選択


『無惨様、桜が目覚めました』
部屋の仕様は変わっていないのに、何故か嫌な感じがするのだ。増血剤を飲んで休んだはずだったが、睡眠薬が残ったのか体が重い。

上半身を起こして、声の主である鳴女が視線を向けている方へ視線を向ける。
そこには、また分厚い本に目を落とした月様こと、鬼舞辻無惨の後ろ姿があった。

ーー 一番初めは…

『半天狗が死んだ』

ーー 四鬼さん達じゃなきゃいけないのに…

『鬼狩り共に殺された。
 花札「きっ!聞きたくありません」

鬼舞辻が本を置いて桜を向く。
刺すような視線に両手が震えた。

『聞こうが聞くまいが、事実は変わらない。
 太陽を克服した鬼が居る。だからもう
 青い彼岸花も必要ない。

 お前は用済みだ』

頭の中を鬼舞辻の言葉が回り続ける。半天狗が死んだ。鬼狩りが殺した。と何度も何度も音として繰り返す。

ーー聞きたくない。

頭が鷲掴みにされるように痛い。頭を抱えて背を丸め、閉じる事を忘れた瞼で、膝を隠す掛け布団だけがぼんやりと映る。

『鬼となって半天狗の仇を討つか?』
ーー仇?…鬼になるの?私が?

「…わ、、わたしは、、」

言葉を紡ごうとすればするほど、喉の奥に何かが引っかかって音にならない。

《半天狗が死んだ》

遅れて理解に至るその言葉は、直接頭に聞こえ、桜の体は崩れ落ちる。布団を握って、悲鳴のような声をあげて、子どものように涙を流す。
悲しい。悲しいから、、体裁なんてどうでも良かった。


ーーーーーー

《ガシャーン》

耳に残っている音がある。
あれは母の大切にしていた花瓶が割れてしまった音。確か父との何かの記念に特別に作ってもらった品だったと思う。

あの時母はどんな顔をしただろうか。
父は何と言って、私と母を宥めただろうか。
その辺りは何も覚えていない。

ただ、割れてしまった物は元には戻らない事を
子どもながらに胸に刻み付ける、そんな音だった。



目の前が明るく、眩しくなって薄ら目を開く。ぼんやりと写るのは、白を基調とした部屋。
寝台の上で、枕を背に半身を預けて座っていた。
窓から下がる窓掛けが、外の光を纏って風で波のように行ったり来たりを繰り返す。
ーー蝶屋敷…これは夢ね…

腫れぼったくなった目は重くて、小さく溜息をついた。

廊下から、突然ガチャガチャという何かが落ちる音がした。
「刀を落とすなんて森景は何を考えてやがんだ!
 ええ?!!!」
「手が滑ってしまう事だってあるだろう?
 そもそも今は仕事の途中だから、直ぐに見れないって
 言ったじゃ無いか。それを無理矢理寄越すから」
「ああ、そうですかー。刀は要らないって話ですかー。
 じゃあ良いですよー。お前にもう刀は打たねー。」
「何を子供みたいなことを言ってるんだよ。
 刀が好きなのは分かっているが、こちらの都合も
 少しは考えておくれと言う話だ、、

 おや、、桜さん。目が覚めたかな」
「……よ、詠さん?」

部屋の入り口に顔を見せたのは、森景詠。そして後ろにひょっとこお面の鋼塚が居た。
詠の手には銀色のトレーに綺麗に巻かれた包帯と軟膏の入っているらしい小瓶が並んでいる。
「鋼塚、先に診察室前に行っててくれ」
「俺はどこも悪く無いっ!」
「火傷。軟膏位塗ってやるって言ってんの。
 良いから先に行ってなさい!」

詠は桜の居る寝台まで来て微笑む。
「おはよう。ご飯は食べられるかい?
 お粥さんと炊いたご飯どちらがいいかな?
 そうだ、りんごを頂いたから、食べられるなら
 切ってあげよう」
「りんごは医者要らずでしたね」
「そうだよ。医者は要らないんだ」


「どうして私の夢にいらしたのですか?」
「桜さんが泣いていたから。
 貴女が笑っているのなら、鬼殺隊でも、鬼の所でも
 どこで生きていてもいいと思う。…けど、
 桜さんは泣いていた。私も見たことないくらい
 声を上げて、涙を流して……
 辛い、痛い、悲しいと泣いていたんだ。」

詠の手が桜の頬に触れる。冷たい手に驚いて桜の肩が揺れると詠は少し悲しそうに微笑んだ。

「一緒に行かないか?
 もう、あの鬼達は居ないのだろう?
 一人は寂しいだろう。だから私が一緒にいるよ」

今度こそ。

「…詠、さん」

何か異変を感じたのか、詠は辺りを見回して再び桜に目を戻した。
「・・・・・・・。
 また、来るよ。その時まで考えておくれ」

頬にあった手は離れ、頭を撫でられた。
その手は冷たくも、とても優しかった。


ーーーーーー

ふわふわと微睡の中、夢と現の境は曖昧で、桜は自分が起きているのか寝ているのかよくわかっていなかった。横になったまま、光の入らないその部屋をぼんやりと眺めている。

瞼が重くて、再び目を閉じて愛しい人達の名前を心の中で呟いた、、

《半天狗が死んだ》

それは何の前触れもなく投げ込まれた石の様で、桜の心は大きく波打った。
嘘だ、嘘だと言い聞かせながら、その手は縋るものを探して辺りを彷徨う。

しかし、手には敷布と布団の感触ばかりで、何度も触れられた手はおろか、眠りにつく前に枕元に置いたはずの可楽のぼんぼりと、積怒の錫杖の輪っかにも辿りつかない。

「…無い、、無いよ、、」

あれらだって、彼等の細胞の欠片であるから、居なくなってしまったら、消えてしまうと言う理屈は分かる。でも、理屈の問題ではない。
"当たり前"ではなくたって良い。だってそもそもが当たり前の関係ではなかったのだから。
縋っていられるものが欲しい。

ーー 一人は嫌、、

「…羽っ!」
せめてそれだけでもと恐る恐る髪に手をやると、カサッと音がして確かに髪を飾る物があった。

ーー羽が有るなら、無事。生きてる。
  生きてる。また会える
  一人じゃ無い…。

今直ぐ会いたくて、布団から起き出し、慣れ親しんだ廊下をふらつく身体を壁に手をついて支えながら歩を進めた。
 


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