求めるモノ


何度も数えた週末がやってきた。
前回は蜜璃と一緒にボランティアという名目で、しかもその敷地の大きさを知らない状態での訪問だった為、緊張もへったくれもなかったが、今回は一人で目の前の大きな門をくぐらなくてはいけない。
好奇心の為とは言っても、緊張感覚は拭えない。

呼び鈴に手を伸ばしたところで、人が通る用の小さな門が少し開き、おかっぱの少女がぴょこっと顔を出してニコニコ笑う。
「お客様ですねー。どうぞお入りください」

ーーーーーー

《"準備"しておきますから》そう言われたにしては、案内された部屋に何か資料的なモノが積まれているわけでも無く、普通に客間で、程なくして、産屋敷輝利哉もそこへやって来ると、桜の向かい側に腰を落ち着けた。

「お知りになりたい事は何でもお答えしますよ。
 ですが、鬼を知らないで生きられる事は
 幸せな事だと思います。
 血生臭い教訓の無いこの話は、語り継ぐ
 話では無いのかもしれません。」
「教訓など、受取り手に託してしまえば良いと
 思います。…それに私は、追わないことは
 できないです。だから、お願いします。」

輝利哉が柔らかく笑った。でも、それはきっと楽しい顔ではなく、悲しい笑顔。

「貴女が知りたい答えのほとんどは私の知る話では
 無いかもしれませんが。
 どうぞ知る限りでお話致しましょう。」

そのやりとりから始まった輝利哉との会談。鬼、鬼殺隊、痣、、まるで物語のように話は流れていった。柱や、日輪刀、鎹鴉や藤屋敷といった新たな言葉たちも意味を携えて桜の知識に加わっていく。

「そうでした!…コレ、鬼殺隊に縁のモノですか?」
そう口にしてあの懐刀を輝利哉の前に出すと、それを抜いた後、輝利哉は驚いた顔をする。
「…日輪刀ですね。鬼を斬れる刀です。」
「こんなに短い刀で鬼を討って居た方も
 いらしたのですか?」
「いえ、変わった日輪刀を使う隊士も居ましたが、
 流石にこれは目的が違うと思います」

「…目的……"桜さん"の目的?」
顎に手をつけて考えるような仕草をした桜を、お茶で一息入れつつ眺めた輝利哉は、なるほどと湯呑みを置きながら口にした。

「そちらが、"桜さん"の持ち物であれば、それは
 元凍柱、森景詠の形見だと思います。
 "桜さん"の身寄りとなった、彼の…」

「形見…」
桜の中ではどうにも違和感が湧いて仕方ない。
子供達からの手紙や折り紙はきれいに保管してあったのに、懐刀は床にただ放ってあった。

「"桜さん"は鬼殺隊や、森景さんを好きではなかった
 のですか?」
ぽろっと口から転がり出た言葉に、後から追いかけるように罪悪感がやってきて、凄くまずいことを言ってしまったと気づく。
鬼殺隊の人に好きではなかったなんて、言うべきではなかった。

「そう……ですね。そうだったのかもしれません。
 正直、彼女と直接会ったのは全てが終わってから
 でしたから、詳しい彼女の人と成りは分かりません」

「鬼の記録は断られたんですよね。
 "桜さん"の手記にありました」

「ええ。鬼にされた人にも、救われる話が残っても
 いいかと思いましたが、断られてしまいました。
 命を賭けた人に失礼ですからと。」

「立ち位置が違うと言うのは、難しいモノですね」と言った輝利哉の顔は、失敗を認めた上で、考えが足りなかったと照れ笑うそんな顔で、こんな風に歳を取れたら良いなと、少しだけそう思った。

「ですが、一つ"桜さん"から託された物があります。

 いつか、私を探してくれる人にと。

 きっとこれは貴女が受け取るに相応しい」

言葉と一緒に目の前に宛名も何もない、一通の封書が置かれた。それは桜にとっても受け取るべき物に見えて、躊躇いも無く手が伸ばせた。


ーーこのお爺さんはどこまで知っていて、
  何が見えているのだろう。
  きっと、普通の人には見えない、
  何か特別なモノが見えている。そんな気がする。


「見つけてあげて下さい。上弦ともなれば、
 禊(みそぎ)は大変苦労したで事しょう。
 それでも、きっと逢いたい一心で
 今世に生まれてきたのだと思います。

 誰かが言いました《思いは不滅》だと。

 貴女も心を寄せているのなら、
 私からもよろしくお願いします」

深々と下げられた頭に、どうしてか涙が出そうになっていた。


ーーーーーー

輝利哉は席を立ち、代わりに鬼殺隊に関する記録が運び込まれ、あとは時間の許す限り好きにご覧ください。という事だった。

話の中で"桜さん"は鬼殺隊に所属していなかったことも分かり、正直、運び込まれた記録には知りたい事は残されていないのだろうと思う。

きっと、輝利哉もそれを分かっていたうえで、記録では無く、今"桜さん"の手紙を読む時間を残して行ったのだろう。


キラキラと木漏れ日が揺れて、さわさわと庭の笹の葉が鳴る。
古い紙と、墨の匂いが広がっていた。

ーーこの匂いは嫌いじゃない。

丁寧に封をされた封筒をペーパーナイフで開いて中を開く。時を越えた手紙など初めて受けとった。輝利哉は私が《受け取るのがふさわしい》と言ったが、今更になって本当に私?と思ってしまうのも仕方ない事かと思う。
手記で明るい言葉を並べていた彼女が一体何をしたためたのか。

深呼吸を一つ。手紙を開いていく。

追いかけていた"桜さん"がいつの間にかこちらを向いて微笑んでいるような気がした。


【 名も知らないあなた様へ

  笑ってしまいます。宛名を考えるだけで、
  数時間を要してしまいました。
 

  私は愛を知りました。相手は人ではない
  鬼でした。私は稀血で鬼の御馳走。
  歪な関係です。それでも、、
  それでも良いと思えたのです。
  私を食べてしまって良い。そう思う程に
  彼等の事が大切で、
  共に生きたいと思っていました。
  でも、置いて逝かれてしまいまったの。

  帰ってくるって約束をしたのに。
  私が好きになった人は消えてしまいました。
  「思いを寄せると消えてしまう。」
  私にそんな呪いが掛かっているのではないかと
  思う程です。

  神様は意地悪です、、
  置いて行ってくれた想いまで、残す事を
  許してくれなかったのですから。

  心が折れそうになりました。
  生きていく自信がなくなりました。
  でも、愛する人に会うためには生きて居なければ
  いけませんでした。
  たとえ私にもう、視線を向けてくれないとしても。

  手紙を読んでいる貴女様は
  ただ一つ願うなら、何を願いますか?
  ただ一つ叶うなら、何を祈りますか?

  私は彼等からの預かり物を神様に返して欲しい
  私の大切な物だったのに、
  彼等に返さなきゃいけなかったのに、
  持って行ってしまったから。
  
  きっと次の生でも、
  彼らを追わない事はできない。
  だからこの生の先で、再び笑い合えるように。
  私はいくらでも泣いて良い、、
  もう幸せはたくさんもらったから。
  だから、今度は貴女が

  幸せと笑顔でいられますように願っています 】


違和感の残る手紙。
一見、鬼達を思う気持ちと、幸せを願う優しい言葉の羅列に見えたが、わざわざ残すような文面かと言われれば、そうでもないと思ってしまう。
彼女の本質が見つからない。
始めに戻って読み直そうとした時、携帯がメールの着信を告げた。送り主は青葉。
届いたメールには写真が添付されていて、桜の持つ懐刀とよく似た物が写っていた。

【曾祖母の遺品にやっぱりありました。】

桜は輝利哉が用意した一番新しい記録に手を伸ばすと、彼らの結末を目で追った。
そこには"嘴平"の名前もあって、全て繋がっていた事に目を丸くする。

ーー運命…だったらそれを
  夢中になって追いかけたって良い。

桜は手にしていた鬼殺隊の記録を元に戻すと、挨拶をして産屋敷邸を後にした。


向かう先は青葉の所だった。
 


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