警戒心が湧いて体が硬くなる。
「大丈夫ですよ。鬼の元を選んだ貴女を咎めようとか
 そう言ったものではありません。
 私は蟲柱胡蝶しのぶより桜さんに届け物をしに来た
 だけです。」
「……と、届け物ですか?」
その瞬間に血が一気に引いて行くような感覚を覚える
「しのぶさんに何かあったのですか?!!」
相容れなかったとは言え、姉妹の様に過ごした彼女の身を案じないわけでは無い。死戦に身を置いて居ると知って居るからこそ、胸の奥が騒ついて仕方がない。

「彼女は生きています。
 しのぶ本人に託されて来たのです」
よく見ると鴉の首飾りの背側に紙が結付けられ、そして足に栓をした細くて短い試験管が結われていた。
桜に受け取る意思を見ると、鴉は木の上から桜の前へ降りて頭を下げた。取ってくれという事なのだろう。

桜は深く息を吐いて鴉に手を伸ばした。
 


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