いつかの話3


◇◇◇

空喜の目に映る世界が暗転し、
頬には涙の線が跡を残していた。

『空喜…』
『主様、、、なんじゃアレは、、
 何故櫻を愛する主様が言う真実が嘘だと言われ、
 金目当ての櫻を殺そうとして居った
 クソ野郎の嘘が真実とされるんじゃ!』

半天狗の本体である主様は、手に収まる様な姿ではなく、普通の老人の大きさで空喜の前に立っていた。

『世界は真実より家柄が大切だったんじゃろう…
 櫻は違っていたがな。』


《どんなに汚れた世界でも、
 すべて真っ白綺麗にしてくれるんですから》
そう、櫻は口にしたのだから。

『他は知って居るのか…』
『どうじゃろうのぅ…
 可楽は兎も角、積怒、哀絶は知って居るやもしれん…
 アレらは陰の感情から生まれたものじゃからな』



主様は鬼になるまでを空喜に聞かせる。
櫻が生きられなかった分、《生きて》と望んだ彼女の為にも、面影を求めて結婚もした。子供も生まれた。
それでもそれは櫻ではなかった。

櫻でなければそれは半にとって間違いで、生活はどんどん歪んでいく。間違いならば、"正しい"を見つけなければいけなかった。しかし正しさを求めれば歪みは酷くなるばかり。
なんとか取り繕うにも、興が冷めた女は重箱の隅をつつく様に半の事を軽んじたのだった。
間違いに耐えられなくなる頃、妻や子供はいつの間にか血に濡れ生きては居なかった。

何度婚姻を繰り返しても、求めるものにはたどり着けない。
当たり前だ。櫻が居らず、どの女も櫻には成り得ない。

ーー違う。私じゃない。
  私は妻や子供を殺してなど居ない。

  櫻が好いた男が人殺しをするわけがない。

  違う。私の意志じゃない。
  私は櫻を亡くした可哀想な者。

櫻を亡くした日を思えばどれだけでも涙を流せた。涙は同情を誘う。

そして半は気づいてしまった。世の中は嘘がまかり通る。というよりも、みな嘘や作り話の方を熱心に受け入れるということを。
ーーならば私は嘘に生きよう。
名を変え、姿を変え、嘘で身を包み生きる。
不都合は消し、なければ奪えばいい。

私の目は見えていない。
あの日積もった雪に埋もれて世界は真っ白。
汚れた世の中など見えやしない。

私の目には櫻と共にあった美しい世界しか見えていないのだ。


ーーーーーー

歳を重ねたが、櫻足り得る存在にはやはり出会うことなど出来やしなかった。

ーー儂は、、誰じゃ、、?

嘘を纏い続けたその存在はもう、己が誰だったのかもよく分からない。
ただ失った櫻の言葉だけが生きる理由だった。

「別の町でも盗みと殺しを繰り返していたようだな。
 同情の余地なし」
「滅相もない。儂には無理でございます。
 このように目も、、」

ーー櫻、、、お前がいなくなった世界は
  何処もかしこも錆びれて

  儂をただ責め立てる。

「貴様は目が見えているだろう」
「そのような事はございません」

ーー手が勝手に動くのじゃ。
  儂は何もしておらぬ。

  儂は悪くない。
  儂から愛するものを奪ったのはこの世じゃ
  儂に嘘を付かせるのはこの世界じゃ。


ーーーーーー

「何故じゃろうのぅ。儂の大切なものを返さぬくせに
 儂からは命まで奪い取るとは、世の中は腐って居る。」

『明日打首とは可哀想に。』
月明かりを背に、赤い目をした男がこちらを向いていた。
世を憎んだようなその目に似た物を感じた。

『私が助けてやろう』

人を捨てればどれだけでも生きられる。
世の理りなどに縛られる必要もない。
断る理由など何処にも存在していなかった。

『これで櫻を探し出せる。見た目がどれだけ
 変わろうがその美しい魂を見つけ出す。
 いくらでも待てる。なぜなら儂は鬼なのだから。』

櫻と過ごした喜びが空喜となり、あの日守れなかった自分への怒りが積怒に。
失って過ごしたかなしみの日々は哀絶に。
楽しい思い出は可楽となった。

それらは生き続けなければいけない儂のために、儂を守り続ける。


櫻を再び見つけ出すために、
そうやって鬼となり長い年月を過ごした。
 


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