足りないモノ4
「、、やってしまった…」
「どうしましたか?」
帰り道、財布を出そうとして荷物の中に紛れ込んだ物を見つけた。それはあの屋敷の中で見つけた懐刀。大声に驚いて、無意識に慌てて荷物の中にいれてしまったらしい。
大っぴらに出しては銃刀法違反で、追いかけられても文句は言えないので、人が少ない公園に場所に移動した後、ベンチに並んで座り、その懐刀を青葉に見せた。
「これ、、どこで?」
「あーー、その、、さっきの建物の中で、、
ち!違うんですよ!好奇心で持ってきた訳じゃなくて
気づいたら入ってたと言うか、無意識に…」
「…似てる?、、いや、同じ?」
「……?なんですか?」
「曽祖母の持ち物にこれと似たものがあったんですよ」
「…は、はぁ、、、ん?、えぇぇ!!」
「…そんな、、気が、、んー、勘違いかなぁ…」
桜は青葉の両肩を掴み小声で、その是非を問いただす。しかし。青葉は普段植物にしか使おうとしない頭をフル回転して、記憶を辿っている様だが、追いつかない思考回路にプルプル震え出していた。
「こんな所でイチャイチャすな!アバズレが!」
「、、はぃ?!!」
身に覚えのない言われようと、聞き慣れないが酷い事を言われたんだろうという言葉に驚き、声に目を向けると、そこには黒いランドセルを背負った低学年位の少年がこちらを睨みつけていた。慌てて青葉の肩から手を離すと、まだ頭がショート中の青葉を放って少年に近づき、しゃがんで目線を合わせた。
「えっと、、勘違いしてますよ。
イチャイチャする様な関係ではありませんし、
それに、私は誰から構わず手を出す様な…
って、私、子供相手に何言ってんだろ…」
「そんな間柄で無いのに、肩を抱くなど、やはり
アバズレではないか!」
ーー古風なんだか、ませてるのか、よく分からない子…
「ですから。それは、勘違いですので、
気にしないでください。」
納得が行かないのか少年は頬を膨らませて走って行ってしまった。
「…先輩、、なんだか疲れました。
もう帰りましょう。」
家に帰ってからも、走り去っていった少年の顔がチラチラと過り、何だか複雑な心境のまま、桜は眠りについたのだった。
ーーーーーー
夢の中でもまだ、心の中がざわざわする。
暗いトンネルの中を歩いていた。先に光があるので、そこに向かっているはずなのに、どれだけ足を進めても、その光に近づいているという視覚的感覚がない。
ーー暗闇は嫌。だって余計な事を考えてしまう…
自身も惹かれているのに、夢の彼らが見てるのは私ではなく"桜さん"で、、いくら名前を呼ばれても、どれだけ抱きしめられても、幾つ唇が触れても、それは私に与えられるものではない。"桜さん"を羨ましいと思ってしまう。
ーーせめて話すことが出来たら、、
人違いですよって言ってあげるのに、、
ひゅーと音を立てて風が通り抜けると、頬が冷たい。その冷たさに違和感を感じて触れた手は、簡単にその理由に行き着くことができた。いつのまにか流れ出していた涙は頬に線を付け、その雫はいくつも、いくつも零れ落ちる。
ーー自分の事が腹立たしい、、
気付いて仕舞えば、顔が引き攣ってしまう。両手で覆って、顔を隠した。誰が見ているわけでもない。それでも、そうせずにはいられない。
ーーみっともない。他人を羨ましがるなんて。
それも昔の人。同じ時代(ステージ)
にすら立つこともできないのに。
あんなに想われて…敵いっこないのに。
「…こんな事なら"好き"なんて感情、
知らなきゃ良かった…」
言葉は続かない。嗚咽で言葉になんてできない。
ーー私では"桜さん"に足りない。
『…泣くな。腹立たしいじゃろうが。』
上から降ってきた声は、語調が心なしか強く、まるで責められているようにすら感じる。
でも、それが今は救いのような気がした。
偽物の桜である事が腹立たしいのは自分も同じだったから。
ーー早く、偽物だと気付いて
好きに罵倒でもして。
お前じゃないと突き放して。
いっそ騙したなと傷付けて…。
人違いは、、苦しい。
これ以上、心を連れ去らないで…
苦しい、苦しい、苦しい、苦しい…
ただ、苦しい。
息は詰まって、視界は水の中に居るみたい。
『じゃが、、だから…見つけた。』
「ーーーーーっ、、だから、、
……私は、、、"桜さん"じゃない……」
顔を上げると涙が大きな粒になって落ち、水から顔を上げたようだった。映る視界には一人の鬼が立っていた。立涌に剣花菱の着物。手には錫杖。他の鬼達とは違って、ただそこに立っていた。顔には影が掛かり、その顔はハッキリと見えない。
『桜でないなら、お前は誰だ。』
「私は………桜。」
フッと吐いた息が呆れを含んでいるのが、手に取るように分かった。
「桜は桜でも、名前が同じだけの、、貴方達が想いを
寄せる"桜さん"ではありません!」
『…それでも、、』
目の前の彼がゆっくりと近づいて来ると、顔に掛かっていた影が明けてはっきりと顔が見えた。語調通りの不機嫌そうな顔。それは予想通りと言って間違いはない。
でも、違和感があった。
『…違っても、、こうして求めてしまうのなら、
それは間違いなく、儂らの桜。』
立ち止まった足の代わりに、錫杖を握るのと逆の手が差し出される。
それでも、その手は桜に届かなかった。きっと本人は手が届くと思っていたのだろう。
眉間に皺が深く線を付けて、小さな舌打ちが聞こえた。そして桜は違和感の正体に気づく。
ーーこの人は、、目が見えて居ない…
それでも、探していた?
好きの気持ちを隠されても、
言葉を廃されても、
視力を奪われても、
必ず辿り着く。
それを人は何と名づけていただろう…
「私で、……本当に間違いないのですか?
後から違ったなんて、言わないでくださいよ」
『間違いなどと、腹立たしい…
そんな事、ある筈がない。
お前は、、儂らの桜だ。』
桜は手を伸ばした。
伸ばされた手を取って、歩み寄って、頬に導く。触れられるのが嬉しくて、重ねたその手を握ると、眉間の皺は伸びてどこか表情が柔らかく見えた。
『桜。一つ頼み事を言う』
桜の手を連れたまま頬から離れた彼の手は、向き返して桜の手をにぎり引き寄せて、桜の体を簡単に腕の中に収めてしまった。錫杖を握ったまま背中に回された腕で、離れる事は出来ない。
でも、離れたいとは思わなかった。
顔が見えないまま、彼の言葉は続く。
『現(うつつ)で儂らを見つけろ』
「、、見つけろって…」
腕の力が強くなり、踵が浮き上がる。爪先立ち状態なのに、何の不安も湧かないのは、自分でも不思議で、今なら蜜璃が言った《それが恋なのよ》を素直に受け取れる気がした。
『覚えて居らぬ。夢と現は切り離されて、
いつも空白が埋まらぬ。
じゃから、、桜が儂らを…』
「……探します。
"今度"は私が皆さんを、、貴方を見つけます。
だから、待っていてください。」
一瞬だけぎゅっと更に腕に力がこもって、苦しいと思ったけれど、それは間違いなく心地よくて、肩に手を置き直すも、離れて行く温もりは寂しさを置いていく。
『…あまり待たせるな。』
「…っふふ。言うことはそれですか?」
『何だ…』
「何でもないですよ」
ーー素直じゃない。
そんな不器用さが可愛いなんて言ったら、盛大に嫌な顔をして、怒鳴られるのだろう。だから桜は口にせず、目の前に立つ彼の顔を見上げた。
『…頼んだ』
呟くような声量。
見えていない目でも、瞳孔は桜から目を逸らすように動いて、きっとこれが彼の精一杯なんだろなんて思えた。
「はい。承りました」
見えていないのを良い事に桜は緩む頬を隠そうともせずに笑んでしまう。それに気配で気づいたのか表情に不機嫌さを載せて、肩に乗っていた手が動く。
顎の先から耳に向かって、ラインをなぞり、肩に掛かっていた髪を払い避けた。桜が疑問を持つよりも早く、視界を手で遮られると、次に彼が触れたのは唇、、ではなく首元だった。
それも意地の悪い事にリップ音を残して。
「っ!!」
恥ずかしさに耐え切れずに距離を取って首元を隠した。きっと顔は真っ赤になってしまっている。抗議の意味を込めて向けた視線には、目を細めて"したり顔"。
桜はその顔に悔しいけれど、ますます頬が熱くなってしまった。
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