懐刀5
ーー蛇、、?!
桜はうねる何かの背後に、鬼の口が開いている事には気づいていなかった。
近くにあった本を掴むと、そのまま本で振り払う。
ーー、、じゃ無い??!
払った後に向かってくるものが生き物の口腔だと理解すると、桜は寸でのところで転がってそれを避けた。
そのまま振り返らずに距離を取る。
木の根元に齧り付く異形の姿が顔を上げると、寄りかかっていたはずの木からバキバキという音とともに、木屑が散らばった。
倒れはしなかったが、木の根元は大きく抉られている。
ーー嘘っ……鬼?
屋敷に戻れば助かる?
逃げ切れる?
大した距離は無いはずなのに、
屋敷の入り口までがすごく遠くに感じる。
ここのところ夜に出歩いても追われる事は無かったため、
鬼にとって自分がご馳走であるらしい事を忘れていた。
ーー何故追われなかったの?
藤の匂い袋はもう持っていないのに。
一気にここ数日の記憶が蘇る。
「、、、、そっか、、」
ーーあなた達はいつだって、、
傍に、、
考えている暇など本来無かった。
すぐにでも逃げ出さなければいけなかった。
鬼の目が再び桜を捉え、口を開く。
鬼と桜との距離は3mも無い。
一度逃げられれば2度目はお互いに警戒心が強まり、鬼だって獲物が逃げる事も想定した動きとなる。
先程より早く鬼が跳ねた。
一跳ねで届く距離。
桜の体へ。
鬼の口が。
迫る……
ーー逃げななきゃいけないのに、、
動くべき時に動かなかった桜の足は恐怖に縫い止められていた。
見開くその目は鬼を写す。
心を無くした人型を。
人のことわりから逸脱してしまったその存在を。
チクリと痛む心。
《儂らを斬るつもりじゃろうが!!》
信ジテ貰エナイナラ、イッソ……
ストっ、、
伸ばそうとしていた手は、
目の前に降りて来た後ろ姿によって
その気を払い落とされた。
ーー私は何を、、
後ろ姿は、身丈程の長い槍で向かって来た鬼を串刺した後、薙いでその体を吹き飛ばす。
もしも、後一呼吸今の状況が遅ければ、
桜は自ら鬼へと向かっていたかもしれない。
命を差し出そうとして、、、。
ペタリと地面に座り込んだまま目を丸くして
いた桜の体を、振り返った哀絶は抱きしめた。
『無用心な事はやめてくりゃれ。
桜に何かあっては哀しくて耐えられぬ、、』
少し苦しいくらいのその腕は、
哀絶がどれだけ心を砕いたのか伝えているようで、懐刀の一件から避けていた事もあり、桜には罪悪感が広がった。
「、、ごめ、ん、、なさい」
『桜は儂のモノじゃ。
積怒の言う事など気にせんでいい。
桜がそばに居ると申したんじゃ。
だから、、居なくなってはならぬ。
それでも何処かへ行くと行くなら、
今度は、ほんにこの腕から出さぬ、、
、、、儂が桜を喰らう…。
儂は、、それ程桜が居なくなる事が嫌なんじゃ…』
見透かされていた。
一瞬でも命を差し出そうとした事を。
「哀絶さん、ごめんなさい。
すごく浅はかでした。
もうしないです。
約束します。
だから、許してください、、」
腕の力を緩めた哀絶は桜の顔を覗き込む
『本当かえ?』
「、、約束します」
ふっと哀絶の顔に笑みを浮かんだ思うと、彼は桜の唇をついばむよう口付ける。
くすぐったくもあり、何度も触れるその唇に、恥ずかしくて耐えられなくなった頃、やっと桜は腕から解放された。
恥ずかしいながらも、抗議の意で哀絶に強めの視線を向けると、彼は唇に人差し指をあて、目を細めると唇の端を吊り上げた。
その顔に桜はもう何も言えなくなってしまった。
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