微変
積怒の眉間の皺が深まっていた。
「積怒さん。薬塗りますから大人しくしてください」
『もう平気だと言っておろうが。しつこいぞ』
「だったらそれを証明して下さったら良いだけです」
にじり、にじりと詰め寄る桜に引く様子はない。
『おお。またやっとるのか桜。
積怒が迫られて居るなど、珍し過ぎて楽しいのぅ。
儂は桜を応援して居るぞっ!』
『可楽貴様!余計な事を言うでない!!
腹立たしい!』
気弱だった筈の桜が、今回の火傷の件に関しては性格が変わったように積怒に詰め寄る。
薬を塗られたり、縁がないと思われた包帯を巻かれたりと甲斐甲斐しく世話を焼かれるのは積怒にとっては何ともくすぐったい。
「私のせいで負った火傷は、治るまで私が責任持つと
決めたんです!だからっ……、」
突然桜の体は力が抜けたようによろけた。
『『桜?!?』』
膝をつき、下を向いたまま
ペタンと座り込むその姿に積怒と可楽は慌てて駆け寄る。
『どうした?!大丈夫か?』
「つ、、、」
ゆっくりと伸ばされる桜の手を取るべく積怒は手を差し出した。
「、、、積怒、さん、、」
しかしどういうわけか、差し出した手に桜の手は乗らず
ガシッっと積怒の着物の袖を掴んだ。
「捕まえました」
堪忍してくださいと、上げたその顔には満面の笑みが浮かんでいた。
『……なっ!!
し、、心配を逆手に取るとは腹立たしい!
愚行ぞ!!恥を知れっ!!』
「何とでも言ってください。
逃げるのが良くないのですよ」
『カカカッ!コレは傑作ぞ!!
楽しいのぅ。儂も騙されたわ!
なれど、積怒はともかく、儂は巻き込まれたぞー』
積怒の腕に巻いてある包帯を取り外し薬を塗り始める桜に後ろから抱き付く可楽。
「すいません。
これしか思いつかなくて、、」
返事はあるものの、視線は積怒から離れる事はなく、可楽は面白くない。
積怒の苛々が爆発しない内にと手を早める桜は顔に掛かる髪を耳にかけ、手際よく包帯を巻き直していく。
『ぐるぐると面白いように動く手よのぅ』
「治療の心得は有りますので。」
むすっとした積怒の様子ばかり気にしている桜に少しだけ、可楽は悪戯心が芽生え始めていた。
髪をかけている為見えている耳。
その端をペロリと、、
「ひゃっ!!
な、、何するんですか!?!!」
『噛んでは居らんよ?』
「っ!!!、、、ですから!!
駄目だと言ったじゃないですか!」
『積怒にばかりかまけて、
儂にっ
『オイ!可楽!!
桜の手が止まったせいで
儂の自由は奪われたままじゃ!
どうしてくれるんじゃ?!』
積怒は可楽の顔面を鷲掴む。
『い、痛いぞ。』
『そうして居るから当たり前じゃ』
「い、急いで終わらせますから、
落ち着いてください、、」
ーーーーーー
「これでおしまいです。
だいぶ良くなりましたから、
明日は包帯なしでいいかと思います。
あ、でも、薬は塗りますからね!」
抵抗しないのが一番いい方法なのかとしかめ面ながら、積怒は巻かれた包帯に目を落としていた。
「、、!…忘れてました。
こちらの方が軽傷でしたけど、、」
桜は積怒の目の前に座り直すと、小瓶から薬を指に取る。
膝立ちになり、積怒の顎に手を添えた。
『なっ!・・・・』
「動かないで下さい。
顔にも火傷が有るんですから。」
『カカカッ!積怒がまるで借りて来た猫のようじゃ!!』
「……はいっ。これで今度こそおしまいです。
お疲れ様でした」
薬を塗り終えると正座に戻って頭を下げる。
きっと顔を上げた時には積怒と可楽は消えているだろう。
あれだけ揶揄(からか)われても中座しなかったのだから、積怒は頑張っていたと思う。
それに少しくらい怒られるのは可楽には良い薬だ。少なくとも駄目だと言ったはずなのだから、耳を舐めたりしなくなってもらいたいものだ。
ーーやっぱりいない。
「良かった…。」
外した包帯を手に、広間を出たところで
目の前がぐにゃりと歪んで足元がぐらつく。
ーー、、駄目かも、、
また膝をついてしまうと思ったと同時にその体を支える手があった。
『桜。無理は良くない。
頼ってくれないのは哀しいぞ、、』
その手は支えながらゆっくりと膝を下ろさせると、手放す事なく桜を抱きしめた。
「哀絶、さん、、
さっきは上手く誤魔化せたんですけどね…」
『誤魔化す必要などない…』
「ただの立ちくらみですよ。
少し疲れが溜まってしまっただけです、、」
『ならば儂らに合わせて起きておらずに、
横になって居れ』
「でも、、これ洗わないと、、、」
『日が登ってからでも十分じゃろう?』
「……でも、、」
『大丈夫じゃ、、儂の言葉が信じられんか?
それはとても哀しい事ぞ?』
「…、、そういう、、訳じゃ、、」
『、、ほれ。桜は眠いんじゃよ。
寝所(しんじょ)まで運んでおく故、もう寝よ…』
一度安心感を覚えた体は容赦なく眠りへと意識を引き摺り込んでいく。
「、、すいません…
やっぱり、、起きてられない、、
…みた、い、、で、す、、」
腕の中から寝息が上がり始めた。
『ゆっくりと休め、、』
額に唇を落とした後、抱き上げると起こさないようにと哀絶は桜を運んで行くのだった。
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