痛みを


その日桜は目覚めて呆然とした。
ーーだってこの場所は、、

「桜さん!良かった目が覚めて!!」
走り寄り抱きしめてきたのはどう見てもキヨで、彼女の声を聞きつけてやってきたのはスミとナホそして、胡蝶しのぶ。

喉の奥がカリカリと引っ掻かれたような違和感を追ってそれを拒絶するように咳が込み上げた。咳はなかなか止まらず痛みを伴って思わず背中を丸くする。
ーー苦しい、、痛い、、

背に添えられた手は背中を摩(さす)り、だんだんと呼吸は落ち着きを取り戻していく。
焼けるような気管の痛みに疑問を解消する為の言葉も、心配をかけた事に対する言葉も発する事が出来ない。

「桜さん。解熱と咳止めの薬です。
 辛いかもしれませんが飲んでください。」
しのぶが差し出す薬を飲もうと口を開いた途端に気管に入り込んだ空気が再び咳を呼び起こし、痛みに目尻には涙が溜まる。

「ゆっくりで良いですよ。
 まだ熱も下がっていませんし、とりあえず今は
 ゆっくり休んでください。」

なんとか薬を飲み終えると直ぐに眠気がやってきた。それは抗うことを許してくれない。
ぼんやりと形を崩して行く視界を、頭の中では必死に形を整えようとする。

視界だけでなく記憶も曖昧で、理解は追いついてくれない。それでも、瞼の裏に映ったのは心配そうな表情を浮かべた四鬼たちの顔だった。


ーーーーーー

次に目覚めたと意識したのは、また1日以上経った頃だった。目が覚めてもそこは蝶屋敷で、やはり自分は四鬼たちの元を離れているらしい。
まだ体はだるく頭痛もあり、ここに来るに至った経緯は思い出す事が出来ない。再び咳が込み上げ、胃から胃液が上がってくるんじゃないかとすら思う。胸の痛みも続いていた。
目が覚めたといっても、そんな状態であるから起き上がる事も、人を呼ぶことも出来そうにない。

ーーどうして蝶屋敷に居るんだろ、、、
  鬼の皆さんは、、?
  遂に私は要らなくなってしまった?
  ……違う、、だったらあんな顔はしない、、
  彼らは、、

枕元に置かれていた瓢箪から水分を摂取すると中身は薬湯だったようで少し苦い。目を開けているつもりでもゆっくりと瞼は落ち、再び桜を眠りが包む。
少し心細くなった今、起きていても良く無い考えばかりを思い描いてしまう。だったらいっそのこと寝ていた方が良さそうだ。
それに、夢は願望を写すという。ならば夢の中にいた方が彼らのそばにいられると思う。
あの温かで、安らぎの時間の中に。

桜は、いつの間にか彼らと一緒に居られることを安心と思っていたのだった。


ーーーーーー

『ならば桜を助ける術が可楽には有ったのか?
 熱は下がらず、咳で苦しみ、食もままならない
 夢現なあの状態で。』

積怒の言葉に可楽は口籠る。
苦しんでいる姿など見たくは無かった。それでも本当は、隊士を生捕りにして桜を鬼殺隊の元へ連れ帰させるなど本当は積怒もしたくは無かった。
桜が鬼殺隊で思い悩んでいた事を聞いていたから。それでも、命と天秤にかけて、桜を救う手段を持たない自分達にはそうするしか無かったのだ。

『桜を鬼にするでは駄目じゃったのか?』
それで良いなら今すぐにでも桜を連れ帰れば問題はないと空喜は声を明るくして言った。

『鬼にしても桜のまま
 自我を保てる保証はどこにも無い』
もしも桜の人格が失われてしまったとしたら、自分達が桜を殺すようなもの。人格を取り戻すに至るにしても、それまでに一体何人の人間を食わせなければならないのか…殺傷を好まない桜にそんな事を強いるのか、、
もし自我を取り戻したとして人を喰ったという事実を受け止められるのか、、
あらゆる事を思案した上で辿り着いた四鬼達の答えが"人のまま生かす"という事だった。



積怒は一人月夜を歩く。
数日前は雪や何やと騒いで過ごしたのに、その中心に居た桜が今は居ない。

生捕りにした隊士に託すまでその腕にあった重みと、普段と比べて異常に熱かった桜の体温が思い出され積怒は胸が痛み苦しい。

ーー……腹立たしい、、

湧き上がる腹立たしさはどこから来るのか。
最初は人間が弱い生き物で、桜も例に漏れず寝込んでしまった事かと思っていた。しかし冷たい風が桜の残した熱を奪い気づく。
腹立たしいのは桜が弱い事ではなく、自分に彼女の苦しみを取り除く術を持たない事だった。

『…積怒、、』
呼ぶ声に視線を向けると哀絶が立っている。
『腹立たしい…』
吐き捨てるようなその言葉と共に手元からはポタポタと雪に向かって赤が滴り落ちる。それは強く拳を握った為に自らの手を傷つけ溢れる血で、哀絶にはそれがまるで、積怒が流す涙のように思えた。哀絶は積怒に近寄ると、血に濡れる手を拾い上げる。
『……積怒よ。…それはきっと腹立たしいのではなく
 、、悲しいんじゃ。
 儂も哀しい、、そういった感情の化身じゃと
 そういう事を除いても…』

『・・・・・・・』
哀絶の言葉は、根底では理解が追いつかないながらも、積怒はいつものように怒鳴り返す気にもならない。それでも湧いて、溢(あふ)れて、溢(こぼ)れ続ける胸の痛みは少し落ち着いたように感じた。

ーー悲しい…か、、。

哀絶の手に乗る血に染まった自らの手。こんなに握りしめていたとは思っていなかった。力を抜くと傷は塞がり、皮膚を染める血も染み込むように積怒の中へ戻っていく。

『哀絶、、桜を必ず迎えに行くぞ』

『無論じゃとも。
 体が良くなれば、桜とて儂らの元へ戻って来る。
 桜は儂らのものじゃからの』

桜を好いている感情は積怒にも負ける事はないと哀絶は思うが、不器用ながらも真っ直ぐに桜を想う積怒のことを哀絶は僅かながら羨ましいと感じた。
 


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