心の在りか
夕日はもうその姿を隠し、光が眠りに着く時間がやってくる。
積怒は寝ていたわけではないが、瞑っていた目を開くと、いち早く影を落とした場所を辿って今朝方までいた広間へと向かう。そこには彼女がいる"筈"なのだから。
『、、、、居らぬ、、』
ーー……逃げたか、、腹立たしい、、
眉間の皺を深くして踵を返す。ここからでは外へ出ることはできない。足早に歩を進めようとするものの残る光が邪魔をして苛々(イライラ)が積もっていく。
ら、ら、ら、、ら、ら、らら、ら、らら、ら、、らら
ら、ら、ら、、ら、ら、らら、ら、らら、ら、、ららら
声がした。
それは小さく儚い、歌声。
積怒は一度足を止めるとその声をたどる。
残り日を浴び、少々肌が傷もうと大した事はない。ただ口癖のような言葉がこぼれる。
『、、腹立たしい、、』
声の先に桜が居た。
出窓から見える大きな木の根元に。
幹に寄り掛かり座り込んでいた。
物憂げで伏し目がちの表情は
目を離したら消えてしまいそうな雰囲気。
一瞬呼吸が、、時が、止まった様だった。
積怒は窓枠に足をかけると、そのまま外へと飛び出す。
1秒でも早く、、一息より近く
ーー腹立たしい程、桜を傍らに、、
稀血になのか、桜の存在そのものにか
積怒も確実に惹かれていた。
『何故こんな所にいる。』
「………風に当たりたかった、、だけです」
桜を見下ろす積怒の眉間のシワが深くなった。
『一から十まで言わねば分からぬか!
つくづく腹が立つ!!
何故屋敷の外に出ておきながら逃げもせず
こんな所でのうのうと歌なぞ
歌っておるのかと聞いて居るのだ!
主が稀血で儂らが鬼だという事も理解できぬ
阿呆なのか?!』
勿論言っていることが矛盾している事は積怒が腹立たしい程に自覚している。"儂らのモノ"と言いながら"何故逃げない"とは矛盾も甚だしい。
「、、その鬼は、どうして、、
私を食べてしまわないのですか?」
売言葉に買い言葉とでも言うのか、不安定な桜の心は負の感情を口にしてしまった。
ザワザワと桜の体を支える木の葉が鳴る。
「私を殺す事なんて、あなた方には赤子の手を捻るような
簡単な事でしょう?
仇に、、鬼に生かされているなんて
理解が、出来ません」
『理解など端(なは)から求めておらぬ。
桜は儂らのモノで、儂らの為に有れば良い。
ただそれだけの事』
積怒は、桜の目の前へ膝をついた、
「、、貴方のモノになったつもりも
なるつもりも有りません。
確かに壺の鬼から助けて下さいました。
それでも、
私は鬼が嫌いです。貴方達のせいで独りになった。
人を傷つけ、喰らう鬼など、居なく、、
手が伸び、桜の頬を包むように。
少しだけ上を向かせて
桜の声を唇で塞いでいた。
驚いたような桜の顔を眼前に腹立たしくはないのに、満たされる事はなく、言葉にならない"もやもや"はやはり腹立たしい。
積怒は桜の下唇を軽く噛む。少しだけ甘さを持つ血の味に満たされない心を隠して唇を離した。
「な、、」
反射的に平手打ちをしようと振り上げた桜の手は、
難なく積怒に掴まれ叶わない。
『積怒ー!桜が居らなっ、、っと。ここに居ったのか』
まるでかくれんぼをしていたかのような明るい声が聞こえて、積怒は桜から離れると入れ替わるように可楽が駆け寄り桜をぎゅっと抱きしめた。
『外に出たものの疲れて動けんらしい。
可楽運べ』
『なんと!?言われなくともそのつもりじゃ』
軽々と抱き上げられ、小さく驚きの声をあげる桜に、可楽の笑みが深まる。
『カカッ。驚いておる様も楽しいのぉ』
桜を腕の中に可楽は積怒を追い越して建物内へと戻って行った。
儚げな歌声と姿を思い出し、積怒は空へと目を向けた。
【心の在りか/積怒の場合】
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