いつかの話


目の前には娘。13を超えた歳の頃。少女と言うには子供ではなく、女性と言うにはまだ子供な、複雑な年頃の娘は、身を乗り出している。キラキラと輝かせる目は宝石のようだ。

「今日はどんな話を聞かせてくれますか?

 あ、、でも、、お疲れですよね、、
 それとも、やはり何処か具合でも悪いのですか?
 家の者が何かにつけて貴方に仕事を押し付けているの
 私、気付いているのですからね。
 いっそ叱りつけてしまおうかしら。」

「大丈夫ですよ。
 櫻様の為になるなら負担にはなりませんから。
 でも、今日はゆっくり休んでください。
 顔が赤いですよ。また熱を上げたら大変です。」

浮かぶ言葉は口から勝手に流れたが、直ぐに意識は切り離され、空喜は傍観者として一歩引いた位置からその二人を見守る風になっていた。

「"様"付けは嫌です…」
頬を膨らませて不満そうな顔をする櫻は「また病人扱い…」と続ける。
「それが嫌ならば元気になって下さい。
 降る雪を見に行きたいのでしょう?
 間もなくその季節はやってきます。」

「それはそうですけど、、」
「それと。もう"お前様"ではいけませんよ。
 櫻様との婚約は解消されてしまったのですから。
 前のままではいけないのです。」



急に頭の中へ溢れてくる記憶。
それは半天狗が半(はした)という名の人間だった頃のもの。

櫻と半は共に裕福な家の子供同士だった。
年端もいかぬ頃から知り合いで、歳の頃は半の方が2つ程上。
櫻は体が弱かったが、半が櫻をよく気にかけて側(はた)から見ても特別な二人に見えた。
その通り、互いに想いを寄せていた。
そんな二人だったから結婚の約束も周囲に反対される事もなく交わされ、そのまま大人になるものだと思っていた。

しかし、運命とは残酷なもの。

半の家は没落してしまった。
すると二人の婚約に反対の声が上がり始める。
現実は"想いあっている二人だから"ではなく"裕福な家同士だったから"反対されなかった訳で、櫻と半はなす術もなく婚約を破棄され、引き離されててしまった。

半に今まで媚び諂って(こびへつらって)きた人々も、あっという間に手のひらを返す。

自分以上に苦しんでいる両親の為にもと、半も働き口を探すが、合う仕事がそう上手く見つかるわけもなかった。

裕福に育った子どもは無力なものだった。

そんな半の為に、櫻は必死でお手伝いさんとして働けるよう両親に懇願した。
そして、半は櫻の家で働ける様になった訳だったが、その代償は大きく、すぐに別の婚約者を据え置かれた。想い合っているとは言え、身分の釣り合わない2人を結婚させることはできないという両親の確かな意志表示だった。

それでも、櫻と半にはそばに居られる事に幸せがあった。


けれども、運命は立場を奪い去るだけでは満足してくれない。

櫻の新たな婚約者は櫻より6歳程上で、体の弱い事など、悪い意味で気にしていなかった。その男の目的は結婚を果たし櫻の家の財産を手にする事。
両親や、発言力のある者の前では良い顔をし、あっという間にその辺りを信頼させ婚約を確実なものとしていく。


新しい婚約者の企みなど知らず、
若干の違和感を持ちつつも、半は櫻が幸せになるならと、見守るつもりでいた。
家柄での結婚などその時代は珍しい事ではなかったから。

そして運命の日はやってくる……



ーーーーーー

「病人の夫なんて、たまったもんじゃない。
 結婚さえ決まってしまえば、
 後は足手纏いなど片付けて仕舞えば良い。
 何せ、"病弱で有らせられるんだから"

 "なにか"あっても不思議なことはない、、
 愛しい人を無くした不憫な夫を演じれば良い。」


半は息をするのを忘れた。

それはある夜、熱を出した櫻へ額を冷やすため、水が入った桶と手拭いを運んでいる最中の事だった。

ーー櫻の命が狙われている…
  私には櫻が欲しくても手に入れる事ができないのに、
  なぜ殺してしまうと言うのだ、、
  

  私が、、櫻を守るしかない。
 


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