七夕3


雨音は次第に弱まり、パラパラと音は聞こえるが、オレンジ色の光がトンネルの出入り口から伸びて来ていた。どうやら未だ、日は沈んでいなかったらしい。

ーーああ。まだ降ってる、、
  

「いっそ日も沈んでくれないかな…」

呟く言葉は夜の訪れを願うもの。誰かに"会えるから"ではない。独り闇夜に紛れて去る為に。
抱えた膝に顔を埋めて、時間が過ぎるのを待つ。自分の失敗を悔やみながら。


「…居った。」
「………」

声は聞こえた。でも、顔を上げたくない。
夢も現実も何が正解か分からない。動きもしない桜を見て、その人は遊具の中へと入り、丸くなっている桜の隣にしゃがみ込んだ。

「…うちは喧嘩が多い故、それぞれ逃げ場所みたいな
 ものがあってな。儂はよくここに逃げ込んでおった」
無視をしたい訳ではなかったが、桜に言葉は出てこなかった。夢の中では話したくても声が出なかったのに、今は声は出るのに言葉が出ない。結局、彼等を前にすると何も言えなくなってしまうのかとぼんやり思う。

「夢の話、確かに驚いた。
 じゃが、どこか納得できてしまってな。
 ずっと何か探して、ずっと何か引っ掛かってて、
 拍が連れてきたそなたを見て、不思議でも、
 それで良いと思った。」
「……き、、気持ち悪いじゃないですか…
 …私だったらきっと、そう、、思う…」
「…歩み寄っても逃げられてしまうのは哀しいのぅ。
 儂は今、ここに居る。
 それでは答えにならんのじゃろうか?」
 
ゆっくり顔を上げると、困ったように下がった眉であったが、桜を見て優し気に微笑む。

「しかし、まずは拍との約束を果たして欲しい…。
 随分と張り切って七夕飾りを作って居ったんでな」

拍天の兄は先に遊具から出ると、しゃがんで桜に向かって手を伸ばす。手を伸ばしかけたものの、その手を取るべきなのか、自力で遊具から抜け出るのが良いか迷ってしまう。

ーーでも、やっぱり私は偽物だから、、

「あの。…一人で出れます…」
「…ん?」

桜の行方の定まらずふわふわしていた手が掴まれ、外へと引っ張り出された。口調とはうらはらにその力は強くて、気づいた時にはその人の腕の中に収まってしまっていた。

じんわりと冷たい。彼の服が濡れている…

ーー、、雨の中、、

「…すまんのだが、立ち上がってもらえると助かる。
 思ったより軽かった故、勢いで後ろに
 手をついてしまって…」
「っ!!ご、ごめんなさいっ!!」
慌てて離れる桜に反して彼は小さく笑う。

「あい兄!桜は居ったか!!」
公園の入り口に二人の兄を引き連れた拍天の姿があった。すぐに桜がいる事に気付くと、拍天は桜に向かって走る。水溜りの水を跳ね上げても、躊躇う事なく真っ直ぐに。

そしてそのまま、桜の腰元に抱き付いた。
「桜は悪くない。
 悪いのは直ぐに思い出せぬ愚兄達じゃ…」
拍天が悔しいと思う謂(いわ)れは無いと言うのに、まるで桜の気持ちを写しとっているかのように、抱きついたその腕に力がこもる。
「……拍天、くん?」


「随分と末弟は懐いて居るんじゃのう。
 喜ばしい事じゃが…しかし、大丈夫か?」
拍天と共に現れた二人の兄がニコニコと笑みをうかべてやって来る。
「……?」
「カカカッ。此奴、先程驚くほど見事に転びおってな。
 服がヤバい程に泥だらけなんじゃよ。」

「……あ、、」
「、、忘れて居った、、す、、すまん…」
「怪我はありませんでしたか?」
「う、、うむ…それは大丈夫じゃ、、」
「それなら大丈夫ですよ、、」

拍天は桜を離れて砂場の方に走る。
「公園が楽しいのは分かるが、今日はもう帰るぞ」
拍天を連れ戻すべく、一緒に現れた兄二人が砂場へ追っていくと、しゃがみ込んでいた拍天の手から泥団子が飛んで、兄二人の服に当たって茶色い跡を残した。
「桜に余計な事まで言う愚兄にはこうじゃ!」
「な!泥だらけにしては
 また"せき"に怒鳴られるじゃろうが!」
「その時は、らく兄は盛大に転んだと
 言うてやるわ!」

捕まえようとする兄の手をすり抜けて拍天は走り回る。水溜りなんて構もせずに、濁った水を跳ね上げて。

拍天は兄二人と追いかけあって、桜はそれを手を洗って戻った"あい兄"と呼ばれた兄と眺めていたのだが、駆け寄ってきた拍天は、桜の手を引いてまた走り出す。


  さあ、共に遊ぼうぞ。


「拍!?まぁ、これくらいハンデがあった方が
 楽しいやもしれんがな!」
「泥団子攻撃が出来んくなったぞ!
 これも計算か?末弟が頭を使うとは喜ばしい!」


どれだけ走り回ったか分からない。
だって大人になって鬼ごっこなんてしないから。
捕まってしまう頃には、公園の街灯で明るかったなんて驚きだった。
服も靴もベタベタ。でもなんだか清々しい。

「いい加減帰るぞ。
 せきが怒ってる故、帰りたく無いが…」

様子見に徹していた"あい兄"がスマホの画面をこちらに向けるとその画面からは何やら怒りのオーラが滲み出ているように見える。
「…わっ、私も帰ります」
「何を言うて居る?一緒に行くぞ。今日は
 主が居る故、奴も雷落とす程は怒らんじゃろう」
「…そう言う問題ではなくてですね」
「カカッ。その格好で歩き回ると、まるで
 事件にでも巻き込まれた様じゃて、警察沙汰に
 なるやもしれんぞ?」
「そんな楽しそうに怖い事を言わないで下さいよ」
「何より桜。
 まだ七夕飾りを見て居らんではないか」

確かに拍天との約束は果たせていない。それに帰るにも、汚れが酷くてタクシーにも、申し訳なくて乗れる状態では無い。
ーーでも着替えも用意ないし、調達もできる
  格好じゃない…えっと、、


「悩んで居る時間が勿体無い!
 さぁ!行くぞ!!らく兄運べ!」
「言われずとも、そのつもりじゃ!」
「うわっ!!えっ!ちょっと!!」

突然に浮いた体は、横向きに抱き上げられ、抗議の声が届く間も無く楽しそうに走り出す。

逃げ出す程、恥ずかしくて、悲しくて、悔しくて、ぐちゃぐちゃだったのに、逃げられる状態じゃないにしても、逃げてしまいたいと思わないのはやはり、彼等に恋しているからなのだろうか。
自分に都合のいい解釈だと思っても、探してくれたと言う事実を甘んじて受け入れたくなってしまう。

無意識に"らく兄"と呼ばれた彼の服を握りしめていた。


ーーーーーー

雷は多分落ちなかった。
眉間に深い皺を刻んで、泥だらけの私達を眺めてため息を一つ。兄弟達を皆纏めて銭湯へと叩き出し、私は一人、風呂場へと案内された。
着替えにと差し出されたのは不在の母親のものだと言う浴衣。紺地に白抜き柄の至って昔ながらの、まるで老舗旅館の様なもの。
お風呂も着替えも借りるのは、申し訳ないとは思ったが、背に腹はかえられない。

髪の毛を洗いながら、ジャリッとする感触に、砂がかかった気がしたのは確かだったのかと思った。
思えば随分思い切って走り回ったものだ。
嫌な気持ちを振り落としていくみたいに。

湯船に浸かれば、温かさに包まれて心が解けるようだった。自然と口角も上がっていた。
 


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