最終話3
桜と兄弟達が出かけた後、家に残った母の元には一羽の鴉が降り立った。
「お久しぶりですね。子育ても大変でしょう?
選んだ運命に後悔していませんか?」
鴉が人の言葉を発し始めたが、母に動じる様子はない。
「後悔も何も、賑やかで楽しく過ごしておりますよ。
それに…」
「それに?」
「沢山泣かせてしまったから、桜さんが笑顔で
過ごせるならそれだけで、私は本望です。
今度こそ近くで見守らせてもらいます。」
「そうですか。これからが楽しみですね」
「ええ。見守り甲斐があります」
子供用の布団に寝ていた、半がぐずり出してしまった。
「では、私はこの辺で失礼しますね。
また、落ち着いた頃に顔を出します。
元鬼の子達をよろしくお願いします。詠さん」
鴉は翼を広げると夜の闇の中に姿を消した。
「心配はいりませんよ。
"運命の行き着く先は笑顔"ですからね」
詠は半を抱き上げると笑いかけた。
ーーーーーー
駆け寄ろうとする足音、名前を呼ぶ声は少し遠い。何処に居るのか暗くて兄弟達にはよく分からないらしい。
体が少しだけ痛いかもしれない。
「桜大丈夫かぇ…」
痛みが少しだけだったのは、空喜が庇ってくれていたから。転がり落ちるのが止まって空喜は腕を離し、それぞれ草原(くさはら)に寝転んだまま。
「…っ、、カッ。」
空喜の肩が小刻みに揺れて、桜は慌てて起き上がって近くに移動した。
「大丈夫ですか?!何処か怪我をしてしまいましたか?」
「ッカカ、、桜も、ドジじゃのう、、まさか、、
坂に転ぶとは、、カカカッ、腹が、、捩れそうじゃ」
「ごめんなさ」
「シーー」
ガバっと起き上がった空喜は桜の口元に人差し指一本を立てて、桜の言葉を静止した。
「儂はそれより嬉しくなる言葉が聞きたいのぅ」
「…ありがとうございます」
「うむ。喜ばしい」
「さて、戻ろうかの。」
立ち上がって並んで歩く。二人に気づいた他の兄弟が走り寄ってきた。「いやー転がり落ちるとは驚きじゃったわ」と空喜が口にすると、雰囲気は和らいだ。
一人を除いて。
最後に駆け寄って来た積は、その勢いのまま桜を抱きしめた。
後頭部を手でしっかりと抑えられた桜は、逃げることはできない上に、その力に腕も手も少し痛い。
「せっ、積さん?!!」
「・・・・・・・。」
返事のないそんな姿に駄々をこねている子どもをイメージしてしまった。
「ふふっ。《女性に突然抱き付く奴が居るか。
たわけが。》と先程言ったのは貴方ですよ?」
「桜…」
「はい?何でしょう?」
「…愛しい」
「、、へ?」
「…儂らの事は嫌いか?嫌か?」
「っ!嫌いじゃないです!!嫌じゃない…
……でも…一人なんて選べない。
だから返事ができないんです…。
皆を好きなんておかしな事でしょう?!」
腕の力が緩んで、積が離れて行くと思ったのも束の間、一度上がった顔は、再び桜に近づいて、首元に口付けが落ちた。
「可笑しくていい。変で構わない。
仕方ないじゃろ?儂らのこの感情は、
桜を愛でる為だけに存在したようじゃ…」
積が離れポンと頭を撫でると、入れ替わるように可楽が桜の肩に手を置いた。
「答えは一人にしか目が行かなくなった時に
出せば良いじゃろう?
因みに儂は他に譲る気はない故、
全力でおとしに掛かるがのぅ」
展開についていけず、ポカンとしている間に可楽が目元に口付けた。空喜が"危ない"とばかりに可楽を桜から引き離す。
「決まらぬ時は、いっそ一妻多夫制の国でも
探せばいいんじゃて。それはそれで、
みんな一緒に居れて喜ばしいじゃろ?」
桜の手を掬い上げてニコリと手の甲にキスが落ちる。
腰にトスッとぶつかる感触。少しよろけたが踏み止まり、視線を下げると拍天が抱き付いていた。
「儂な。桜が作るご飯も、笑ったのも、怒ったのも
物知りなのも大好きじゃ!」
埋める頭は可愛らしい。
「桜」
呼ぶ声に顔を上げた瞬間に唇に触れる。至近距離の困り顔。この展開にキャパオーバーなのはこちらだと言うのに。
「…つまり、、桜は儂の"大切なモノ"と言うわけじゃ」
「藍。"儂らの"な。」
不満そうにため息を一つして、藍の顔が再び近づく。唇を通り過ぎ耳元で声がした。
「頭の先から、手先、つま先、流す涙、
そしてその声でさえ。全て儂らのモノ。
存分に愛でさせてもらう故、
よくよく覚えておくのじゃぞ」
ボフッと湯気があがって
桜は顔を真っ赤にしてのぼせ上がってしまった。
この先のことはまだ分からない。
だって私の恋心はやっと芽が出たばかりなのだ。これから甘い水も、苦い水も浴びて、いつか花が咲くのでしょう。
ただこれだけが心配です。
私の心臓は彼等の言動、挙動に耐えうることができるのでしょうか……と。
「積さん、可楽さん、空喜さん、藍さん、拍天くん
私も皆さんが、大好きです」
-
ページ: