一目惚れ5
根元が抉れた一本の木。
多分これは桃の木だと思う。
なぜ知っているのか、、それは生物部で…というより、青葉に与えられた知識の一片である。
半分枯れているように見えるが、もう半分は枝先にピンク色の膨らみを沢山付け、今か今かと春を待っているようだ。
『なんじゃ、彼奴(あやつ)はまだ臍(へそ)を曲げて
おるのか?ここにも来ておらぬとは。』
「?」
木の陰からひょっこり顔を出した彼もまた、直ぐに人ではないと気付く。そして前者の二人でもない。表情が明るいものの、前回の彼よりは若い印象で、でもそんな事より手足、そして背に羽を生やした異形の姿だったからだ。
『全く。こうして繋がったというんに、勿体無いのぅ。』
木の陰から完全に姿を現すと、彼の背負う羽が全て見えるようになり、一枚一枚羽の並びがとても綺麗だと思えた。
続いて『桜!』と名前を呼び投げて寄越されたのは真っ赤な林檎、そしてオレンジ色の柿だった。
「……?」
ーー…あ、りがとう、、ございます…
咄嗟にお礼のつもりで頭を下げたものの、果実とその人を交互に見比べるばかりで、口に運ぶ様子は桜にない。
『…桜。
儂は羽はあるが運び屋ではないぞ。
確かに目見えるは久しぶりで、驚きもしておろうが
手ずから用意した物を受け取っただけで
礼を言われるより、口にして美味いなど
言ってもらった方が儂は喜ばしいのじゃが?』
目の前に移動すると、その顔は両手を後ろに組み腰を曲げて、覗き込むようにずいっと桜に近づいた。
《りんごを食べたアダムとイヴは楽園を追放されて…》
不思議と思い出した自分の言葉で、りんごではなく、柿の方を口にする事を選んだ。
追放などされたくない。一緒に居たい。
ーー甘い。
感じた味覚と一緒に、突然目頭が熱くなって涙が湧いてくる。
『桜?!』
「っ!」
慌てて顔を隠し、しゃがみ込んで顔を伏せた桜だったが、隠した涙は止まってくれない。
『お、美味しく無かったか?渋い柿じゃったか?
食べたくなかったか?すまん…
少々意地の悪い事を言ってしまった。
…許してくりゃれ…』
明るいながらも、困った声色が聞こえ、桜はふるふると首を振った。
ーー違う。そうじゃない。
声が出ない事が悔しい。
少し顔を上げて、潤んだ視界の端に映る鳥に似た足。
ーーどうしてこの人は、
他の方と違って距離を取るのだろう…
《儂の手は他と違って…》
ーー私の記憶ではない、、、でも、、
「………っ。」
しゃがんで顔を伏せたまま、りんごを隣に置くと、食べかけの甘い柿を頬張る。夢だからか、ありがたい事に苦労もなく食べられ、手も汚れなかった。
涙は止まって、拭って、顔を上げる。
『…桜…?』
笑顔を向けて手を差し出す。
ーー手を取ってくれますか?
『……カカッ!これは喜ばしい』
1、2歩開いた距離は近づき、その手は桜の手を救い上げる。見た目に反して優しく握り、桜を立たせると、重ねた手を目線の高さに上げて、桜の手の甲に唇を落とした。
それは手も心もくすぐったくて、つられるように顔が綻んだ。
ーーーーーー
昼はいつも通りに蜜璃と一緒だ。
今日も彼女のニコニコが止まらない。
「なっ、なんですか?」
「ううん。なんでもないの。
ただ、最近の桜ちゃんがとーっても可愛いなぁって
そう思ってるだけよ」
蜜璃のニコニコの笑顔は、桜の恋心を喜んでくれている物で、桜も心に花が咲くように暖かい気持ちになるのだが、でも、それは夢の中の話で、自分が作り出した幻想で、申し訳ないような気にもなった。
ーー正直、唯の痛い子だものね…
キュッと胸の奥を締め付けるような痛みを頭をブンブン振って吹き飛ばした。
「そう言えば蜜璃さんは、大正の時代に
鬼が居たって信じてますか?」
「…鬼?」
「小さい頃、言われませんでしたか?
夜に一人は鬼に食べられちゃうぞーとか、
鬼狩り様が退治してくれたとか、、そんな感じの…」
「そうねぇ…。実際の事は分からないけど、そうやって
引き離された想いがあったかもしれないと思うと
悲しい話よね…」
視線を空に、遠い場所を見ているようなその顔に、桜は蜜璃がどこかに行ってしまいそうなそんな気がして、彼女の腕を掴もうと手を伸ばしていた。
しかし、その手が蜜璃に届く事はなく、空から戻ってきた視線にハッとして慌てて手を引っ込める。
「でも、突然どうしてそんな事聞くの?」
「あー。えっと、、
"桜さん"の手記に記述があって、、
鬼殺隊に、鬼、、痣と、あと、産屋敷?」
「産屋敷って、あの、超高齢の?」
「珍しい苗字ですし、年齢を逆算すると
そうだと思うのですけど、、、好奇心があっても
ツテが無くて、、」
うーん?と少し考える仕草をした後、蜜璃は何か思いついたのか、いつもと違う笑い声を上げた。
「ふふふふふっ!」
「み…?蜜璃さん??」
「ならば私に任せなさーい!」
椅子から立ち上がって片手を腰に、もう片手を胸にやって意気揚々と口にしたものの、その声の大きさに周囲の生徒が「なんだろう?」と視線が集まった。蜜璃の顔はみるみる赤く染まり、視線から逃げて背を丸く椅子に縮こまる。
「、、大丈夫ですか?」
「…ええ。大丈夫よ…。
あれは確か…」
気を取り直してピンクの手帳を取り出すと、細い指がペラペラとページをめくり、そして止まった。
「まぁ。丁度良いわ!
今度の休日、空けておいてね。」
「え?!。あ、はい。必ず。」
「ふふふ。肉体労働して貰うから、覚悟しておいて」
魔女か何かを真似しているつもりなのか、悪い事でも企んでそうな笑みを浮かべて、指をうねうねさせた両手が体の前でそれぞれ8の字を描くような不思議な動きをしていた。
ーー大丈夫なの、、かな…?
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